4.始まりの嘘
「サディアス殿下の死亡が確認された今! この大罪を犯したオルブライト公爵家に制裁を与えるべきでしょう!」
王座の間で、再び宰相の声が響いた。
父が座る王座を前に、オルブライト家の者たちが首を垂れていた。宮廷神官の公爵家当主、騎士団長の公爵夫人、第一王子の近衛兵だった嫡男。
もう一人、公爵家にはリナルドと同い年の娘がいたはずだが、まだ社交界デビューもしていないため、今は領地にいることだろう。それはリナルドも同じだが、王族の一人であるため、この場にいることを許されていた。
今この場にいるオルブライト公爵家の三人は、周囲からの非難の視線を受けても動じずにいた。事前に覚悟を決めてきたかのような顔つきをしていた。
「確かに、これは我がオルブライト家の失態です。すでに責任を持って騎士団長の職務を辞任する意思があります。さらにどのような処罰であろうと受ける所存です」
「ふん。ならば、望み通りにしてやろう」
そんなオルブライト家の態度が気に入らないのか、宰相が吐き捨てるように言った後に、国王に振り向いた。
「王族の護衛を失敗しただけでなく、死なせてしまった彼らに貴族を名乗る資格などありはしないでしょう。オルブライト公爵家は取り潰し、さらに一族全員を極刑に処すべきです!」
宮廷に響めく声が上がった。しかし中には宰相の言葉に同意する貴族たちもいた。
「だ、だが、オルブライト公爵家は建国以来我が国に仕えてくれている。かの癒しの聖女を護っていた騎士の家系だ。それを全員処刑するなど――」
「昔は確かにそうであったかもしれません! しかし今彼らに同じような力があるとは到底思えませんな」
判断に迷う国王を前に、宰相が捲し立てていた。
このままなら父は彼に流されるままに、公爵家を断罪することだろう。
(オルブライト公爵家は、何も悪くない。彼らは無実だっ……!)
リナルドだけが知っていた。公爵家はまったくの無実で、ただ嵌められただけだと。
(……なんとか、しなければ)
このままでは無実の者が、冤罪で殺される。
しかし、ここで"真実"を口にしたところで誰も信じてくれない。
誰もが納得できない真実など、戯言にすぎない。真実では誰も救えない。嘘で人は殺せるというのに。
あの兄の死を偽装され、その死によって公爵家は追い詰められていた。それも、この宮廷内でも兄に対して普通に接してくれた優しい人たちが。
(このままでは兄様が本当に、死を振りまく《処刑人》になってしまう……)
そんなこと、絶対にあってはならない。そもそも《処刑人》とは罪ある者を断罪する者だ。断罪を受けるべきはあの公爵家ではなく、嘘を並べ立てている父と宰相だ。
「お父様、よく考えてください。公爵家もまた被害者だと考えられますよ?」
「被害者……? どういうことだ、リナルドよ」
父は隣に控えたリナルドに振り向いた。
真実では人を救えないというならば――
「兄は呪いの子でした。此度の事件のすべては、兄の呪いが原因ではないでしょうか?」
――自分もまた嘘つきになればいい。
「あぁ……そうだ。アレは《処刑人》などという、死の呪いを受けていた……」
「ええ、そうですよ。きっと兄が魔物を引き寄せたのでしょう。……さらに同士討ちも起こっていましたよね? それも兄の呪いではないでしょうか?」
同士討ちは非公式の情報だったが、当然リナルドは把握していた。父もそれも知っていたから、その部分だけは父の耳元で囁いた。
……父と宰相は確かに結託していた。きっと父が護衛ルートを宰相に流し、宰相が事件を引き起こしたと見える。どのような方法を用いたか分からないが魔物をけしかけ、さらには同士討ちをさせ、護衛の騎士たちを壊滅させたのだろう。
しかし公爵家の処遇については意見が分かれている様子だった。
宰相の目的は公爵を取り潰し排除することで、この国の実権を完全に握ることだろう。
この王国において王家に次いで権力と影響力を持っているのがオルブライト公爵家だ。彼らさえいなくなれば、あとは国王を傀儡に好き勝手ができる。
しかし父である国王陛下は公爵家に対して恨みはない。むしろ今回の事件に巻き込んで申し訳ないとすら思っている節があった。だから、罪に問うたとしても極刑だけは避けたいといった様子だ。……そこをリナルドは利用した。
「そうだ、これはすべてあの呪われし子の仕業だ」
「へ、陛下……?」
父は王座から立ち上がり、公爵家の面々を見渡した。
「……すまなかったな。我が不出来な息子のせいでお前たちには迷惑をかけた」
「……な、何を仰っているのですか、陛下。護衛の失敗は、我が家の失態であることには変わりありません……!! けして御子息のせいでは――」
「良い、慰めの言葉などいらん」
「慰め……だと?」
騎士団長が今度は父を睨んだ。
