番外編 億の情報を握る情報屋、最強と相棒になる
「カノジョガキミノパートナーダ。セイゼイナカヨクシロ」
黒いコート、黒い狐の仮面。その部屋の主人が座る椅子で足を組みながら、機械のような抑揚のない声で彼__あるいは彼女__はそう言った。
その人物の名はわからない。X、というコードネームだけがその人物の存在を記す。性別、年齢、素顔__齢十一歳にして暗殺界随一の情報収集能力を持つラックでも、何一つわからなかった。
そして、パートナーとして紹介された少女を見て驚愕した。
なぜならその少女が、あの『舞姫』だったからだ。
(威圧感が桁違いだ)
そこにいるだけで膝をつかせるような圧。
世界最強の暗殺者、『舞姫』。
(初めて本物を見たな。写真ではあったんだけど……)
実はこの男、以前興味本位で舞姫について調べていた。ハッキングで。といっても、情報収集開始から三日目の夜中、徹夜でキーボードをカタカタしながら「むむむ……ここ監視キッツいなぁ……これは相当な集中力が必要になり、うっわこの新作チョコうまぁっ‼︎」と油断した隙にハッキングし返されて呆気なく敗北。あんなところで油断するなんて、と今では黒歴史ものである。
腰まで届く、闇夜を閉じ込めたような漆黒の髪。
白く滑らかな肌は日焼けを知らず、触れればきっと極上の手触りだろう。
小さく紅い唇はぷっくりと可愛らしく、艶やかで蠱惑的。
そして何よりも特徴なのは、その赤い瞳。
ぞっとするほど光のない目。
全てを諦めてしまったような目。
それでも彼女を不気味に見せないのは、その容姿の美しさだろう。
鮮血に染められたような色はどこか危うい色気を醸し出している。きっとその目に覗き込まれたら、どんな願いでも、それだけで叶えられる。そう確信させる瞳だった。
ラックはその紅色に見抜かれ、ぼぉっと見惚れてしまった。人智を越えた美貌を前にしたのだから、ある意味当然だ。
が、その瞳が不機嫌そうに細められたのを見て、はっと我に返った。
(……待って。そういえばさっき、僕と彼女がパートナーとか言ってなかった⁉︎)
今更思い出した。
舞姫は機嫌が悪かった。それも物凄く。
なぜならば、
(この用事がなければ飴細工〈桜型ver.〉が買えたのにぃ……ッ! もう絶対売り切れてんじゃん季節限定なのに‼︎ Xのバカッッ‼︎)
お菓子を食べ損ない盛大に拗ねていた。
彼女は肉体は立派な十一歳でも、精神年齢は一部だけは小一レベルだった。
ちなみに言うまでもないが、その一部とはお菓子とお化けが関わることである。好物はショートケーキ。
(そもそもパートナーってなに⁉︎ そんなのいらない! 足手纏いになるだけ! 足枷なんていらない‼︎)
苛立ちながら目の前にいる黄色い瞳の男を軽く睨む。
__その瞬間、空間の空気が重苦しくのしかかる。
圧倒的なまでの力を感じる。息の仕方を忘れそうだ。
(な、んだ……これは恐怖が湧き上がってくる……!)
果てしない恐怖を味わった。
……なのに、なぜか。
心臓が高鳴る。熱もないのに頬が熱くなる。
脳が溶けてしまったかのようだ。自分という存在が、丸ごと塗り替えられるような感覚。
(__彼女が、欲しい)
ラックは、その力に、__魅せられてしまった。
どろり、と思考が仄暗く蕩けた。
(ああ、なんて力強い。なんて美しい。可愛いらしい。麗しい。儚い。妖しい。危うい。そう、ああそうだ。彼女は強い。それは誰もが知っている。でも誰も彼女自身のことを知らない。この僕もだ。知りたい。全てを。僕は至高の情報屋だ。この世のあらゆる情報は僕の手の中にないといけない! 好きな物は? 趣味は? 好みのタイプは? 生年月日は? 歩幅は? 笑う時の口角の上がり方は? なにもわからない。だからこそ知りたい。彼女の本名身長体重誕生日趣味思考好み出身癖住所連絡先性癖体のサイズ全てを! ……知りたい。知りたい。知りたい、知りたい、知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい! 彼女の唯一無二になりたい。彼女の全部を知り尽くしたい。貪るように彼女を喰らい尽くしてみたい。ずっと隣に居続けたい! 彼女の僕になりたい。彼女だけの僕になりたい。この身も、心も、僕の全てを捧げて彼女の“モノ”になりたい。僕の生まれてきた意味はそれだけなんだ‼︎)
ダン、と勢いよく彼女の前で片膝を床について首を垂れる。女王に傅く、従順な騎士のように。
「初めてまして、舞姫。僕は情報屋ラック」
首を持ち上げて、とろけるような笑みで見上げる。
「これより僕はあなたの、あなただけの情報屋」
甘い甘い、毒を思わせる笑み。
「どうか僕を、あなたの視界に入ることを、あなたに声をかけることを許して」
神に心酔するように乞う。
「――どうか僕を、あなたのお傍にいさせて」
舞姫は無言でラックを見下ろす。
Xが諭すように言う。
「カレハアンサツカイズイイチノジョウホウヤダ。キミノヤクニ、タツダロウ」
その言葉を受けて、舞姫は軽く息を吐く。
「……名前」
「え?」
「名前。偽名でもいいから」
__許された。心の底から歓喜が湧き上がってくる。
「柊木幸です」
本名だった。彼女に呼んでほしかった。
「私のことは虚と呼ぶように」
「! はいっ!」
高圧的な態度だが、気にならなかった。
その表情には、彼に対する関心が一瞬だけ顔を出したように見えたが、すぐに冷徹な表情が戻る。
「あなたがどれだけ私の役に立つか、試させてもらう」
その言葉には、彼を試すような意味が込められていた。
「早速任務がある。ついてきなさい、幸」
「あぁ……もちろん、喜んで!」
名前を呼んでもらえた。幸せだ。
恋する乙女のように頬を紅潮させ、瞳を歓喜で潤ませながら頷く。
クツクツと喉を鳴らしてXは笑う。
「カレヲキニイッタノカ」
舞姫は、僅かに口角を上げた。
「私を裏切らず、心酔し、見返りも求めず尽くしてくれる人間は、嫌いじゃないよ」
それは、彼女の精一杯の賛辞だった。
これが、僕の人生の分岐点だ。
これが、人生で一番、幸福だった日だ。




