15.導きの光
あれから、包帯の冒険者エストはギルド内で度々見かけるようになった。
最初に会ったあの日から三週間ほどは見かけず、冒険者に飽きたのかと思ったが、そう言うわけでもないらしい。大方、親に内緒で冒険者をやっているのだろう。家を抜け出すのが大変なのか、月に一、二回くらいしか彼には合わなかった。
「ランディ、こんにちは!」
エストはランディを見かける度に話しかけてきた。相変わらず、ランディのことは恐れてもいないらしい。
「お前……いいのかよ。おれなんかに話しかけて……。パーティの誘いも来てないだろ?」
ランディに近づくことが多いせいか、冒険者の間ではエストも腫れ物扱いされ始めていた。
そのせいなのか、エストはいつまで経っても、誰ともパーティを組んでいない。
「ああ、大丈夫です! 気にしてないので! それに、この包帯のせいもあるでしょうから」
包帯を巻いて顔を隠しているその姿は、確かに怪しく不審だ。彼を誘うような冒険者はよっぽどの物好きだろう。
「それとも、ランディは僕みたいな人と一緒に居るのは嫌ですか……?」
「そんなんじゃない……」
「なら良かった!」
しょんぼりと落ち込んだ彼の姿を見て、慌ててランディは否定をしてしまった。相変わらず、包帯で顔は隠れているというのに、表情が豊かで分かりやすい。
「そういえば、僕もC級に上がりましたよ!」
「……早すぎないか?」
エストが冒険者を始めてからまだ一年しか経っていない。ランディでさえ、D級に上がるのに一年近くかかったというのに……。
「依頼をたくさん受けたからでしょうか?」
「お前、月に一、二回程しかギルドにいないだろ。それでどうやって大量に依頼を受けているんだよ」
ランディはほぼ毎日ギルドに通っている。他の冒険者も同じようなものだ。これが仕事なのだから当然だろう。しかし、エストをギルドで見かけた回数は少ない。当然、依頼量は少ないはずだが……。
「はい。だから一日に十件くらい依頼を受けてました」
「……はぁ?」
……エストの言動には毎回驚かされる。
依頼の掛け持ちは珍しいわけではない。メインの依頼のついでに受けることがあるが……精々二つや三つくらいだ。それを十件も掛け持ちしたという。
基本的に一つの依頼をこなすだけでも大変だ。階級が上がれば尚更。
下級の依頼なら掛け持ちできるかもしれないが、駆け出し冒険者には難しいはずなのに。
「スライムの討伐とかゴブリンの討伐とか……」
「……待て、スライムとゴブリンの生息場所は真反対だろ? ついででやる依頼じゃないぞ?」
「? ええ、だからその場所に移動しましたよ?」
首を傾げるエストを前に、ランディは驚くのを通り越して呆れた。移動距離だけでも半日かかりそうな距離なのに、さらっと言わないで欲しい。
「そうだ! 僕、C級になったのでパーティを組んでみませんか? 今ならC級同士ですよ!」
「嫌だ」
「あはは……そうですよねー」
即答したランディに、エストは苦笑した。答えは分かり切っていたのだろう。
エストのことは別に嫌いではない。いくらランディの悪評を聞こうが、無下にしようが、変わらずに声をかけてくれるのだ。……その理由にはエスト自身の異質さも関わっていそうだが……悪い奴ではないのは確かだ。
しかし、それとこれとは話が別だ。
(二度とパーティなんて組むものか……)
……いくら彼の階級が上がろうと、ランディはパーティを組むつもりはなかった。かつての自分が犯した罪を忘れたことはない。
ランディは今日も一人で依頼を受けてから、ギルドを出た。
今日の依頼はC級のロックコングの討伐だ。最近数が増えてきたため、生息地である森まで入り、討伐するように依頼が出されていた。
……かつてはジェイラスたちと狩ったこの魔物も、今では一人で倒せるレベルになった。
すでにランディの実力はC級に収まらないのだが……彼はC級以上に上がるつもりはなかった。
(おれに、そんな資格なんてない……)
ジェイラスたちはC級で終わった。自分の発言のせいで、彼らは高みを目指そうとして、そして死んでいった。
だからこそ、ジェイラスたちよりも上に行くのは許されていない。自分だけが先に進むなどあってはならない。
ランディは剣を手に、無心になってロックコングを斬り続けた。
剣を手にすれば感情を失うが、余計なことを考えなくていい。苦しみも悲しみも、全てがなくなる。
「わっ、ちょっ! 待って、ランディ!」
「――っ!?」
草むらから飛び出してきた次の敵を斬り伏せようとしたところで、聞き慣れた声がした。
慌てて剣を止める。ランディの剣は受けようとした相手の剣を斬るだけで留まった。
「……なぜお前がここにいる」
「なぜって……僕も一緒の依頼を受けたので……」
そこにいたのはロックコングではなく、包帯を顔に巻きつけた冒険者――エストだった。
「さっきから声を掛けていたんですよ? 無視されているのかと思いましたよ……」
エストは真っ二つに斬られた剣を手に、困ったように笑っていた。
「……普通は話しかけないだろ」
――周囲の状況は異常だった。
積み上がったロックコングや他の魔物の死体。流れ出た魔物の黒い血が溜まり、一帯は黒に染まっている。返り血を浴びたランディも真っ黒で、赤黒い瞳だけが長い前髪の間から僅かに覗いていた。
魔物が多く棲む森の中だ。ランディが一歩でも立ち入れば、こうなることはいつものことだ。
この異常な空間を見た冒険者は誰もが恐れて逃げていく。けして、その中心にいるランディに話しかけようとはしなかった。
――しかし、例外が一人。たった今、目の前に現れた。
「……だって、あなたがとても苦しそうな表情をしていたので」
エストは恐怖をすることなく、むしろ心配するようにランディに問いかけた。
苦しそうな表情? 一体誰が?
剣を手にしている時はいつも無心のはずだ。感情なんて、なくなるはずなのに……。
「……あ、マズイ!」
「おい、どうし――」
いきなりエストが声を発したかと思えば、突き飛ばされた。
――さらに次の瞬間、目の前を高速で何が横切った。
自分が今まで立っていた場所に。そして、代わりに突き飛ばしたエストが巻き込まれていった。
「えっ……?」
驚きのあまり、状況を理解するのに少し時間がかかった。
目の前を横切ったそれは長く細長い胴体を地面に滑らせるように、ウネウネと動いていた。硬い鱗があり、手足はない。
B級の魔物――キングヴァイパーだ。普段は森の奥地に潜み、この辺りには出てこないが……ランディの死の気配が引き寄せてしまったのだろう。
毒蛇はすでに何かを飲み込んでおり、喉元が膨らんでいた。
……何を飲み込んだのかなどすぐにわかった。エストの姿がないのだから。




