元暗殺者、締めはバニラで
「降りておいで。でなければこのまま首を掻き切るよ」
男達はすぐに降りてきた。素直なのはいいことだね!
警戒するように距離を取られる。
「よかった。逆らうようなら本当に殺すところだったよ」
にこにこと笑いかけながら言えば、男達は拳銃をナイフに持ち替えた。この狭さでは拳銃は扱いづらいと判断したらしい。
賢明だね〜と笑ったら睨まれた。ほらほらスマイルスマイルー。
「キミ達の目的は? ……ボクを狙っていたよね」
静かに千隼が問いかける。でも返答はない。
最初は、元最強の私を狙った襲撃かと思った。恨みなんてそこら中で買ってるしね。
でも最初の弾丸は、千隼の頭上を通過していた。
つまり、狙われたのは千隼。
何故千隼を狙ったのか、知りたいんだけど、まあ簡単にしゃべっちゃくれないよねぇ……。
……一人殺せばいけるかな。
後始末が面倒だけど仕方ない、とナイフを持つ手に力を込めたとき。
ガリッ。
何かを噛み砕く音が響くのと同時に、いつのまにか目を覚ましていた手元の男が血を吐いた。
男は続けざまに血を吐いて、やがて動かなくなった。
(自決用の毒を奥歯に仕込んでいたな)
冷静に、すでに温もりを失い始めている、ただの肉の塊を見つめる。
人質が死んだことで、男達は好機とばかりに距離を詰めてくる。
そのうちの一人のナイフが、鼻先を掠める直前。
「はァい、残念」
ガンツと強く、ナイフの側面でそばにあった排水管を叩く。
古びたそれはすぐに、中の水を盛大に吐き出した。
「…………‼︎」
慌てたように飛び退く男達。
その目は閉じられている。
人は咄嗟のことがあると、反射的に目を閉じてしまう。
つまりはこれ、簡易的な目潰しなんだよね。
効果は一瞬だけど、十分。
だってこっちは、一人じゃないもの。
「いっちゃえ、千隼」
「はぁいっ♡」
甘い声とともに広がる、バニラのような香り。
ハンカチで口を覆った私とは違って、反応できなかった男達は、すぐに意識を失った。
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全てが終わって再びカフェに向かって歩きながら、千隼と戯れに言葉を交わす。
「あの香り、香水?」
「そ。バニラと睡眠薬の香りだよっ」
「ふうん……でもなんでそんなの常備してるの?」
「えーそれは……変な輩に襲われたとき用?」
「……………………………」
「ねえその目ヤメテ」
違和感は、膨らみ続けていた。
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振り返って、思い当たる節がある。おそらくそれだろう。
オレを一口飲んで、千隼をしっかり見据える。
「このオレを飲むのが私だけって、おかしいと思う」
「ちっっがう‼︎」
千隼はテーブルに突っ伏した。ちなみに今のは流石に冗談だ。
そう伝えると、本気で言ってると思ったそう。私をなんだと思ってるんだ。
「千隼が言ってるのはアレでしょ。あの黒装束の男達」
「そう。結局アイツら口割らずに死んじゃったし、気になるじゃん?」
黒のマスクを剥いで見た男達を思い浮かべる。
いかにもならずものといった風貌の顔。開かれる目。激昂。それから舌を切っての自決。
正直に言うと、
「興味ないね!」
「うんうんうっさい黙ってボクの推理聴いてろ」
「ひぃん……」
若干狂愛モードだった。




