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公爵令嬢の隠しごと 〜巷で噂のS級冒険者、実は私です〜  作者: 彩帆
第三章

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41.死を纏うものに愛を

※流血、欠損表現注意

 エストは星弾が上がった地点にすぐに向かった。

 建物の屋根伝いに次々と飛び越えながら、その場所に向かう。着いた先は、この街の中心から少し外れた場所だった。


「やっときてくれた、エスト!」


「何やってたんだ、エスト兄ちゃん!」


「こちらも色々とありまして。それよりレイモン、すぐに〈星域(サンクチュアリ)〉を展開してください」


「お、おう」


 近く建物の屋上に降り立つと、ジャスミンとレイモンが駆け寄ってきた。

 付いてすぐレイモンに指示を飛ばすと、彼は〈星域(サンクチュアリ)〉を展開してくれた。


「ランディは?」


「あそこ。あの場所で全部の魔物を相手に戦っている」


 ジャスミンがある方角を指した。

 市場が開かれるような少し広いスペースのそこは……今や黒い血溜まりと魔物の死体が重なる地獄と化していた。

 石畳の地面に転がる魔物はもう百を超えていた。それでもなお、まだ動く魔物たちがおり、彼らは中心の、ただ一人を狙っていた。


 ――ふいに、黒い炎(・・・)が巻き上がった。

 その黒い炎は魔物たちを容赦なく焼き尽くした。まるで罪人を滅する火刑のように。死への旅路を導く灯のように。

 炎を逃れた魔物もいたがしかし、次の瞬間にはその首を落とされた。剣による一閃だった。無慈悲な刃は簡単に、命を幾つも刈り取っていく。咎人を斬首刑に処すように。死を告げる使者のように。

 まるで処刑場のような冷たい死の空気が満ちていた。一歩、その場に踏み入れれば、今度は己の首に死の刃が食い込むだろう。

 死が満ちる黒い世界で、一人が支配者として君臨していた。

 その者は、黒い返り血を浴びて、全身は黒かった。……いや、髪は血に関係なく黒だ。漆黒の闇を纏う黒髪は、同じ黒の血を吸ってさらに深淵の闇に染まっていた。

 その瞳は赤黒い。人の血のような色を宿した瞳は、一切の光を返すことなく淡々と、魔物が死んでいく様を見つめていた。

 しかし返り血を浴びたその横顔はエストたちにとても馴染みのある青年の顔であった。


 ――そう、あの死の舞踏の中心にいるのは他でもない、ランディであった。


「ごめん、エスト。あたしたちも魔物の数減らそうと頑張ってたんだけど……間に合わなくて」


「範囲魔法撃とうにも、ランディ兄ちゃんがどこにいるか把握しづらくて……巻き込みそうで撃てなくて」


「大丈夫です。あなたたちはよく頑張りましたよ」


 この物量では仕方ないと思う。むしろエストたちのほうが落ち着くまでよく耐えていたほうだ。

 しかし、埒が明かなくなってランディがあの力を使ったようだ。

 あの力は確かに強力だ。現に魔物はもう殆ど死に絶え、全滅しかけている。――問題はこの後だ。

 ランディはいつもあの力を意図的に封じていた。そのせいか、一度解放すると抑圧されていた力が理性まで飲み込んでしまう。


「そろそろですか……ランディを止めてきます。すみませんが、二人はこの方をよろしくお願いします。〈星域(サンクチュアリ)〉からは決して出ないように」


「なんでこいつがここに……?」


「よく分からないけど、分かったわ!」


 双子にメリナを任せ、エストは屋上を飛び降り、死が満ちる世界に踏み込んだ。


 彼が最後の魔物を斬り伏せた。黒い血の雨が血の池となった地面を濡らしていく。


「…………」


 斬る獲物が居なくなったせいか、動きがぴたりと止まった。彼は剣を手にしたまま、自身が築き上げた屍の山の中心に、ぼうっと立っていた。


「ランディ」


 エストはいつもの調子で彼の名を呼んだ。靴底で血を跳ね飛ばしながら、死体だらけの道を進んでいく。死の気配に恐怖することもなく。


「もう、魔物はいません。剣をしまって――」


 エストの言葉は、ランディの剣によって斬り裂かれた。その剣を受け止めるようにエストは自身の剣を前に出すが――剣は真っ二つ(・・・・)に斬られた。

 剣同士がかち合う音も抵抗もなく、ただエストの剣だけが一方的に斬られてしまった。まるで紙を斬るかのように、いとも簡単に。


「……相変わらず、斬れ味がいいですね……っ!?」


 横薙ぎに斬るように、剣が振るわれた。

 真っ二つとなった剣の柄を握っていた右腕が斬られた。エストの右腕も、同じ結果を辿ったのだ。

 無慈悲な剣は右腕を容赦なく斬り落とした(・・・・・・)

