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手紙の配達人

読んでいただいてありがとうございます。ある意味、設定説明回です。場合によっては多少の変更もあります。

 広場に行くと、朝から屋台が並んでいて、食欲をそそるいい匂いが漂っていた。

 友人の屋台は広場の方でも端っこに位置しているスープの店だ。


「おはようございます、久さん」

「おはよう、蛍」


 この店では魚介出汁にきのこや山菜が入ったスープを売っており、朝にちょうどいい感じの優しいスープだ。

 店主の久と蛍は友人なのだが、当然年齢はそれなりに離れている。

 怖くて聞いたことはないが、蛍の職場の上司とも知り合いなので、けっこういい年齢だと思う。

 というか、この世界では蛍より年上の存在などいくらでもいるので、早い段階で蛍は年齢についての思考を放棄した。

 何故なら、百年ほど前の出来事をちょっと前、と言うような存在ばかりだからだ。

 なので、会話の中で注意するべき箇所は、ちょっと前とか最近とかいう単語の年数をちゃんと聞くことだ。過去に何度かその手の会話で混乱した蛍は、ちゃんと学習した。


「これから仕事?」

「はい。今日は東地区に配達に行きます」

「気を付けてね。噂で聞いたけど、最近、あっちの方に変な吸血鬼が住み始めたんですって。今のところ害はないけど、一応、吸血鬼だから人間の蛍は美味しそうに見えるかも」

「屋台の血液スープで我慢してほしいです」


 血液スープといってはいるが、本物ではなく、それに似た味と成分が入ったスープだ。

 蛍は苦手だが、それを好む種族もいるので屋台はけっこう繁盛している。


「何かあったら、すぐに警邏の詰め所に飛び込むこと」

「はい!」


 この世界では数少ない人間である蛍は、一応、保護対象になっている。

 人間でもあやかしや魔族とばりばりやり合う者もいるが、蛍は見た目通りの非力な人間なので、睦月の太守から保護通知が出されている。

 吸血鬼は魔族だ。

 魔族の国は隣なので交流は多く、あやかしの中にちょくちょく魔族も見かけるような特に珍しい存在ではないが、個人の特性というものは何とも言えない。

 蛍が久と別れて職場に行くと、上司のあやが優雅にお茶を飲んでいた。


「おはようございます、あやさん」

「おはよう、蛍」


 真っ直ぐな黒髪が美しい日本人形のような女性が、蛍を見るとにこりと微笑んでくれた。

 蛍の仕事は、手紙の配達だ。

 あやかしや魔族などの中には念話を使える者もいるが、強い力を持つ上位の存在か、種族特性や元々そういう能力を持っている者たちなので、一般の者たちはまだまだ手紙に頼っている。

 十歳まで異世界にいた蛍は、便利な小型通信機器の存在を知っていた。どうやら過去に蛍と同じ世界から流れて来たと思われる人間が、魔力に目をつけてなんとか似たような道具を作ろうとしたのだが、種族や属性、個人の魔力にムラや差がありすぎて実用には至らなかったらしい。

 念話が使えない者たちが手紙を出すのは当たり前のことだが、手紙に強いこだわりを持つのは、どちらかというと念話が使える上位の存在たちの方だ。

 念話があるのにわざわざ時間と手間のかかる手紙を出すのは、『念話など趣がないから』というのが主な理由だった。

 相手の地位や自分との関係、それに季節や書く内容を考えて紙の色を選び、香を移し、美しく文字で書く。

 手間暇かけて書く手紙だけで、相手への気遣いだって感じられる。

 念話が使える知り合いは、「夕飯がいる、いらない、くらいなら別に念話でいいのよ。でもねぇ、お礼とか招待とかを念話一つで済ませるのは、優雅ではないでしょう?下手な文字でも心を込めた文字は別格よ」と言って、ふふふと笑っていた。

 というか、念話で夕食のことは聞くんだ、ちょっとしたメール感覚なんだね、というのが蛍の念話に対する素直な感想だった。

 蛍は従業員用の部屋に入ると鏡の前に立ち、瑠璃色のスカーフをリングで留めた。

 リングには、手紙を咥えた翼のある蛇があしらわれていた。

 白いブラウスに深緑色のスカート、そして瑠璃色のスカーフ。

 瑠璃色のスカーフとリングは、必ず仕事の時には着用していなければならない物だ。

 瑠璃色のスカーフとリングをしていれば動きやすい服装でもかまわないのだが、太守の元に行くこともあるので、蛍は必ずそれなりの格好をしていた。

 街中の配達くらいなら、乗り物があるのでこれで十分回れる。

 基本的に手紙配達人に手を出すことは、各国共通で禁じられている。

 手紙配達人は、誰かの思いを伝える存在。

 決して邪魔することなかれ。

 最終的手段で念話があるからこそ、それを使わない手紙の重要性は増していた。

 だからこそ、手紙配達人になるためには厳しい基準が設けられ、身元のしっかりした者でなければなれない。

 異世界から来た蛍が手紙配達人になれたのは、養い親の存在が大きかった。


「蛍、白露様から屋敷に来るように伝言が来てるわよ」

「白露様が?分かりました、行ってきます」


 こういうちょっとした呼び出し的なものは、手紙ではなく伝言で届くことが多い。

 家人が直接言いにくる場合もあれば、念話を使える者たちが運営している伝言屋が届けてくれることもある。

 後に残らない方法ではあるが、お手軽でもある。

 ただし、相手がどこにいるのか知らないと伝えられないというメリットもあるので、家に届いてさえいれば何時でも読める手紙とはまた用途が違っている。


「しばらく顔を出していなかったのでしょう?白露様も心配されているのよ」

「う……色々と忙しくて……」


 白露はこの睦月の太守であり、蛍を拾って育ててくれた存在だった。

 

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