6.冒険者仲間
――S級冒険者、エスト。
ギルドには稀に顔を出すような、素顔も素性も不明の冒険者として有名だ。
月に二回、多くて三、四回ほどしか顔を出さない冒険者でありながら、圧倒的な力を持ってすぐにS級になった奇特な冒険者。
そんな得体の知れなさと外見も相まって、他の冒険者たちはエストに近付くことはなく、遠巻きに見ている者が多いだろう。……一部を除いて。
「エスト〜せっかく会えたんだから一緒に依頼しようぜ〜」
ランディは相変わらずエストの肩を組みながら、勧誘をしていた。
これもまたいつものことだ。ランディとは会うたびに依頼に誘われる。
いつもであれば冒険者として活動できる時間が少ないから断ることが多いのだが……。
「……それもいいかもしれませんね」
「え、マジで!? やったぜ!」
ランディは分かりやすいくらいに嬉しそうに笑った。尻尾をブンブン振っている幻覚が見える……まるで大型犬のような男だ。
「エスト、無理に合わせなくてもいいんだよ?」
「心配無用ですよ、ジャスミン。これからは冒険者として本格的にゆっくり活動できそうですから」
「そうなのか、エスト兄ちゃん?」
ジャスミンとレイモンが揃って驚いたように瞠目した。
エストとして居られる時間が少ないのは、当然公爵令嬢エステルのほうが忙しかったからだ。
しかし、婚約破棄され自由の身に(半端無理矢理とはいえ)なったのだから、これからは好きなだけ活動できるだろう。
(もう依頼成功タイムアタックとかしなくていいんですよ……!!)
限られた時間で依頼をクリアするために、タイムアタックじみたことをしていたことを思い出す。
三日掛かる依頼を一日で終わらせたりしていたわけだから、S級に上がるのも早かったのだが。
「本当か! なら俺たちのパーティにも入ってくれよ、エストー!」
「それは……ちょっと考えておきます」
ランディたちのパーティはA級冒険者のパーティ【導きの星火】だ。
なによりランディは冒険者になりたての頃に世話になった先輩冒険者である。「俺より先にS級になりやがって」と悔しそうに言われたのはよく覚えている。
ジャスミンとレイモンは先日A級になったばかりではあるが、二人の実力はよく知っていた。
このギルドの冒険者の中では、エストが付き合いのある冒険者パーティであり、知らない仲ではない。
元より【導きの星火】発足時にも同じように誘われたが、その時は明確に断っていた。
今までも同じように誘われても断っていたが……今なら入ってもいいのではと少し思った。
「おいおいマジかよ……聞いたかお前ら! エストが俺たちのパーティに入ってくれるってよ!」
「よかったじゃねぇか、ランディ!」
「ソロ専の【迅剣】を落とすとはやるねぇ! ヒュー!」
「ちょっと、僕はまだ入るって言ってませんよ! 考えると言ったんです!」
ランディの嬉しそうな声に周囲が勝手に盛り上がっている。
別にソロ専だったわけじゃない。ただ活動時間の関係で組める相手が少なかっただけだ。
そうやって一人でやっていたのもS級になった要因の一つではあるが。
「こうやって牽制しとけば、面倒な勧誘ラッシュもなくなるってもんだぜ?」
「それは少しありがたいですが……本音は?」
「お前をどこかに引き抜かれたら困る」
ランディがとても真面目に言うものだから、エストは思わず笑ってしまった。
「……心配しないでください。ランディたちのパーティからの勧誘だから悩んでるんです。それ以外は速攻で断りますから」
エストがソロだった理由には時間以外にもう一つある。それは当然、《女神の寵愛》の力だ。
エストとしてももちろん【恩寵】の力は隠している。
神託の儀で授かる【恩寵】を明かすかどうかは個人の自由だ。
神託の儀で【恩寵】の内容が分かるのも、授かった本人だけだ。
一般的には家族や身内には言うものであるが、それ以外の第三者に公開するかは人それぞれだ。
