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公爵令嬢の隠しごと 〜巷で噂のS級冒険者、実は私です〜  作者: 彩帆
番外編

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16.導きの光

「クソッ、またかよ! またなのか……!」


 後悔をする暇もなく、キングヴァイパーがランディを襲ってきた。

 咄嗟に彼は魔法を詠唱し、黒炎を放った。


「キシャーッ!」


 黒炎がキングヴァイパーを飲み込んだ。熱と共に肉が焼け焦げるにおいがあたりに広がっていく。


「巻き込まないように……しないと……!」


 ……汗が頬を伝うが、黒炎の熱のせいではない。


 ランディは飲み込まれたエストを気にしていた。下手にキングヴァイパーを燃やし過ぎれば、飲み込まれた彼をも巻き込んでしまう。

 意識を集中しなければならない。緊張で剣を握る手も汗ばんできた。


「ぐあっ!」


 ――だから、彼は迫る尾に気づかなかった。


 抵抗するようにキングヴァイパーは長い尻尾を振り回し、それがランディに直撃した。

 衝撃で肺から思いっきり空気を吐き出しながら、ランディは転がっていく。


「……クソッ」


 手にしていた剣は滑り落としてしまった。

 体中が痛い。肋骨が折れた気がする。吐き出してしまった空気を急いで取り込もうとして咽せた。


「シャー!」


 半身が焼けたキングヴァイパーが、大口を開けてランディに迫った。


(おれ……死ぬのか?)


 手元に武器がない。魔法を詠唱しようにも痛みでうまく口が動かない。


 あの時のデュラハンのように――死が彼に迫ってきた。


(あぁ……死ねるのか)


 恐怖に震えるが、どこか心の中で安堵した。

 待ち望んでいた死がやっと来てくれた。

 罪を犯しても自死は許されず、この世を彷徨うように生きてきた。

 冒険者というものは全てが自己責任である。それほどまでに死が付きまとう職業だ。

 だからこそランディは冒険者を続いていた。日々を生きるために、そして死に場所を求めるために。


「エスト、巻き込んですまなかった……おれも同じように……」


 本当に自分は最後まで人を巻き込んで不幸にする。だが、それも自分が死ねば終わる。――これでいいんだ。

 ランディは全てを諦めて、死を受け入れるように目を閉じた。


「キシャアアアア!?」


 ――しかし、死は訪れず。代わりにつんざくような悲鳴が耳に届いた。


「えっ……?」


 再び目を開けたランディの視界に映ったのは……苦しそうに呻く大蛇の姿だった。

 大蛇の腹がボコリ、ボコリと内側から膨らんだかと思えば――次の瞬間には大蛇の身は張り裂け、肉片を撒き散らしながら、黒い血の雨を振り撒き始めた。


「ゲホッゲホッ! 最悪です……服が体液塗れで気持ち悪い……!」


「エスト……?」


 拳を突き立てながら、腹を割いて出てきたのは……飲み込まれたはずのエストだった。


「ランディ! 怪我したのですか!?」


 地面に這いつくばるランディを見て、彼は大慌てで大蛇から自力で抜け出して駆け寄ってきた。


「すみません! 僕がもう少し早く脱出しておけば!」


「……なんで……なんで生きているんだ?」


 彼はまだ冒険者になってまだ半年で。階級もC級に上がったばかりで。

 なのに格上のモンスターに飲み込まれたというのに、怪我をしていないどころか、内側から攻撃して自力で抜け出してきた。


「お前、腕が!」


 いや、エストの衣服は蛇の胃液と黒い血で汚れきっており分かりづらかったが……右腕の袖が焼き焦げていた。黒炎に巻き込んで焼いてしまった……。


「あっ、本当だ! いつの間に燃えたんでしょうか? 気付きませんでした」


「気付かなかったって……そんな馬鹿なことがあるか! よく見せてみろ!」


 ランディは慌ててエストの腕の傷口を確かめる。黒炎が燃やしたならば、ひどい火傷痕があるはずだが――見えた肌は綺麗だった。


「な、なんで……袖は燃えているのに……」


「普通に治した(・・・)だけですよ」


「普通? 普通ってなんだよ! おれの力は普通じゃないのに……治せないはずなのに……!」


 キングヴァイパーの火傷痕はそのままだ。B級の魔物でも、完全に治すことができない。

 なのに、エストは治した(・・・)という。


「なんなんだよ、お前……」


 冒険者になったばかりなのに、B級の魔物に喰われても、拳一つで這い出て来た。

 しかもランディの魔法を受けても、なんともない顔をしている。


「……確かに、ランディの力は普通じゃないのかもしれないですね」


 エストはキングヴァイパーに残された火傷痕を見ながら、そう言った。B級の魔物を燃やしたその力が、普通ではないと理解している様子だ。


「でも――この程度の力では、僕を殺せません」


 それでも、エストは断言した。

 ランディの力……《処刑人》の力を持ってしても、エストを殺せることはなく、傷一つ付かないと言うかのように。


「は、はは……めちゃくちゃだ。あり得ない……」


 得体の知れなさが拍車をかける。

 ランディは未知の恐怖に(おのの)いた。


「ランディ? 笑っているのですか?」


「――え?」


 言われて気が付いた。自分は笑っていた。

 確かに目の前の存在に恐怖を抱いたが……同時に奇妙な安堵も覚えていた。


「あは、ははは!」


「ど、どうしたのですか、今度は泣いてますよ!? 傷が痛むんですか!!」


 泣きながら笑うランディを前に、エストは慌てていた。包帯は黒い血を吸い、真っ黒だ。さらに不審者になったエストが慌てているそんな姿を見て、余計に笑えてきた。


「違う……ただ嬉しくて。……お前がおれの力を……《処刑人》の力を否定してくれたような気がして」


 エストは恐ろしい程に得体の知れない力を持つ。その力はランディの《処刑人》をも凌駕した。


 ……そこで初めてランディは自分の力は最強であり、誰にも止められないと驕っていたことに気が付いた。


「ありがとう、エスト……」


 だが上には上がいた。自分は決して最強などではない。《処刑人》の力でも殺せない人間がいる。

 それがどうしようもなく、嬉しかった。


「よく分からないですが……これだけは言えますね。僕は最初から言ってましたよ。あなたには呪いの力なんてないって」


 相変わらず、真っ直ぐにランディを映す青い瞳はキラキラと輝いていた。


(――綺麗だな)


 真っ黒に染まった包帯から見えるその瞳は、まるで夜に輝く星のようで。暗がりに差し込んだ一筋の光にも見えた。


「怪我もしていることですし、早く帰りましょうか」


「……ああ」


 差し出された手に向かって、ランディは初めて自ら手を伸ばした。

 この手は取っても大丈夫。小さな手のひらだが、そんな安心感があった。


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