14.導きの光
「いやぁ、あの後採取依頼を受けてみたのですが、見分けるのが難しいですね!」
包帯の冒険者が言うように、側には薬草が入った袋があった。衣服や手も泥だらけ。半日かけて薬草を探していたのだろうと一目で分かる。
「……それ、毒草が混じっているぞ」
「えっ、本当ですか!?」
ランディがそう指摘すれば、包帯の冒険者は集めた薬草を慌てて確認し始めた。
「葉の形が少し違う。こっちが薬草で、こっちが毒草だ」
「本当だー!」
この依頼はランディも受けたことがある。初心者冒険者なら誰でも受ける依頼であり、まず最初に躓くポイントでもある。
「教えてくれてありがとうございました!」
「別に……」
本当は話しかけるつもりはなかった。しかし、口を出さずにいられなかった。
『いいか、ランディ。毒草の見分け方はな……』
……彼もまたジェイラスに教えてもらったのだ。
見分け方を覚えておけば、いざという時に薬草を採取して使うことができる。
冒険者というのは怪我が絶えない仕事だ。だからこの依頼は今後のための依頼でもあった。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。僕は――」
「自己紹介なんていらない」
ランディは再び、彼を無視して歩き始めた。
見ていられなくてこちらから話しかけてしまったが、もう彼と会話をするつもりはない。
さっさと彼から離れよう。それが彼のためでもある。
「ちょ、ちょっと何でですかー!」
「…………」
うるさいやつだ。何故ここまでして話しかけてくるのか。ランディの噂を聞いていないというのか?
いっそのこと、言ってしまうか? そう思った時だ。
「――危ない」
「えっ?」
がさりと音がして、草むらからゴブリンが飛び出してきた。普段であればここにゴブリンは現れないが……先程までゴブリン狩りをしていたランディに着いてきたのか。魔物を呼び寄せる体質故にそういうことが稀にあった。
数は三体。ランディは自分に襲いかかってきた二体を素早く切り伏せた。しかし残り一体は彼に向かい、ゴブリンの棍棒が頭に思いっきり当たっていた。
――過去の様々なことが脳裏にフラッシュバックする。あぁ、また自分は巻き込んでしまったのか……。
「ゴガッ!?」
――だが、次の瞬間。
包帯の彼は思いっきり、ゴブリンを殴っていた。殴られたゴブリンは轟音と共に吹き飛ばされ、近くの木の幹にめり込んだ。
「…………は?」
……今、何が起こったというのだろうか?
確かに彼は頭を棍棒で殴られた。兜で保護していたわけでもない。脳震盪を起こして倒れるだろうと予想していたのに……。
倒れないまではいい。ゴブリンが吹き飛んだ原因が分からない。単純に考えれば、あの包帯の彼が殴り飛ばしたのだろうと分かるが……ランディは理解が追いついていなかった。
自分と同じかそれよりも下の年頃の子供が、あんな風にゴブリンを吹き飛ばせるものか……?
「今のは――」
「今のはどうやったのですか!?」
何故か台詞を取られた。彼はこちらに振り向いて、再びキラキラとした目線を送ってきた。
「二体のゴブリンをあんなあっさり倒してしまうなんて! 切り口も凄く綺麗ー!」
「……っ!」
切り口が綺麗と言われたが、それは《処刑人》の力のせいだ。何の抵抗もなく相手を斬ってしまうこの力を、ランディは嫌悪していた。
「あっ、ちょっと!」
慌てて剣をしまい、背を向けて去る。それでも、包帯の彼はまだ追いかけてくる。
「剣術もすごかったですよ! 一度にまとめて斬ってしまうなんて! 何かコツとかあるのですか?」
「…………さい」
「あのー?」
「うるさいな!」
ランディは声を上げながら立ち止まり、振り返った。驚くように大きく見開いた青い瞳と目が合った。
「お前、分からないのか? おれは話しかけられたくないんだよ!」
「そうなんですか?」
本当に分かってなかったのかと、ランディは呆れたように包帯の彼を睨む。
「すみません。家族以外とはそんなに人と話さないというか……余計なことを話さないようにしているので、その反動が出ているのかもしれません……誰かと話したくて仕方なかったみたいです」
「……なんだよそれ」
……話を聞く限り、包帯の彼には家族がいる。しかも話し方が丁寧で、文字も読める様子だった。
この歳でここまで教育がきちんとされているとなると……裕福な商人か、貴族の子供だろう。
着ている服だって妙に綺麗だ。親も金もない子供なら、こんな綺麗な服は着られない。
(ふざけやがって……)
