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元暗殺者、血の匂いがする恋を始めます。  作者: 璃衣奈
第一章 ゆーびきーりげんまん
11/26

愛を操る暗殺者、愛を、恋を知る

「私は自分の玩具オモチャに手を出されるのが、嫌いらしい」


 そう言った彼女の唇は、薄く笑みを湛えていて。

 でもその瞳は何処までも冷たく凍りつき、抑え切れぬ欲が垣間見える。


(まるで普通の人間みたいだ)


 ふとそんなことを思って、気づいた。

 ボクは、ボク達は、彼女を()()()思ってたんだ?


『君は、君たちは、彼女のことを何もわかっていない』

『彼女の願いが何なのか、彼女の幸せが何なのか、彼女の本当に欲していたものは何なのか――考えてからもう一度同じこと言ってみろよクズ』


『ん? 呼び方? 虚ちゃんって呼んでるよ?』


 ラックは、舞姫を“一人の人間”として見ていた。

 じゃあ、ボク達は?


『最強』

『舞姫』


 彼女の名前を呼んだことがない。

 彼女を人間として見たことが、ない。


 舞姫がこちらを鋭く見据えながら近寄ってくる。


(どうしよう。どうしよう。どうしよう)


 考えろ。考えろ。考えろ!

 何かあるはずだ。状況を一変させる手立てが……!


(――そうだ。なにも戦う必要は、ないんだ)


 ボクは愛を操る暗殺者『狂愛』。

 ならばその名に相応しい方法で、勝利を掴むッ!

 すぅっと軽く息を吸って三秒目を閉じる。籠絡を始める前のルーティーン。

 目を開ければそこにはもう、ボクはいない。


 ――――“僕”は、全てを堕とすッッ!



「虚ちゃん」


 できるだけ柔らかく声をかける。

 舞姫が足を止める。

 それを見て、さらに声色を柔らかく、甘く、蠱惑的にする。


「僕、この依頼は放棄するよ」


 ――嘘だ。本当は、この後直接手を下すつもりだ。


「僕が、間違ってたよ」


 ――間違ってるはずがない。これが僕の生き方だ。


「こんなこと、ほんと、は、したく、なか、ったしっ」


 一旦俯いて、涙を流しながら顔を上げる。

 少し身体を屈めて、上目遣いで、頬を薄く朱に染めて。

 ハーフアップにした髪がさらりと肩からこぼれ落ちる。しっとりと汗をかいたうなじがのぞくように。

 恥じるように、誘うように、乞うように。


「――……おねがい、みのがして……?」


 舞姫は何も言わない。無表情で僕を見る。


「おねがい……っ、何でもするからっ!」


 苦しげに、決死の覚悟で。

 舞姫の腕を掴んで、顔を近づける。

 目一杯磨き上げてきた唇を、彼女のそれに押し付ける。

 舞姫が軽く目を見開く。

 躊躇う演技をしようとして、やめた。

 どうせ意味がない。

 舌を口内に入れて、探るように、掻き乱すように、呑み込むように、丁寧に蹂躙する。

 僕はこの方法で、幾つもの危機を切り抜けてきた。

 僕が敵だとわかった奴らも、最後には『黙っているからもう一度してくれ』と乞うてくる。


(今回も、切り抜けてみせる!)


 決意を固めた、そのとき。

 ガッ、と顎を掴まれる。

 そして向こうの舌が、逆にこちらに侵入してきた。


「〜〜っ!?」

「……んっ……」


 くちゅくちゅと音を立てて蹂躙され――。



 一分後。すでに戦意喪失していた。

 荒く息を吐きながら舞姫を見上げると、余裕の表情で口元を拭っていた。


(この僕が、ハニトラで負けるなんて……)