 身体から離れて宙を舞う右腕を見ながら、エストは後退する。この黒い世界で飛び散る赤い血は、やけに派手に見えた。


(やっぱり〈防御強化(シールドブースト)〉も意味がない)


 人々は彼が持つ【恩寵(ギフト)】は《魔法剣士》であると思っているが、本当は違う。

 ランディが普段見せている力は【恩寵(ギフト)】の一側面に過ぎず、戦と火のマレニウスから賜わった力しか見せていない。本当はもう一つの神からの力があった。


(死と闇の神デミス……本当、難儀な力を持っていますよね)


 冥府の主とも呼ばれ、闇とそして呪いも司る神デミス。ランディは死神と呼ばれる神の加護も与えられていた。そう彼が持つ【恩寵(ギフト)】とは――。


(平等なる死を与える《処刑人》……それが彼の本当の力)


 再び彼の剣が、〈処刑人の剣エクスキューショナーズ・ソード〉が振るわれた。

 彼の剣に対して、どんな強固な鎧を纏っていようが意味がない。その存在を無視し貫通し断絶する、即死の呪いを持つ魔剣だ。さらに斬られた傷口は死の呪いによって治療することが難しい。その死の呪いは高位の治癒魔法すら退ける。

 あの黒い炎も同様の力を持つ。黒い炎に焼かれてしまった場合、灰すら残らず焼き尽くされる。


(――だけど、それは普通ならの話です)


 その剣は首を狙ってきた。避けるように頭をそらせば、仮面に剣が当たって左側が割れた。

 エストはそれに構うことなく、向かってきたその剣を左手で掴んだ。掌に剣が食い込むが、斬り落とされなかった。


(……〈治癒(キュア)〉!)


 いや、斬られているが、斬られては即座に〈治癒(キュア)〉を掛けて再生しているのだ。

 即死の魔剣に対して〈治癒(キュア)〉を重ねがけて、対抗していた。死の呪いに関しては問題ない。《女神の寵愛》を前に、この程度(・・・・)の呪いは問題ないのだ。


「ランディ」


「…………っ!」


 割れた仮面の隙間から、ひりつくような空気に素肌が晒される。赤黒い瞳と直に目があった。赤に映り込んだ瑠璃色。――その色を見た瞬間、彼は動きを止めた。


「……ぁ。おれは……」


「大丈夫です。殺したのは魔物だけ。あなたは人は殺していませんし、傷付けた人もいない」


「……そうか。……よかった……」


 剣から手を離して、彼の背に腕を回す。片手で抱き寄せれば、ランディは縋るように身を委ねてきた。


「囮をして魔物を倒してくれたあなたのおかげで、街の被害は軽微です。本当に、よく頑張りましたね」


「……俺はお前を信じただけだ」


 ここに来る前、彼が言った言葉を思い出した。

 ――もしも俺が誰かを殺しそうなら、俺を殺してくれ。

 当然、そんなことできるはずもない。だからエストは約束通り、彼がそれをする前に全力で止めに来た。


(女神ラヴィーユがどうして私を寵愛しているのか不思議でしたが……彼のような人に手を差し伸べるための力なのかもしれませんね……)


 死を纏う彼が、その死に溺れてしまう前に。その手を取って、引っ張り上げるのが己の役目ではないかと、最近思うようになってきた。


「エスト、右腕は……」


「ああ。斬り落とされてしまったので、そのままでしたね」


 自分の右腕が近くに転がっていた。あれを〈治癒(キュア)〉でくっ付けることは可能だし、なんなら一から腕を生やして再生させることもできるから、たいして気にしていなかった。……再生させる場合はだいぶ絵面がグロテクスだから、あまりやりたくないが。


「お前……傷付けた人はいないだなんて、嘘じゃないか……!」


「大丈夫です、僕のは治せますから! カウントしなくていいです!」


「俺が最も傷付けたくないのはお前なんだが……! もう少し自分を大切にしろ、馬鹿……!」


 安心させるように言ったのに、ランディは険しい表情のままだ。すぐに安心させるためにも右腕は治したほうがいいかと思い、右腕を拾いに行った。


「ほらもう治りました。だからもう大丈夫で、す……?」


 ――振り返った直後に、エストの胸に剣が突き刺さった。突き刺したのは他でもない、ランディだ。


「なんでっ……どうしてっ!?」


 ランディはひどく動揺していた。震える腕は、突き刺した剣を引き抜こうと動いたが――エストがその腕を掴んだ。


「……エストっ!?」


「大丈夫、あなたのせいじゃない。――この程度で僕を殺せると? 笑わせますね」


 割れた仮面の下、その口元は不敵に笑っていた。

 後半の言葉はランディに向けたものではない。


(来ると思ってました。この時を待っていました……!)


 掴んだ腕を勢いよく引き寄せる、ランディの身体がわずかに屈んだ。

 治療した右腕を屈んだランディの頭上に伸ばし――彼に絡み付いていた魔力の糸を掴んだ。


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