第2話:最強の要塞と、崩壊する信用(キャッシュ)
王都を去る足取りは軽かった。
俺は門へ向かう道すがら、懐から一冊の古びた手帳を取り出す。
勇者パーティの会計を任されていた頃、王国内のあらゆる資産価値を独自に調査し、まとめた秘蔵のリストだ。
「……あった。北方の『旧グラナード要塞』」
【判定:購入推奨】
【理由:構造欠陥により評価額暴落中。だが、基礎石に伝説級の希少石が“誤用”されている】
この国はもう長く持たない。国防卿は中抜きに励み、勇者は目先の数字しか見ない。
近いうちに魔潮が来れば、この国は内側から腐って崩れる。
だから俺は、自分一人でも生き残れる『最強の拠点』をあらかじめ目星をつけておいた。
あそこを底値で買い叩き、俺の見積もり(ロジック)で作り変える。それが俺の新しい事業計画だ。
「おい、そこ! 邪魔だぞ!」
背後から怒号。演習場だ。
見れば、勇者レオンが新調したばかりの『模造聖剣』を手に、訓練用の巨岩の前に立っていた。
取り巻きの聖女セリアや、俺の代わりに雇われた新しい鑑定士もいる。
「アルスのビビり鑑定がねえんだ。全力全開……『聖光斬』ッ!!」
レオンが最大魔力を叩き込み、眩い光が岩を打つ。
だが、その瞬間。
――パキィィィィンッ!
響いたのは、岩を断つ音ではない。
高価な陶器が硬い床に粉砕したような、情けない破壊音だ。
「……あ?」
レオンの手に残ったのは、握り拳一つ分の柄だけ。
五百万ギルした刀身は、魔力の負荷に耐えきれず、無数の破片となって地面に散らばっていた。
「な……折れた? 俺の聖剣が、一撃で!?」
「そんな……最高級品だって鑑定士も言ってたのに!」
慌てて駆け寄るセリア。しかし、新しい鑑定士は冷汗を流しながら震える声で言った。
「こ、これは……表面だけを塗った『模造金』です。芯材はただの粗悪な鉄……全力を出せば、自壊するのは当たり前で……」
「なんだと!? 騙されたっていうのか!」
「アルス様なら、一瞬で見抜いていたはずですが……」
「……クソが! あの野郎、最後に呪いをかけやがったな!」
レオンが喚くが、悲劇は止まらない。
息を切らした武器屋の主人が、演習場に駆け込んできた。
「勇者様! 残りの代金三百万ギル、今すぐ全額現金で払ってもらいますよ!」
「はあ!? 分割の契約だろ!」
「それが……アルス様から『彼らにはもう支払い能力の保証(担保)がない』という“支払リスク見積書”が全店舗に届きましてね! 踏み倒される前に回収しろと、ギルド中が大騒ぎですよ!」
「……っ!!」
レオンの怒声が空虚に響く。
彼はまだ気づいていない。
アルスが行っていた「見積もり」が、単なる鑑定ではなく、このパーティの「信用」そのものだったことに。
王都の門。俺は顔見知りの門番に、規定通りの通行税を差し出した。
「お勤めご苦労様。……これ、予備の靴代だ。あんたのブーツ、あと三日で底が抜ける見積もりだからな」
「えっ? あ、ああ……いつも助かるよ、アルスさん」
門番に銀貨を一枚余分に渡し、俺は歩き出す。
ルールを守り、誠実に働く者には相応の対価を。
嘘を重ね、他人を蔑む者には相応の破滅を。
「さて。まずは土地の買収からだな」
俺は振り返らず、荒野へ踏み出した。
背負ったリュックには、勇者パーティを「清算」して手に入れた正当な退職金。
俺の新しい人生の見積もりに、あの無能たちの居場所は、一文字たりとも残っていない。




