3.始まりの嘘
「これはオルブライト公爵家の失態だと、言っていいでしょう!」
宰相、ウェスレート侯爵の声が王座の間に響いた。
多くの臣下たちを前に、王座の前に跪くのは一人の女騎士だった。夕焼け色の鮮やかな髪を後ろで束ね、重ねた年すら魅力的な壮年の麗人。
王国騎士団の騎士団長にして、オルブライト公爵夫人、その人だった。
「……此度の護衛の失態は確かに私たちにあるでしょう。サディアス殿下を魔物の襲撃から守れず、申し訳ありません」
騎士団長は謝罪を口にしながら、陛下に向かって深く頭を下げた。その隣には宮廷神官であるオルブライト公爵が同じように、頭を下げていた。
先程入ってきた情報だった。墓参りに行った兄とその護衛たちが帰り道で魔物の襲撃にあったという。現場は副団長を含めた多くの兵が死んでいたという。しかし兄の死体はなく、行方不明になっていた。生き残った騎士がなんとか街に到着したことで事件が発覚したが、その発生からすでに一日が経過していた。
「お前たちの息子も行方不明なのだろう?」
「……はい」
「アレの行方もまだ分かっておらん。今は引き続き、捜索をしなさい」
「はっ、必ずや陛下のご子息を見つけて参ります……」
父は少しばかり公爵家の二人を労うように言ってから、二人を下がらせた。
「陛下、此度の魔物の襲撃で多くの兵が命を落としました。この責任はやはりオルブライト家に取らせるべきかと」
「……ああ、アレが見つかってからな」
父と宰相が会話するのを、リナルドはじっと見ていた。しかし我慢がならずに、声を出した。
「あの……どうしてお父様たちは嘘をついているのですか……?」
二人はぎょっとしたように瞠目して、リナルドを見た。……やはり二人は嘘をついている。いつも嘘を指摘すると、皆同じような反応をするのだ。
「な、何を仰っているのでしょうか、リナルド殿下」
「そうだとも、リナルド。そもそも嘘とはなんだ?」
「それは魔物の襲撃です」
二人が事件の話をするたびに、それについて嘘をついていると、リナルドは感じたのだ。
「本当は……襲撃はなかったのでは?」
「何を仰っているのです? 報告をきちんと聞いておりましたか? 現場には多くの魔物がいた痕跡が残されていたと報告されていたでしょう?」
……宰相の今の言葉に嘘はない。先程報告をしていた騎士団長も嘘をついてはいなかった。
だから、魔物がいたことは確かなのだろう。
「何の根拠があってそのようなことを仰るのですか? 証拠でもあるのでしたら、教えて頂きたい」
「……証拠はありません」
リナルドは力無く返事をした。ただ二人が嘘を付いていると分かっているだけで、そんな証拠などなかった。
「リナルド、お前は混乱しているだけだろう? もう部屋に戻って休んでいなさい」
「そう……ですね。僕の勘違いでした……すみませんでした」
父が訝しむような目をしたので、慌ててそう弁解した。……やっぱり、嘘を指摘しても、何の意味もないどころか、嫌われてしまう。
だが、二人は嘘を付いている。間違いなく。それだけは確信していた。
事件発生から二日後に兄の近衛兵だったユーインが川下で発見された。彼はなんとか生きており、彼の証言では兄もまた崖から落ち、川に流されたという。
さらには現場では騎士による同士討ちもあったと証言した。これは生き残った他の騎士たちも報告していたことだ。
「本当にそんなことがあったというのであれば、これは騎士団長殿の管理不届ですな。騎士団の人間が護衛を失敗しただけでなく、ましてや同士討ちするなどおかしな話です。……むしろ騎士団長殿が、そのように指示をなされたのでは?」
「…………バカを言うな。そんなこと私たちがするわけがないだろう!」
「お、落ち着くんだ、ジュディ!」
宰相の言葉に、あわや怒りで抜剣しそうになっていた騎士団長を、夫であるオルブライト公爵がなんとか抑えていた。
それからさらに数日後に……兄のサディアスの死体が見つかった。
兄の死体はひどい状態だったためか、死体の確認は宮廷内の限られた人々のみで行なわれた。……しかしその中にオルブライト家の者たちは含まれていなかった。
「あぁ……なんということだ。サディアス殿下……こんなむごい姿でお帰りになられるとは」
宰相ウェスレートは台の上に寝かされた兄の死体に向かって哀しみの声をかけた。
他の臣下たちもそれぞれ、同じように死体を確認しては哀悼を捧げていく。
「……これでやっと我が国は救われる」
父だけは死体をちらりと見ただけで、泣くこともせず、むしろ安堵の表情すら浮かべていた。
(……嘘つきどもめ)
リナルドは目の前で行なわれた光景を、冷ややかな目で見ていた。
何もかもが茶番だ。兄の死体を見たが、あれはどう見たって偽物だ!
顔は判別出来ないように潰され、唯一兄を示すのは呪われている証だと言われた黒髪と赤黒い瞳だけ。だがそれすらもまやかしだ、変幻魔法で変えられている。
リナルドには分かった、この死体は兄ではなく、名も知らないような、替え玉にされてしまった哀れな子供の死体だ。
(……どうか、君の魂に安らかなる死を。デミスの導きが在らんことを)
リナルドだけが心の中で、その子供に黙祷を捧げた。命を奪われただけでなく、死後に顔を奪われ死体を利用された。
しかし、彼のおかげで分かったこともある。兄の死体はどれだけ探しても、出てこなかったのだろう。それはつまり、兄がどこかで生きている可能性もあるということだ。
兄の行方は気になるが……それよりも対処しなければならないことがあった。




