第19話:聖女セリアの「融資相談」
王都から要塞へと続く街道は、かつてない皮肉に満ちていた。
豪華な装飾が剥げ落ちた教会の馬車の中で、聖女セリアは震える手で空の革袋を握りしめていた。
「……信じられない。なぜ、誰も寄進をしないの?」
教会の金庫は底をついた。バルガスが乱発した「新金貨」は、今やパン一つ買えない鉄屑だ。祈りで腹は膨れず、奇跡で喉の渇きは癒えない。信徒たちは教会を去り、唯一「パンと水」を保証するグラナード要塞へと流出していた。
馬車が要塞の正門に差し掛かった時、セリアは窓の外の光景に絶句した。
「な、何なの……この街は……」
そこにあったのは、王都での技術体系とは異なる「機能美の極致」だった。
カイルが設計し、ベックの運搬チームが寸分の狂いもなく組み上げた石造りの高層集合住宅。すべての窓からは、ガリウス製のボイラーが供給する暖かな蒸気の煙がたなびいている。
行き交う人々は、セドリックが極東から仕入れた丈夫な生地を、元騎士団の仕立て職人が縫い上げた清潔な冬服を纏っていた。
さらにセリアを打ちのめしたのは、街に漂う「香ばしい匂い」だ。
「……古代天恵麦の、パン……?」
配給所では、エレーナが冷徹な手つきで市民の「グラナ」を回収し、代わりに焼きたてのパンを手渡している。ミラとリンが魔導で栄養価を極限まで高めたその食事を、名もなき労働者が「当然の権利」として頬張っていた。
「……あり得ない。追放したはずの無能が、なぜ『楽園』を……ッ!」
屈辱に顔を歪めながら、セリアは要塞中央の執務室へと足を進めた。
重厚な扉が開くと、そこには書類の山を捌くアルスが、かつてと変わらぬ無機質な瞳で座っていた。
「……何の用だ、セリア。俺の時間は一秒単位でグラナに換算されている。無駄話なら帰れ」
「アルス……! その不遜な態度は何!? 私は聖教会の代表として、貴方に『融資』の相談に来たのよ!」
セリアはテーブルを叩き、一枚の羊皮紙を突きつけた。教会の紋章が入った「借用書」だ。
「王都の孤児院や治療院が危機なの。教会の名において、グラナを百万枚貸しなさい。……当然、無利子でね。神の慈悲に応えなさい」
アルスは、その借用書を一瞥すらすることなく、手帳をパラパラと捲った。
「【判定:不良債権】。……セリア、あんたはまだ『数字』が読めないのか?」
「なんですって……?」
「あんたが持ってきたその紙切れには、何の価値(担保)もない。……ミラ、教会の現状を見積もれ」
背後のモニターに、ミラが演算した教会の資産状況が映し出された。
「主様。教会の保有する現金資産は実質ゼロ。信徒数はピーク時の5%まで下落。……唯一残った『資産』は、王都北部に広がる広大な大聖堂の土地と、各都市にある分教会の所有権のみです」
アルスは冷たく言い放った。
「慈悲で金は貸さない。……グラナが欲しければ、その『教会の土地』をすべて俺に売り渡せ。……教会は今日から、俺の不動産の一部だ」
「なっ……! 神聖な教会の土地を売れと言うの!? 貴方、正気なの!?」
「正気だからこそ、価値のない『祈り』を、価値のある『土地』に換えてやると言っている。……嫌なら、その無価値なプライドと一緒に、飢えて死ね」
アルスのペンが、教会の解体図面に冷酷なチェックを入れた。
聖女と呼ばれた女が、絶望のあまり膝をつく。彼女の背後では、リンが冷ややかな視線で「かつての主」を見下ろしていた。
「……見積もりは終わった。売るか、去るか。選べ、セリア」




