1話:その見積もり、命より重し
「クビだ、アルス。お前の鑑定は遅すぎるんだよ」
勇者レオンが、鼻で笑いながら俺の胸元に剣先を突きつけてきた。
「戦場で必要なのは、強いか弱いかだ。産地だの寿命だの、誰が気にする? お前の『見積もり』を待っている間に、魔物が一匹殺せるんだよ」
「……精度を上げれば時間はかかる。寿命の分からない武器を仲間に持たせるわけにはいかない」
「あー、理屈は聞き飽きた。消えろ無能」
聖女セリアも、汚物を見るような目で俺を睨みつける。
その手には、偽造された一冊の帳簿があった。
「帳簿の数字も合わないわ。あなたが横領したんでしょう? 指名手配されないだけ感謝して、さっさと失せなさい。この泥棒」
反論する気も失せた。
俺が「丁寧すぎる」のは、彼らが経費と偽って遊び歩いた領収書や、ギルドとの裏取引が見えすぎてしまうからだ。
彼らは俺を追い出したいんじゃない。自分たちの「嘘」を計算き出す俺が、怖くて仕方がないのだ。
「……分かった。抜けるよ。だが、一つだけ言っておく」
俺はレオンが腰に下げた、眩いばかりの『聖剣(模造)』を指差した。
俺の視界には、その剣の悲鳴が数値となって浮かんでいる。
【名称:模造聖剣(偽装品)】
【耐用限界:あと三二時間】
【規格:欠陥品】
【判定:次の一撃で破断確定】
「その剣、明日には折れるよ。……命が惜しければ、安宿にでも引っ込んでろ」
「あ? 負け惜しみかよ。最強の聖剣が折れるわけねえだろ! 失せろカス!」
俺は背を向けた。最後に、机に一通の書面を叩きつける。
「未払いの報酬と、あんたたちが踏み倒そうとした宿代の立替請求書だ。明日までにギルドに振り込め。……俺の見積もりから逃げられると思うなよ」
俺が向かったのは、勇者ギルドではなく、王都の防衛壁の工事現場だった。
請求書の宛先は、この工事の責任者である国防卿バルガス。
俺の立替金を回収するためには、まずこの男の「不当な蓄財」を差し押さえる必要がある。
「閣下、ご覧ください! これぞ最高級の金剛石。五億ギルを投じた、不沈の壁ですな!」
「うむ。これで魔潮が来ても我が国は安泰だ」
国防卿とギルド長が、並んだ石材を撫でて悦に浸っている。
俺はその横に割り込み、冷ややかに告げた。
「……それ、ただの着色した砂岩ですよ。一叩きで崩れるゴミだ」
国防卿が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
「なんだ貴様! 衛兵、この無礼者を叩き出せ!」
「見積士のアルスです。……根拠が必要ですか?」
俺が石材を指差すと、周囲の空間に真っ赤な【警告】が展開された。
【材質:着色砂岩(偽装品)】
【原価:一個500ギル(請求額:50,000ギル)】
【中抜き総額:五億ギル(国家予算の一割に相当)】
「なっ……なんだこの数字は! 捏造だ!」
「捏造かどうか、その体で確かめてみますか?」
俺は腰のナイフを抜き、その柄で石材を軽く突いた。
――ボロボロ。
最高級の石材のはずが、乾いた音を立てて崩落し、中から安っぽい砂が溢れ出す。
「ひっ……!」
ギルド長が悲鳴を上げて腰を抜かした。
「耐用年数、半年。魔潮が来れば、この壁は真っ先に崩れて三万人の民が死ぬ。……あんたの懐に入った五億ギルは、その三万人の命の値段だ。バルガス閣下」
俺は、震える国防卿の胸元に『公証印付きの見積書』を叩きつけた。
「写しは王室監査局へ送信済みだ。これを見逃せば、監査局も同罪になる。……さて、どうする?」
隣で顔を強張らせていた衛兵隊長に、俺は短く問いかける。
「隊長。あんたの家族は、この砂の壁の内側に住んでるんじゃないのか?」
隊長の目が、怒りで据わった。
「……衛兵隊! 国防卿バルガス、およびギルド長を国家反逆の疑いで拘束しろ! 抵抗は許可せん、力ずくで押さえろ!」
「なっ、待て! 離せ! 私は国防卿だぞ!」
怒号を背に、俺は門へと歩き出す。
汚れた手を払うように、一度だけ空を仰いだ。
「悪事の代償も、きっちり算出してやるよ」
翌朝。
王都の門を出た俺の耳に、遠くから乾いた音が届いた。
――パキィィィィンッ!
勇者の訓練場から響く、情けない破壊音。
どうやら、勇者の命の値段(聖剣の寿命)は、俺の見積もりより少しだけ安かったらしい。
俺は振り返らず、荒野へ一歩を踏み出した。
この国が俺を捨てたことで失う「本当の価値」に気づくのは、すべてが崩壊した後だろう。