「私はそんなつもりで言ったわけではない! あの子の……サディアス殿下のせいではないと言っているのだ!!」
「騎士団長殿、口を慎め! 陛下に対して失礼であろう!」
怒りを露わにする騎士団長と、それを見て再びにやりとした宰相を前に、リナルドは再び父を見た。
「お父様、きっと公爵夫人も呪いに当てられて正気を失っているのかもしれません……。しばらく療養を勧めたほうがいいかもしれません」
「なるほど、確かにそのようだな……」
父は一つ頷くと、公爵夫人である騎士団長を見た。
「ジュディ・オルブライトよ。騎士団長を辞任するのであろう? ならばその後は、領地を出ることを禁ずる。その受けた呪いが解かれるまで、そこでゆっくり療養するとよい」
「なっ…………?」
まるで夫人を気遣うように、国王陛下はそれを言い渡した。
「理解が出来ませんか? これは父があなたに与えた今回の処罰ですよ。……そうですよね、お父様?」
「……そういうことにしておこう」
すかさずリナルドが父の言葉を代弁した。確認を取れば、父は少し納得していないようだったが、頷いた。
「た、たったそれだけの処罰で許されていい罪ではありませんぞ、陛下!!」
「そ、そうです! 私たちは殿下を護れなかったのですよ!」
宰相と一緒になって抗議をしたのは隻眼の少年騎士ユーインだった。
「処罰がさらに欲しいようですね。なら、ユーインを降格処分にし、一般兵に降格するのは如何ですか?」
「ふむ、それぐらいが妥当だな。ではそうしよう」
父は再びリナルドの言葉に頷いた。二人がまた口を開く前に、続けてリナルドは言い放つ。
「これは公爵家のこれまでの忠義を鑑みての恩赦である!」
「……そうだ、リナルドの言う通りだ」
リナルドはそこで口を閉じ、父に話の先を譲った。……父にとって都合の良い言い訳を用意したのだ、あとは大丈夫だ。
「今回の公爵家に対する処罰はこれで以上とする」
「…………陛下の仰せのままに」
宰相は不満げではあったが、頭を下げた。なにせ今回の被害者たる第一王子の父親である国王自らが納得した処罰だ。それ以上は強く追求出来ない様子だった。しかし公爵家は取り潰されなかったとはいえ、失脚したも同然だ。だから無理はせずに引き下がったのだろう。
「リナルド! 貴様、一体何のつもりだ!」
「ジュディ! 落ち着いて!」
「お母様、いけません!」
すべてが終わり王座の間から退出したリナルドを追って、騎士団長……もとい公爵夫人が怒りを隠そうとせずに向かってきた。
「僕はあなた方の無実を証明したまでです。これはすべて兄の呪いのせいです、あなたたちが死刑になるまでの謂れはありません」
「失態を犯したのは事実だ! 私がしっかりと部隊の編成をしなかったから、部下の裏切りにも気付かなかったから、こうなったのだ!」
周囲の制止を振り切り、公爵夫人はリナルドの胸ぐらを掴んだ。大人と子供の身長差もある、リナルドは足元が浮いた。
「お前の兄のせいではないとなぜ分からん! 私は……私たちはその証明の為ならば、この首を差し出しても構わなかった!」
「……ふっ。あなたたち公爵家の首がすべて飛んだところで、何の証明にもなりませんよ?」
「貴様……!」
「衛兵、何をしている! この女を捕らえよ!」
衛兵の騎士たちが手こずりながらも公爵夫人を取り押さえた。無理もない、騎士団長まで登りつめた女傑だ。
「やはり死の呪いにかかっているようですね。そうでなければ、死に急ぐこともしないでしょう。……では、ゆっくり療養なさってください」
リナルドは公爵家に一礼し、背を向けて立ち去った。……彼女はずっとリナルドを睨みつけていた。
(……こうでもしないと、公爵夫人は止まってくれなかった。あの人は自分の命はもちろん、家族の命すら差し出してでも、罪を償うつもりだった……)
それだけ真面目で、責任を重じるタイプの人であった。しかし、今回は裏目に出ていた。そんなことをしても、すべてはあの宰相の思惑通りにしかならなかった。
(兄様のせいじゃないと、そんなの僕が一番分かっているっ!)
ぎりりと奥歯を噛みしめ、拳を握りしめた。
(……申し訳ありません、サディアス兄様。あなたを悪者扱いしてしまいました……)
だが、きっとこれで良かったのだ。
兄が護りたかった人たちは護れたはずだ。……ユーインの話では、兄は自ら崖から飛び降りたという。
『おれはここにいてはいけない……』
父の前から早足に去って行ったあの日の兄の姿を思い出す。……きっと兄は、この事件は自分のせいで引き起こったと思い込み、自ら飛び降りたのだ。
(兄様のせいじゃない。……いつか必ず、何年掛かってでも真実を証明してみせます!)
――その為ならば、嘘つきの愚か者になっても構わなかった。




