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元暗殺者、血の匂いがする恋を始めます。  作者: 璃衣奈
第一章 ゆーびきーりげんまん
8/26

元暗殺者、元同業者と再会する

 朝食はとらず、制服を素早く着て、昨日より随分早く家を出る。

 教室ではなく、()()()()()へ向かう。

 第三体育館はとても古く、一言で言うならばボロい。

 天井は所々剥がれ、扉は錆びつき、壁には穴が空いている。

 もしも、()()事故が起きても、「まああのぼろさじゃな」とみんなが納得できるくらいに。

 偶然、屋根が落ちてきても。

 偶然、扉が開かなくなり、出られなくなっても。

 偶然、壁が剥がれ落ちても。

 全て偶然だから、“仕方がないこと”。


 こんなに暗殺に向いている場所はそうそうない。


 そこに一つ、人影があった。

 天井付近にぶら下がって、何かを置いていた。

 やがて人影はことが済んだのか、ひらりと軽い身のこなしで跳んで、とんっと着地した。

 それを見て、気配を消していた私は、わざとコツリと足音を響かせながら、人影の前に歩み出た。


「おはよう」


 昨日のような演技はもう必要ない。どうせ意味がないのだから。

 意識して暖かい笑みを浮かべる。慈悲すらも感じるような笑みを。


「昨日ぶりだね」


 私がここに来るのも、彼は想定済みだったのだろう。周囲に()()



「ご機嫌いかがかな?『狂愛きょうあい』」

「最悪の気分だよ、『舞姫まいひめ』」


 そう言って、水戸千隼は、薄く笑った。



 こてん、と可愛らしく首を傾げる千隼。


「ねぇ、どうしてわかったの?」


 何が、とは言わない。

 じっとその桃色の瞳を見つめて、唇を開く。


「私は昨日理事長室に行った。その時に、どこかで嗅いだことのある香水の匂いがしたの」


 そこで一旦言葉を切る。


「神楽坂光貴からも同じ匂いがして、彼は『女に抱きつかれた』と言った。……だから私も、『香水の持ち主は()()()()』と思った」


 千隼は、微笑んだまま何も言わない。


「“敵は女だと思わせる”。それがあなたの狙いだったんだよね、狂愛」

「……あハっ」


 そこで初めて千隼が――否、狂愛が声を漏らした。


「アははっ、アハハハハハハハハッ! その通りだ舞姫! やはりお前は素晴らしい!」


 狂ったように笑う狂愛。口調は今までの可愛らしいそれとは違い、それが本性らしい。

 彼の言葉に、拗ねたように唇を歪めて見せる。


「舞姫はやめて。暗殺者はもう引退したんだよ」

「ハハハッ、そうだったな。はー……一応聞くけど、ボクが犯人だと気づいた理由は?」

「理事長室の香水、どこかで嗅いだのは確かなんだけど、どこで嗅いだのかはわからなくてさ。ずっと考えてたんだ」


 私は毎日、任務三昧にんむざんまい。休みは家に引きこもっているから、プライベートの外出中に嗅いだっていうのはない。

 任務先もない。だいたい殺し目的で近づくし、そうでなくとも何度も嗅いだってことは、それだけ近くにいた人ってこと。

 となると考えられるのは、私が以前いた暗殺者育成学校だけ。


「でもよく考えたら、あそこの女子って、男勝りな子とかが多くって、正直香水とかつけないんだよね」


 だから思ったんだ。


 ――この香水の持ち主は、女じゃないのかも、って。


 そもそも暗殺者は、暗殺時に香水なんてつけない。匂いでターゲットに気付かれるだけ。

 それでも香水をつけるってことは、香水を武器とする戦い方をするのだろう。例えば――籠絡、とか。

 そこまで考えて思い出したんだ。

 私とやり合えた、数少ない人間の一人。

 自分が王だと言わんばかりの態度。老若男女問わず籠絡し手駒にできる実力を持ち、常に被ったフードから溢れる美しい金髪。

 籠絡と人心掌握に長けた暗殺者――それが、コードネーム『狂愛』。


「神楽坂光貴に電話してね、聞いたんだよ。抱きついてきた女は金髪でしたか、って」


 答えはYES。


「神楽坂光貴は御曹司だ。狙われる理由はそれで十分。彼を殺すよう依頼されたから、疑似惚れ薬の香水で籠絡しようとしたり、こんなボロボロの場所でのタイマンを提案したりしたんでしょう?」

「ん。せーかい。そこまでわかってんだ」


 パチパチと拍手する狂愛。どうやら心から称賛しているようだった。

 ラックに昨日の朝に依頼した調査は、全校生徒の暴走族の所属。

 嫌な予感がして調べてもらったら、神楽坂光貴は、【Minuit】の総長だった。

 そして昨日の夕方に頼んだのは、今暗殺者育成学校にいる暗殺者達のリスト。

 そこに『狂愛』の名前はなかった。


 金髪。

 暴走族。

 タイマン。

 第三体育館。

 香水。


「これだけヒントが揃えば、嫌でもわかるってもんでしょ」

「いちお、証拠は残さないように動いてたんだ・け・ど……キミが神楽坂学園(ここ)に来てから、計算が狂っちゃった」


 どうしてくれるのさ、と顔を顰めて見せる狂愛。

 そんなこと言われても、というのがこちらの本音。


「わざとじゃなかったんだけどね。ごめんごめん」

「うわー、こんなに心のこもってないごめん初めて聞いた」


 茶番のようにおどけて、笑って。


「んで、キミはこれからどうするの?」


 その言葉に、迷わず答える。


「あなたを止める」

「うわあ即答」


 ニヤリ、と今までとは違う、どこか狂気を感じる笑みを浮かべた狂愛は、言い放った。

 空気がピリ、と張り詰めた、次の瞬間。


「じゃあ、敵だね」


 その言葉を合図に、周囲にあったたくさんの気配とともに人影がなだれ込んできた。

 白髪の混じる中年男。まだ高校生くらいの女の子。学ランを着た男子から、初老の女性まで幅広く。

 おそらくみんな狂愛の手駒。籠絡で堕とした人間なのだろう。

 彼らの瞳は、どこか焦点が合っていない。まるで狂信者のような、濁った光を宿していた。

 狂愛は声を張り上げる。


「さあさあみんな、彼女を倒すんだ! 成功すれば、彼女は好きにしていい!」


 その言葉に、男性陣の目がギラついた。


(不快極まりない)


 思わず眉を寄せた。

 狂愛は声高く叫び続ける。


「服を剥がし、好き勝手に扱ってもいい! そして! 彼女を仕留めた者には――イイコト、してあげる」


 その言葉を皮切りに、手駒達が猛然と私に向かって走り出す。


「……あーあ」


 小さく声を漏らして、床を蹴る。それだけの動作で、五メートル以上跳躍し、後ろに下がった。

 手駒達と距離が空く。

 数は大きけど、所詮は一般人。彼らに勝つ程度、造作もないこと。


(できることなら、穏便に終わらせたかったんだけど)


 それが叶わないのであれば、全力で相手をするまで。

 両腕の袖口から()()を取り出す。

 シャリン、という上品な、鈴の音のような音を響かせながら開いたそれは、対の鉄扇。

 銀色に赤い薔薇と炎が刻まれた、美しい扇__炎姫(ほむらひめ)

 うっすらと笑みを浮かべ、鉄扇を静かに構える。

 空気が張り詰める。


「――さあ、踊り狂おうか」


 そして、戦いの火蓋は切られた。

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