8.寵愛の重さ
西の街道に現れた鎧狼たちは、エストと【導きの星火】によって一掃された。
「ふぅ……」
倒した狼を前に、エストは剣を鞘にしまう。
(……数が多かった。私一人だったら、倒し切る前に剣が折れていましたね)
ランディには骨が折れると言ったが、骨より先に剣が折れるところだった。
この女神の寵愛の重さを、ただの剣が受け止め切れるわけがない。
今回の魔物が鎧狼であったことと、剣で斬るというよりぶっ叩くような使い方をしていたせいもあって、すでにエストの剣は限界を迎えていた。折れなかったことが奇跡であるが、帰ったら買い替えないといけない。
(正直、剣で戦うより自分の体を武器にして戦ったほうが、効率はいいんですよね。武器も無駄に壊すこともないですし)
〈身体強化〉のおかげで、身体能力のすべては強化されている。腕力も脚力も。
さらに〈防御強化〉も掛ければ、その身は鎧狼の体毛のように硬くなり、あらゆる攻撃にも耐えうる。
その鋼鉄の身で拳で殴ろうものなら、どんな武器よりも凄まじい破壊力を出すことだろう。
(ただ、それはやりたくないんですよね……)
それをやっていたら、《武闘家》と勘違いされていたかもしれない。
単純にこれはエストの好みだ。きっと騎士である母と兄に憧れているから、剣を持つことにこだわってしまっているのだろう。
これはこれで隠れ蓑になっているので、問題はないのだが。
「エストーーー!!」
「うわっ」
またしてもランディがエストに飛びついて来た。
正直、避けようと思えば出来るのだが、避けたら彼は地面にそのままズサーッとダイブしてしまうだろう。
「なぁエスト、お前は何体倒したんだ?」
「え……二十体くらい?」
文句を言う前にランディがそう聞いてきたので、なんとなく答える。正直数えてないので覚えていない。
「流石だな、エスト! でも俺も十八体は倒したんだぜ、すごいだろ!」
「ええ、すごいですね」
素直に褒めたら嬉しそうに笑った。そんなに嬉しいのか。
「ちゃんと数えているんですね。僕は正確に数えていないから、本当は二十体じゃないかもしれないですよ」
「なんでちゃんと数えないんだ?」
「後から死体を数えればいいと思って……」
自分が倒した数はあまり興味がなかった。報告用に数える時はいつも死体になった後だ。
ランディは討伐数を張り合いたかったらしい。いつもソロだったので、冒険者の中でそう言う遊びがあることを少し忘れていた。
「気になるなら数えてきますよ。どっちにしろ、報告のために正確な数は必要ですし」
「いや、俺がやっとくよ。それより、エストはジャスミンたちと一緒にこれから来る奴らの対応頼む」
「……え?」
ランディはエストから離れていく。その時、王都の方角から馬に乗った集団がこちらに向かってやってきていた。
揃いの鎧にラルイット王国の紋章……どう見てもあれは王国騎士団だ。
(王国騎士団ってことは……やばっ)
「どうしたの、エスト?」
咄嗟に隠れようとするもこの場所に隠れ場所なんてない。
ジャスミンと先程戻ってきたレイモン(すでに変身は解いている)の不思議そうな目線もあって、逃げるに逃げれなくなった。
そうこうしているうちに騎士の集団はエストたちの前に到着した。
「あなたたちが今回の魔物討伐に手を貸してくれた冒険者で合っていますね」
騎士の男の一人が進み出てきた。
凛としたその声はどこか冷ややかで、鋭い。長い銀の髪を揺らしながら、馬上から降りてエストたちを見遣る。
キリッとしたアイスブルーの瞳と目が合うが、それは片方だけ。左目は眼帯に覆われていた。
王国騎士団の鎧に身を包んだその人物のことを、エストはよく知っていた。
(や、やっぱり、ユーインお兄様だ……!?)
王国騎士団の副団長。《聖騎士》の【恩寵】を持つその人物の名は、ユーイン・オルブライト。
エスト……いやエステルの実の兄であった。