元暗殺者、普通とは一体
なんか妙なことになった。
私が相手をすると決まり、「殺されないように」と早々にウォーミングアップを始めた千隼。殺さないよ何言ってんの。
「武内海斗、櫻井悠。両者不合格だ」
「待ってください! これは何かの間違いです!」
「もう一度チャンスをください!」
先程まで試験を受けていた男子ふたりが、必死の形相で紫苑悠喜に食い下がっている。
確かにそこまでの実力はあるようには見えなかったが、私視点だと参考にならないため、紫苑悠喜の反応でどのくらいなら合格ラインに乗れるのか見極めようと思っていた。
だが彼らは明らかさまにお互いに手加減し合っていて、怪我したくない、させたくないという意思が丸わかりだった。
お世辞にも暴走族にはなれないタイプ。紫苑悠喜は見る目があるね(そしてお前達はなぜ暴走族になろうとした)。
……うん。とりあえず実力は隠しつつ、躊躇わず急所を狙うようにしよう。万が一手加減間違えても、千隼ならきっと大丈夫だろう、うん。
「次、氷高琉稀対、水戸千隼!」
「はいっ」
「はぁーいっ」
倉庫に中央に進み出て、千隼と対面する形で立ち止まった。
ぐるぐると肩を回して構えを取った千隼の目は、鋭く熱い。
若干狂愛モードだな、と内心で呟いて、自然な体勢で前を見据える。
耳を澄ますと、周囲の声が聞こえてきた。
「……なあ、水戸って確か、かなり強いよな?」
「ああ。なんでも加入試験のとき、容姿をバカにしてきた連中を、たった一人でボコボコにしたとか」
「そんな奴が試験の相手だなんて、あの氷高って奴、不運だったな……」
(不運? 何を言っているんだ、彼らは)
不可解でしかない言葉に、心の中で反論する。
相当な実力を持った相手との、ハンデ付きの対決。
(これ以上ない幸福であり、最高の舞台じゃない)
それをなぜ不運と呼ぶのか。“普通の人”の考え方は、やっぱりまだ理解できなかった。
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私がまだ、暗殺者だった頃の話。
十歳になってすぐの話。
私は人を殺し続ける中で、自分が異常だと理解した。
私が誰かを殺すとき、心を占める感情は常に恐怖と期待だ。
生命を断つと決めた瞬間に感じる、“自分も殺されてしまう”という恐怖と。
生命を断ち、亡骸になろうとしているそれを初めて認識したときに感じる、“やっと殺せたか”という期待。
そしてすぐに落胆して、酷く冷めた心を感じながら場を後にするのだ。
何に恐怖しているのか、何に期待しているのかなんてわからない。
それでも感じてしまうそれが常人が感じるものとは違うことくらい、理解していた。
普通は、人を殺すことに恐怖し、殺した後は、そんな行為をした自分に恐怖するのだ。
私にはそれがない。
それを異常と言わずに、なんて言うのだろうか。
初めて人を殺したとき、立ち会っていた父の側近の一人が、恐る恐るというように言った。
『虚様、あの、大丈夫ですか?』
それに対して私は、“何が?”としか言えなかった。
頭のおかしいものを見るような目を向けられた。
返り血が異様に鉄臭く、頭痛がしたのを覚えている。
一流の暗殺者になってから、もう一つの異常に気付いた。
そのとき世界一だと称される暗殺者と対峙して、気が付いたこと。
気分が高揚していた。頬に熱がこもり、調子が良かった。
“自分を攻撃している”という事実が、おかしいほど気持ち良かった。
『あァ、楽しい』
敵の喉元を掻き切りながら恍惚と呟いたその言葉は、どうやら耳に届いていたようで。
頭のおかしいものを見るような目を向けられて、私は“世界最強の暗殺者”となった。
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くいっ、と首を傾げて、合図役の先輩を見る。
「合図は?」
「ああ、双方、準備はいいか?」
「はい」
「いつでも!」
「それでは――始め!」
瞬間、衝撃波が周囲の空気を切り裂いた。