……彼女が持つ《女神の寵愛》を王家が把握していたのには少し理由があるが、それが世間にまで広がってしまったのは前代未聞の【恩寵】過ぎた例外だ。
【恩寵】というものは基本的に、その者が為るべき職の名であることが多い。
《剣士》であったり、《鑑定士》であったり、《神官》であったり。
分かるのはその職の名だけで、それがどの神から授かった【恩寵】であるかは分からない。
だが、神々はそれぞれ象徴とする力を持つから、それに当てはめればわりと分かるのだ。
しかし、稀に職ではない名を持つ【恩寵】もある。それは祝福の名を冠するものだ。
かつてこのラルイット王国を救ったという聖女は、《癒しの祝福》という【恩寵】持ちだったと聞く。あらゆる怪我も病気も治す奇跡の力だったという。
当然、その【恩寵】を与えたのは愛と光の女神ラヴィーユだろう。
ならばエストの持つ力も祝福かと言われたら、近いが違うと言える。彼女のは《女神の寵愛》だ。
祝福も一神の影響を強く受けた【恩寵】だが、寵愛はさらに一段階上と思われる。
そもそも寵愛などと呼ばれる【恩寵】は確認されたことは今までなかった。故に例外中の例外なのだ。
話を戻すが、そんな【恩寵】を公開している者もいれば、非公開にしている者もいる。
当然、エストでは非公開派に入っている。
色々と憶測は飛び交っているが今の所は、《剣士》や《戦士》といった戦と火の神マレニウスの【恩寵】を授かっているのではないかと言われている。S級になるくらいだから《剣聖》レベルではないかとも噂されていた。
……実は愛と光の女神ラヴィーユによる寵愛とは誰も思うまい。
だが、共に活動し過ぎるとバレるリスクがあるから、エストは人と組むことを避けていた。
今回もランディたちのパーティに入るのは避けたほうがいい。ただパーティを組んでみたい願望があるから、悩んでいるのだ。
それにしても、と思う。
周りの冒険者たちと楽しそうに騒ぐランディの姿をどこか感傷深く見る。
S級冒険者であるエストがこのギルド【魔女の翼】の、ひいてはこの国の冒険者を代表するような存在だ。
しかし、どう見たって周囲の冒険者から慕われ、溶け込み、頼りにされているのはランディのほうだと思う。
エストが余りにも奇異な存在で、冒険者たちは畏怖して近付こうとはしないからというのはある。
しかし、ランディはそんなことは気にせずに昔のように接してくれるのがありがたかった。
……もっとも、昔は反対の立場ではあったが。むしろそうだったからこそ、彼の態度は変わらないのかもしれない。
「エストさん、ランディさんたちも! よかった、まだいた!」
ギルドのフロアでの大騒ぎが終わった頃に慌てたようにギルドの受付嬢が走ってくる。
すでに周りの冒険者たちは依頼を受けてはけており、エストはランディたちから勧誘を受けつつも依頼に付いて相談していた。
S級とA級の冒険者なのだ、受ける依頼は高ランクであり、依頼の取り合いになることもない。
故にゆっくり決めようとしていた矢先のことだった。
「どうしましたか?」
「西の街道でB級の魔物が原因不明の大量発生中と報告がありました! 緊急依頼として受けて頂けませんか!」
エストはランディたちをちらりと見た。彼らは頷いた。
「B級か。肩慣らしにちょうどいいな?」
「ランディ、油断はしないでよ。ランクは下でも大量にいるんだからね?」
「エストとランディ兄ちゃんが頑張ってくれるっしょ。オレたちは程々にやろうぜ」
「ジャスミンとレイモンも頼りにしてますよ。それから西の街道は交易路です。人命がかかっていますので、急ぎますよ」
エストたちはその緊急依頼をもちろん受け、西の街道に向かった。
明日からは夜に一日一話のゆっくり更新となります。
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