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『鑑定が遅い』と追放された見積士、寿命と原価が見えるので要塞を最強にする  作者: 霧原なぎ
要塞建国編

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第10話:王国の債務不履行(デフォルト)

勇者レオンたちが「請求書」を抱えて王都へ逃げ帰ってから一週間。

王都・ブランシェットを包んでいたのは、かつての熱狂ではなく、じわじわと首を絞められるような「沈黙」だった。

王宮の会議室では、閣僚たちがアルスから突きつけられた書状を前に、死人のような顔で固まっていた。


「……ありえん。遠征軍500名が、戦わずして全員あちらに下っただと?」


「それだけではない。アルスが要求してきた『遠征妨害費用』と、騎士たちの『移籍金』……。これを支払えば、王国の国庫は底を突く。……実質的な国家破産だ」


だが、本当の地獄は「支払い」そのものではなく、その情報がもたらす「信用の崩壊」だった。

アルスが意図的にリークした「王国の財政危機」の噂は、王都の商人たちの間に一気に広まり、誰もが王国の金貨を疑い始めていた。


グラナード要塞の司令室。アルスの傍らに立つ数秘魔導師ミラが、水晶板に浮かぶ数式を操作しながら告げた。


主様マスター。準備は整いました。王都内の『闇両替所』数カ所において、我が要塞の要塞硬貨を、王都金貨との交換対象としてリストアップさせました」


「……まだ『石ころ』扱いの段階か?」


アルスの問いに、ミラは淡々と頷く。


「ええ。ですが、王都の金貨が紙クズになる恐怖が上回れば、現物(水とパン)と確実に交換できる我が硬貨の価値は、一気に跳ね上がります。王都の商人たちは、自分たちの資産を守るために、自ら金貨を捨てて『要塞硬貨』を求め始めるでしょう」


アルスは窓の外を見下ろした。拡張を続ける要塞の入り口に、贅を尽くした一台の馬車が停まっている。


「……さて、ガリウス。その『価値の逆転』を加速させるための、最後のパーツが届いたようだぞ」


馬車に刻まれた「黄金の天秤」の紋章。それを見たガリウスが、肩に担いだ重いハンマーを石畳に下ろし、鼻を鳴らした。


「ケッ、また厄介なのが来やがった。あの紋章……金貨の匂いには敏感だが、義理も人情もねえハイエナ野郎、セドリックの印じゃねえか。小僧、あんな奴を中に入れるつもりか?」


「ハイエナならまだいいさ、ガリウス。使いようによっては、世界中に俺たちの価値を運ぶ『猟犬』になる」


ガリウスが忌々しげに唾を吐くのと同時に、馬車から初老の男が降りてきた。セドリックはアルスの前に立つと、仰々しく一礼した。


「初めまして、若き城主。崩壊間近の王国に見切りをつけ、貴殿という『新しい投資先』を見積もりに参りました。……どうです、私の商船団と馬車便を、あなたのパンを世界に売るために使いませんか?」


アルスは手帳を開き、セドリックの背後に透ける数値を弾き出す。


「……俺に見積もりをさせるのは高くつくぞ、セドリック。あんたの目的は、この要塞の『水利権』、あるいは『古代天恵麦』の独占契約か?」


セドリックは瞳の奥を鋭く光らせた。


「お見通しですか。ですが、悪い話ではありませんよ? 王国を干し上げ、新たな『王』になるための資金を、私が提供しましょう」


「……あいにくだが、俺は王になるなんて面倒な気はない。俺が求めているのは、俺の見積もりが正当に機能し、誰も不当に奪われない『静かな場所』だ。そのために、あんたの資本カネは不要だが、あんたが持つ『物流網』が必要だ」


アルスは一歩、セドリックへ歩み寄った。


「あんたをこの要塞の『物流執行役』として組み込んでやる。ただし、あんたがこれまで隣国に流していた『王国の弱み』、そのすべてを俺に明け渡せ。それが、入場料コストだ」


セドリックの顔から余裕の笑みが消えた。


「……ククク。私を、単なる『機能』として買い叩くつもりですか。アルス様、私は商人だ。私に、どんな『配当』があるのかね?」


アルスは無表情に、一枚の図面をセドリックへ差し出した。それはミラとガリウスが設計した、要塞独自の【魔導通信機】の試作案だった。


「セドリック。あんたの物流網がどれだけ優秀でも、情報の伝達には『馬の足』という物理的な限界がある。……だが、この通信機を使えば、100km離れた場所の相場を、一秒の遅れもなく知ることができる」


セドリックの顔から血の気が引いた。商売において「情報の速度」は、未来そのものだ。


「……そ、それを、私に使わせると?」


「ああ。あんたが俺の下で働く限り、この通信網の『独占利用権』を与える。あんたは、誰よりも先に値上がりする商品を知り、誰よりも早く安く買い叩くことができるようになる。……王国一つの利権と、世界中の相場を支配できる情報の王座。……商人のあんたなら、どっちが『黒字』か、見積もるまでもないだろう?」


ガリウスが愉快そうに喉を鳴らす。


「ヒヒッ、いいザマだ。お前さんの全財産、一瞬で『過小評価』されちまったな」


セドリックは震える手で図面を凝視し、やがて帽子を深く脱いだ。


「……契約成立です。私の全組織、そして命の価値まで、貴殿のシステムに投資しましょう。その代わり……私を、世界で一番の金持ちにしてくださいよ?」


「あんたが働いた分だけな。……ガリウス、ミラ。こいつを事務区画へ連れ行け。一刻も早く、王都の食糧相場を掌握するぞ」


こうして、技術、知性、そして世界を繋ぐ「情報」の網が揃った。要塞はもはや単なる拠点ではなく、王国という巨大な獲物を食らう「経済の怪物」へと進化を遂げた。

その頃、王都では――。


乾きと空腹に耐えかねた市民たちが、ついに王宮の門を叩き壊そうとしていた。


「……あいつだ。アルスを呼び戻せば、すべて元通りになるはずだ!」


誰かが叫んだその言葉は、もはや救いではなく、手遅れの断末魔だった。

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