つまり、恵まれた環境で育ち、今もそこにいるような人間だ。
冒険者をやっているのだって普段とは違うことをしたい、子供らしい憧れからくるものだろう。
必死で生きるためじゃない、きっと遊びの延長だ。
それがどうしようもなく、ランディの癇に障った。
「お前……おれの噂は聞いたことあるか?」
「たぶん? 【不運】と言われていましたね?」
「なんだよ……知ってて話しかけてたのかよ」
再び呆れるようにしながらも、ランディはさらに続ける。
「その噂は本当だ。……おれは他人を不運にする呪い持ちだ……だからこれ以上おれに近づく――」
――一瞬のことで反応が遅れた。
ランディはいつの間にか、手を取られて握られていた。
「は? えっ?」
しかも確かめるように手を勝手に広げられたり、ぐにぐにと触られたり、あろうことか指まで絡められた。
「……? 呪いなんてないですよ?」
「な、何すんだ! 触んな!!」
ランディは慌てて手を離した。
「お、おれの力はそんな触ったら移るものではなくて……」
「そうなんですか、なら大丈夫じゃないですか」
「大丈夫じゃない!!」
一歩距離を取れば、包帯の彼が一歩近付いてくる。
他人に近付かない。ジェイラスたちを死に追いやったあの時から決めたことだ。
近付いてしまえば、さっきのように巻き込んでしまうのだから。
「そうだ! お前、さっきゴブリンに殴られていただろ! 大丈夫か!?」
「あぁ、確かに痛かったです。でも、もう大丈夫ですよ。治ってますから」
「治ってって……そんなわけないだろ!」
「……詳しくは言えませんが、僕の【恩寵】関係ですね」
【恩寵】は神々から賜った力だ。それが関係しているというなら、大丈夫なのかもしれない。怪我が治ったということは愛と光の女神ラヴィーユ由来の力か? しかし詠唱をした気配はない。となると常時発動 系の力が働いているのだろうか?
ランディの〈処刑人の剣〉もその類のものだ。本人の意思に関係なく、力を発揮する。
ならゴブリンを吹き飛ばした力もその可能性が高い。あの怪力を子供が持っていてはおかしい。
しかし、先程ランディの手を掴んだ時は、そのような怪力があるようには見えなかった。こちらの力はオンオフができるようだ。
(なんなんだ、こいつ……)
包帯を巻いて顔を隠した見た目からして、普通ではないとは思っていた。
だが、さらに訳の分からない存在になり始めていた。
「ふふ……」
「な、何がおかしいんだ」
「いや、だって。僕の心配をしてくれたので。……そんな人が誰かを呪って、不運にするだなんて、絶対にないだろうなと思ったんですよ」
――本当に訳が分からない。
なぜあの青い瞳はキラキラと輝いたまま、ランディを映すのだろうか。
噂を聞いた者たちは、ランディを恐れて離れていくというのに。
(本当に、こいつはおれが怖くないのか……?)
怖がらないのは彼の【恩寵】のおかげなのだろうか? それだけ彼の持つ【恩寵】は強力だというのだろうか……。
「僕の名前は、エス……エストです! あなたの名前は?」
名乗る時に言い間違えそうになったのか一瞬、間があった。商人か貴族の子なのだから、きっと偽名なのだろう。
「……噂を聞いてるなら知ってるだろ」
「本人からは聞いてませんから」
「…………ランディだ」
諦めたように名乗ると、彼は……エストは嬉しそうにしていた。包帯でぐるぐる巻きなせいで表情は読みづらいが、雰囲気からしてそんな感じがした。
「じゃあ、ランディさん」
「呼び捨てでいい」
「そうですか? なら僕のことも呼び捨てで!」
はぁと一つため息をしてから、ランディは再び背を向けた。
「あっ、待ってください! 帰るんですよね、一緒に行きましょう!」
「……お前、またさっきみたいに巻き込まれるぞ?」
「それなら大丈夫です! だって僕の実力は今見たでしょう?」
確かに初心者冒険者だというのに、ゴブリンを殴り飛ばしている。エストは腰に剣を下げていたが……剣を使うまでもなかったということだろうか?
どちらにせよ、再びゴブリンが来るかもしれない。一人置いて行っても大丈夫な気もするが……せめて門まで送ろう。
(こいつとはこれ以上関わらないし……)
今回だけ、そう今回だけだ。
きっとそのうち、彼はランディ以外の者とパーティを組む。そうなればもう関わることもない。
そう思いながら、ランディはエストと共に街までの帰り道を歩き出した。
……こうして誰かと一緒に歩いて帰るのは、久しぶりだった。
シリアスブレイカー(主人公)