 完敗だった。さすが世界最強の称号は伊達じゃない。


「ねえ、狂愛」


 ビクッと肩を震わす。


「馬鹿なの?」

「へ……?」


 突然罵倒された。キョトンとしていると舞姫が不満気に頬をぷくぅっと膨らませる。可愛い。


「なんでもするから見逃せって、もともとそのつもりだったんだけど」

「えっ?」


 もともとそのつもりだった?どういうことだ、ボクを始末するんじゃないのか。

 訳がわからず困惑するボクを見て、ますます舞姫は不満気に、拗ねたように唇を尖らせる。


「狂愛のことは許せないしあんまり好きじゃないけど……『水戸千隼』とは、仲良くしたいし」


 にこっと、少し恥ずかしそうに笑う舞姫。


(ああ……そっか)


 そういえば、さっき言っていた。


『あなたを止める』


 “殺す”ではなく“止める”。

 それはボクが、『鳳凰虚の友達』だからなんだ。


 ――ストン。


 どこかで、なにかが落ちる(堕ちる)音がした。


(あれ、なんだろうこれ……鼓動が速い)


 トクトクと跳ねる心臓。熱もないのに顔が熱くなる。


「? どうしたもの?」

「なっなんでもない!」


 舞姫を見るとさらに症状が悪化した。なんでだ……これはなんなんだ!

 舞姫はまだ心配そうだ。


「そう? ならいいけど……具合が悪いなら、遠慮なく言ってね。友だちでしょ?」


 ―――あ。


 ふわりと、花が咲くように笑った舞姫を見て、ようやく悟った。


 これは、恋だ。

 ボクは、舞姫に恋をしたんだ。



 ボクは、愛を知らない。

 母親は幼い頃に愛人のもとに行き、父親は俗にいう毒親だった。

 いつも酒を飲んで、ボクを蹴ったり殴ったり……そりゃあもう酷かった。


 それならまだマシな方で、ひどい時は、ボクを性処理の道具にした。

 その頃からボクは可愛かったし、そりゃそうなるよな、というのが今のボクの談。

 だから父親が恨まれて殺されたときは当然の報いだと思ったし、全寮制の暗殺者育成学校に入ったとき、心底ほっとした。


 死にたくなかった。だから強くなった。

 自分の容姿を武器にして、人を籠絡し操る訓練を重ねた。

 そこには、一つの想いもあった。

 ―――誰かを本気で愛し、愛されたい。

 そのためだけに、ボクは今まで生きていた。


 舞姫が好きだ。

 友だちと言われた時の、嬉しそうな顔が好きだ。

 いちごミルクを飲んだ時の、幸せそうな顔が好きだ。

 ボクを心配する顔が好きだ。

 彼女の全部が、好きだ。

 舞姫が―――鳳凰虚が好きだ。

 愛を教えてくれた、彼女が大好きだ。



「あっ、そうだ! さっき、なんでもするって言ってたよね」

「え? うん。言ったけど……?」


 虚が、悪戯っ子みたいに微笑む。


「私とデートしてよ」

「……へ? あっ、ええ!?」

(デート!?)


 あわあわ慌て出したボクを横目に、嬉しそうに続ける。


「一回やって見たかったんだあ、友だちと街でお買い物!」

「……………………」


 ……………………………そっちか。

 うん。まあそうだよね。虚だもんね。うんうん。あは、あはははははははは……。


「ウン、イイヨ」

「ほんと? やったあ!」


 嬉しそうな虚。可愛い。


(まあ、いっか)


 虚が嬉しそうだから。

 今はまだ、“友達”でいいよ。





「そいえばさ、神楽坂光貴を殺そうとした動機って、神楽坂財閥の御曹司だからでいいの?今更だけど」

「ほんとに今更だね……多分そうだと思うよ。詳しくはボクも知らない。頼んできたのXさんだし」

「Xさんって、あの黒いコートの性別年齢何一つわからない?」

「そうそう、あの狐の仮面の!」


 そんなことを話しながら、ボクらは第三体育館を出た。え、傀儡かいらいたち? 知らなーい。

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