2.始まりの嘘
「【恩寵】が、《処刑人》だと……?」
「……はい」
その日の兄も、神々から賜った【恩寵】が《処刑人》であったことを、父に正直に伝えていた。
兄の神託の儀には、リナルドたちも立ち会っていた。父親である国王陛下、第二王妃であるリナルドの母親。他には数名の臣下と、この儀式を執り行う宮廷神官のオルブライト公爵が立ち会っていた。
「やはり、やはり貴様がセレナを!」
父は第一王妃の名を叫びながら、兄を殴った。
「陛下! 落ち着いてください!」
「貴様が! やはり貴様がセレナを殺したのではないか! 貴様など産まれてこなければセレナは!」
憎悪にこもった表情をして喚く父は、側近の臣下たちに抑えられながら、退室していった。
「おれが……おれが母さんを……」
兄は父に言われた言葉に、苦しそうに表情を歪ませて俯いていた。
「サディアス殿下、あなたのお母様は死と闇の神デミスの導きを受けただけです。……けしてあなたのせいではありません」
オルブライト公爵が兄に対して優しく話しかけていた。宮廷神官である公爵は彼の出産の日にも立ち会っていた。《神官》の【恩寵】を持つ公爵は高位の治癒魔法を扱うことができる。死亡してから一日までという制約があるが〈復活〉の魔法も扱えるのだ。
しかし、その公爵を前にしても、出産を終えた第一王妃の死を回避出来なかった。
死の神の導きを受けたならそれは仕方のないことだし、むしろ光栄なことでもあるが、父はそう思っていない様子だった。
「……ダメよ」
リナルドも兄に駆け寄りたかったが、母に止められた。……オルブライト公爵が付き添ってくれている。リナルドは兄を公爵に任せて、母と共に退室した。
兄の【恩寵】が明らかになってからは、さらに兄の取り巻く環境が悪くなった。
間の悪いことに事件がさらに起こった。
「アレが近衛兵の目を失明させただと?」
報告を聞いた父が再び憎悪を抱いていた。
【恩寵】が明確に判るまで、護身術と言った稽古は付けられていなかった。
兄は神託の儀を終わらせたので、そういう訓練も受けるようになったのだろうが……そこで《処刑人》の力を誤って発動させてしまった。
こういう事件は世間でも度々ある。特に神託の儀を終えた後は【恩寵】を正しく自覚するため、眠っていた力を呼び覚ますことになる。
その力の制御を誤ってしまうのはよくあることであったが……兄の場合は取り返しがつかなかった。
殺さなかっただけマシだったが、宮廷神官の力を持ってしても、その怪我は治らなかったという。
「……やはり、アレは呪いの子だ。デミスによって遣わされた死の使いだ……」
今度は恐怖に慄く父を見た。
「そんなことありません。兄様はそんな人では」
「リナルド、お前は何も分かっていない!」
兄を庇おうとしたが、父の叱責に合い、それから暫く説教を受けた。
(おかしい……兄様は悪くないはずなのに)
……それから兄は王宮の端に追いやられるように、軟禁された。
リナルドが会いに行こうにも、誰も兄がいる部屋まで通してくれなかった。
これもリナルドの為だと、周りがいう。何が自分の為だ。兄を恐れる父の命令に従っているだけではないか。
兄に会えないまま、さらに一年が経ったある日。
兄が久しぶりに部屋を出ることを許された。それは兄の母である第一王妃の墓参りに行くことを特別に許されたのだ。
辺境伯の令嬢だった第一王妃は、生前に墓は生家の近くがいいと希望していたので、その希望を父が通したことで、辺境に王妃の墓がある。
「サディアス兄様!」
「……リナルド」
兄が王宮を去る前にリナルドはなんとか会えた。
久しぶりに見る兄は痩せ細ったように見える。前よりも表情が暗い。それだけでなく、彼を纏う黒いモヤも、以前より濃くなっていた。
「なぜ来たんだ、陛下に怒られてしまうだろ……」
それでも兄は何も変わっていなかった。会いにきたリナルドを心配してくれる人だった。
「どうしても、兄様とお会いしたくて。だからコッソリきました」
そう言って笑いかけると、兄は暗い表情のままだが、少し笑ってくれた。
「背が伸びたな……」
「はい。でもまだまだ兄様には追いつきませんね」
兄は八歳になり、先日リナルドも六歳になった。まだまだ成長途中の二人は、揃って背が伸びていた。
「兄様、行ってらっしゃい。帰ってきたらまたお話しをしましょう。約束ですよ!」
「……ああ」
たったそれだけの会話を交わして、兄は隻眼の近衛兵を引き連れて、出立していった。
――それが、リナルドが最後に見た兄の姿だった。




