魔法少女系サンタは呟く『サンタの仕事は、今年も地獄』
12月24日、午後11時43分。
東京湾沿いの廃倉庫。その屋根の上に、赤いコート、黒いニーソ、鋭い魔杖を携えた1人の少女が立っていた。
名はミラ・ノエル。
年齢は16歳。
職業は……サンタ。
もっと正確に言うなら、人間社会の《善行ポイント》を監視し、配布対象の子供を選別する、魔法界の、審査官サンタ。
「さて、今年の《良い子》は何人残ってるかな」
ミラが魔杖の先端を軽く回すと、空間に青白いリストが現れた。
本来ならば全国の子供たちが数百万件並ぶはずが──表示されたのは、わずか27件。
「少なっ……。現代社会、どうなってんのよ」
この期に及んでブラックジョークかと、自分でも思う。
けれど、ミラの仕事は笑えない。
善行ポイントが規定値を下回った子は《配布対象外》となり、プレゼントは渡されない。
代わりに、クリスマスは《福祉と徴税の合同イベント》だった。
ミラは膝に手を当て、ため息を吐いた。
「あーあ。昔のサンタは可愛かったって、おばあちゃん言ってたけど…完全にブラック企業よ。残業代ゼロ、有給ゼロ、世界中転戦強制だし」
その瞬間、ミラの耳飾りが震えた。通信用の魔具だ。
『対象C-12、港区のタワマン最上階。善行ポイント急落。至急審査せよ』
「……はいはい。今年も落ちてくる子がいるのね」
ミラは魔杖を振り上げた。赤い光が弧を描き、少女の体は消失し、次の瞬間には件のタワマンへと転移していた。
バルコニーに立つと、寒風の向こうから、部屋の中の騒音が漏れ聞こえる。
怒号、食器の破壊音、母親の鳴き声──そして子供の叫び。
「やめてよ! お父さん!」
ミラはため息を吐いた。
「はいはい、現代家庭の縮図ね。クリスマスは家庭崩壊がよく見えるって先輩も言ってたっけ」
魔杖で窓を軽く叩くと、ガラスが光の粒となって砕け、静かに通り抜けられる穴が開く。
部屋の中では、ブランド物のコートを着た父親が、子供を壁際に追い詰めていた。
ミラはにっこり微笑む。
「メリークリスマス。《審査》に来たよ」
父親は振り返り、少女を見るなり顔を歪めた。
「はあ? なんだおまえ、コスプレ女か? ふざけ──」
そこでミラは指先を弾いた。
男の口から言葉が途切れ、足が固まり、次の瞬間──床に倒れ込んだ。
「暴力行為の証拠、バッチリ。あなた、今年は《悪い子》ね」
ミラは魔杖を男の胸元へ向け、青白い光を吸い上げる。
男の魂から剥がれた欠片が、欠税のように霧となって魔界へ流れていく。
「はい、徴収完了」
子供が泣きそうな顔で見ていた。
「お姉ちゃん……パパ、死んじゃうの?」
ミラは首を振る。
「死なないよ。ただ、しばらく《優しさ》の感情が無くなるだけ。あれ、現代社会ではむしろ出世に有利らしいし」
ちょっとした、ミラなりのジョークのつもりだった。
子供は笑わなかった。
当然だ。
ミラはひざまずき、子供の頭に手を置いた。
「あなたは大丈夫。善行ポイントはギリギリ合格。プレゼントも渡すわ」
ミラは魔杖を回し、小さな箱を取り出した。
箱には陽光のような紋章が刻まれていた。
「これはね、願いを一つだけ叶える魔導玩具。ただし──」
少年が顔を上げる。
「ただし?」
「叶える願いは、あなた自身の幸せのためだけに使って。復讐とか破壊とかはダメ。魔界の法で、即没収だから」
少年はしばらく考え、小さく頷いた。
「わかった。ありがとう……サンタさん」
ミラは微笑む。
「呼び方はミラでいいよ。サンタは肩書きみたいなものだから」
そう言って立ち上がり、転移魔法を発動しようとした。
その瞬間、ミラの耳飾りが再び震えた。
『対象D-7、新宿南口に巨大魔獣発生。現地のサンタが殉職。至急対応を──』
ミラは顔を背けた。
「うわ……またか」
クリスマスの現代では魔獣が溢れる。
欲望、嫉妬、怠惰──人間の負の感情が積み重なる日でもあり、魔界との境界が薄くなるのだ。
子供が袖を引いた。
「サンタさん……大変なの?」
ミラは、ほんのわずかだけ笑みを弱めた。
「まあね。でも、これが仕事。ブラックだけど、続ける理由もあるから」
子供が不思議そうに聞き返す。
「理由?」
ミラは赤く輝く夜空を見上げた。
「人間の中には、時々いるのよ。《本当に救う価値がある子》が」
そして、小声で付け足す。
「……あと、私の善行ポイントも足りてないから、クビになるわけにもいかないの」
ミラは転移し、新宿の雑踏へ現れた。
すでに魔獣は駅前で暴れていた。
巨大な影が看板を踏み潰し、黒煙が上がる。
周囲の人々は逃げ惑い、警察のサイレンが連続して鳴り響く。
ミラは魔杖を構えた。
「はあ……クリスマスって、マジ面倒」
魔獣が咆哮する。
ミラは笑った。
「だけどさ──こういう時だけ、ちょっと楽しいんだよね」
魔杖から紅い魔弾が撃ち出され、夜空を裂いて魔獣の胸へ突き刺さった。
爆風が巻き起こり、イルミネーションの装飾が花火のように散って落ちる。
「メリークリスマス。地獄でも聖夜は祝ってね」
皮肉と魔法が混じった一撃。
そして──魔獣は崩れ落ちた。
戦いを終えたミラは、ビルの屋上に腰を下ろし、息を吐いた。
遠くでは恋人たちが写メを撮り、飲み会帰りの会社員が陽気に騒いでいる。
ミラは夜空を見上げる。
「人間って……罪深いけど、面白いわね。だから、この仕事、やめられないんだよ」
耳飾りが光り、次の指示が飛ぶ。
『次は渋谷。善行ポイント急落の兆候──』
ミラは立ち上がった。
「了解。ブラックだけど、世界で一番忙しいサンタだからね」
赤い光が夜空に溶け、少女の姿は消えた。
こうして今年も、魔法少女系サンタの聖夜は、地獄のように続いていく。




