蛍という名の少女
読んでいただいてありがとうございます。一応、恋愛が入るので恋愛ジャンルに入れてありますが、気長に待っていてください。
白桜国の住人の多くは、あやかしたちである。
十二の都市からなる白桜国は春夏秋冬を持つ緑豊かな美しい国で、各都市を太守たちが治めている。
この世界には、他にも魔族やエルフ、それに妖精たちなど多種多様な種族の者が暮らしている。
各種族がそれぞれ独自の国家を作って暮らしており、その中で白桜国はあやかしたちが中心になって作った国である。
人間も暮らしてはいるが、その数は少ない。
なぜなら、人間はごく稀にどこか別の世界から流れてくるからだ。
どんなきっけなのかは分かっていないが、おそらくたまたま開いてしまった次元の亀裂に入り込んでしまい、なおかつこの世界に適応出来る少々特別な何かを持った希有な存在だけが、こちらに流れ着くことが出来るのだろうと言われている。
白桜国の一番目の都市である睦月に暮らす蛍は、そういった人間の一人だった。
蛍は、十歳の頃にこの世界に迷い込んだ。
迷い込んだ幼女に気が付いたあやかしに保護されて、彼女の元で育てられた。
拾われた日からすでに七年ほどが経っている蛍は、こちらでの生活にすっかり慣れて、今ではここが故郷だと思っている。
蛍は、この世界に来たきっかけをあまり覚えていない。
ただ、何かに誘われるように薄暗い場所に入り、気が付いたら睦月の近くの森にいた。
迷い込んだとき、こちらはちょうど真夜中だった。
普通の人間の子供なら、闇夜の森の中は怖くて仕方ないだろうが、蛍は不思議と怖くなかった。
月の光も星の光もあったし、何より無数の蛍が森の中で輝いていたから。
自分と同じ名前の虫の光をぼーっと眺めていたら、育ての親が見つけてくれた。
彼女は、高位のあやかしで、この睦月の太守を務めている。
自分の治める領地の近くに開いた次元の穴の確認に来たら、人間の子供がぼーっと立っていたので保護してくれたのだ。
それからずっと、蛍はこの世界で暮らしている。
窓の外では、七の刻を告げる音が響いていた。
微かに聞こえてきたその音は、蛍に起床の時間を告げていた。
「……あさ……」
ぼーっとしながらもぞもぞと動いてベッドから出ると、カーテンを開けた。
「……うん、いい天気」
眩しい朝日に照らされながら目を擦って着替えると、顔を洗うために部屋を出た。
蛍が暮らしているのは、少し古びた感じのする一軒家だ。
睦月の街の中でも西側の地区にあるこの家は和風の平屋建てで、八畳の部屋が二つと十畳の部屋が一つある。
台所とお風呂も付いているのだが、この世界ではこれでも標準の広さだ。
何といっても住人の多くが人外の存在なので、その身体の大きさなどもまちまちで、種族によってはこの程度の広さでは狭いという者たちもいる。
さほど大きくない蛍には十分広いが、鬼族の友人が来るとやはり狭く感じる。
鬼族は何といっても背が高い者が多いので、彼らの住む家は必然的に天井が高くなっている。
洗面所で顔を洗うために、水の魔石に魔力を流す。
今では当たり前のように蛍も使用しているが、初めの頃は全く使えなかった。
十歳まで暮らしていた世界では蛇口を捻ると水が出てきたが、こちらでは魔石に魔力を流すのが主流で、当然、住民は全員魔力持ちだ。
魔力なんてものがなかった世界から来た蛍だったが、おそらくこの世界に来ることが出来る条件の一つに潜在的に魔力を持っている人間ということのがあるようで、異世界から流れてきた人間は皆、こちらで魔力を発現させている。
蛍も育ての親の指導の元、無事に魔力を発現させた。
おかげで不自由はない。
顔を洗い、腰くらいまである真っ直ぐな黒髪を一つの束ねると、蛍は仕事に行くために家を出た。
「おはよう、蛍」
「おはようございます、葵さん」
隣に住む年上のお姉さんに声をかけられたので、にこやかな笑顔で返す。
葵は見た目年齢は二十代半ばくらいだが、軽く二百歳は年上なのだそうだ。
人とそう変わらない外見を持つが、鱗族という種族で、その気になれば全身を固い鱗で覆うことが出来るのだそうだ。鱗は硬く、並の剣では傷一つ負わすことも出来ないのだとか。
「朝食は屋台?最近、新しい店が出たらしいわね。気を付けて行ってくるのよ」
「はい。行ってきます」
睦月の街の中心部には大きな広場があり、そこでは一日中、何かしらの屋台が出ている。
屋台の値段はそこまで高くないので、蛍のような一人暮らしの者には有難い。
葵の言う新しい店というのは、蛍の友人が始めた店だ。
身体に良いスープを売っている店なので、今朝はそこにしようと決意した。
数え方の単位ですが、基本的に二足歩行人型の存在が多いので、「人」にしたいと思います。魔獣とかだと「一体」です。オリジナルの種族も出てきますので、よろしくお願いします。