39.祝福と寵愛
「話したいことですか……」
「具体的には明日の話だったのだが」
リナルドは眉間を押さえながら、難しい表情をした。
「明日、常闇の森に入るつもりだった。あちらにとって絶好の場所だ。私の予想では、仕掛けてくるなら常闇の森だと思ったのだが……」
リナルドでも、現状は予想外の出来事だったようだ。その言動からこの街を巻き込むつもりはなかったとみえる。
「いや、君たちがいたからか。流石にA級とS級の冒険者が居たら、あの森でも太刀打ち出来ないと考えたか?」
「……そうですね。僕たちにとっては、いくら常闇の森の魔物をけしかけられたところで敵ではありません。しかも護る者も少なくていいなら、尚更です」
もし常闇の森中の魔物を相手にしても勝てる自信があるくらいだ。
「だから、仕掛けるタイミングを早めたか。この街の住人を利用すれば、君たちは北の街でのように、住人たちを護るために動くだろうとあちらは考えたな? あのレイモンの〈星域〉対策もあったのだろう」
だとすれば実に卑怯なやり方だ。いや、他人を操り、自身の手を汚さない時点で、卑怯で、卑劣なやり方だ。
「そして冒険者の護衛が離れた隙を突いて、あなたを狙ったと……」
「いいや、狙いは私ではない」
「……あなた以外に誰がいるんですか?」
「私の婚約者に決まっている」
リナルドの言葉に思わず、メリナを見た。確かにユーインの剣はメリナを狙っていたようだが……。
「なぜ彼女を狙うんです? 王位継承者であるあなたの方が命を狙われるかと思いますが……」
「もっと単純に考えろ。私の婚約者が死んで、誰が得をする?」
――そんな者、一人しかいない。
「……ウェスレート侯爵ですか?」
確かに彼ならば、リナルドの婚約者が亡くなった場合、喜びそうだ。そして次の婚約者として自分の娘を推し進めるだろう。エステルがいなかったら、次にリナルドの婚約者として相応しいのは、ウェスレート侯爵の娘だとされていた。
「そうだ、ウェスレート侯爵だ」
「でも、本当に侯爵が? ここまでやるとは――」
「あいつは昔からそう言う奴だ、十年前から何も変わっていない……!」
「十年前……もしかして十年前のあの事件も?」
「ああ、そうだ。十年前の事件は、ウェスレート侯爵とそして我が父が仕組んで起こしたものだ」
リナルドの言葉にエストは絶句した。ウェスレート侯爵だけでなく、まさか国王陛下まで関わっていたとは思わなかった。
(つまり、我がオルブライト家は……その二人に嵌められたと)
いいや、それだけじゃない。あの事件で多くの者が命を落とし、そして傷付いた。母も兄も、第一王子も彼を護った騎士たちも。さらにそれによって、ジャスミンとレイモンの村が滅んでいることも含めれば影響は計り知れない。
しかも今なお、彼らは人々を傷付けている。
「証拠は……証拠はあるのですか。いくら探しても、何も出てこなかったのですよ……」
「残念だがそんなものはない。私でも見つけられなかった」
「……では、何を根拠にそんなことを仰っているのですか、リナルド」
「私は真実を知っているだけだ。今言えるのはそれだけだ、エスト」
名を呼ばれてハッとする。……あまりのことに、エステルとしての面が割れていた。
「確かに証拠はない。だが、証拠などいくらでも作ればよい!」
リナルドは貴公子に相応しくないような、不敵な笑みを浮かべた。
「重要なのは、奴をここで捕えることだ。流石に現場で身柄を拘束されては言い逃れは出来んだろう」
「ウェスレート侯爵がここにいると?」
「あいつを誘き出すために、わざわざ私たちがこの地にやってきたのだ」
……中途半端な変装もこのためか。わざと行動しているとは思っていたが、ウェスレート侯爵を釣り出すためだったとは。
「あいつを煽ったのも良かったのかもしれん」
「煽ったとは?」
「絞首台に乗せてやると言ってやった」
「それは……やはりあなたの命も次いでで狙われておりませんか?」
「だろうな。あの毒薬が良い例だ」
やはりあの毒薬事件も、ウェスレート侯爵によるものか。相手が《傀儡師》持ちなら他人を操って毒薬を混入させるくらいは容易いだろう。
(……それじゃあ、過去の私の時もそうだったのでしょうか?)
エステルが毒を飲まされ続けた時も、似たような事件だった。きっとあれもウェスレート侯爵によるものだったのだろう。
「……君はあの程度の毒薬は大したことはなかったみたいだがな」
「ええ、そうですね」
あの時、ランディがだいぶ騒いでいたから、彼も聞いていたのだろうか。
しかし、リナルドは感心も驚くこともなく、何とも言えない表情でこっちを睨んできた。
「あの……?」
「いや……相変わらず君は眩しい奴だと思っただけだ」
訳のわからないことを呟いて、彼は嘆息した。
「とにかくだ。ウェスレート侯爵は《傀儡師》の【恩寵】を持っている。しかし、その力で操られる者には少々制限があるようだ」
「そうなのですか?」
「私が調べて推測しただけに過ぎん、あくまで参考程度に聞け」
そのまま鵜呑みにはするなと言うことか。どうやらだいぶ前から念入りに調べていたようだ。
「《傀儡師》で簡単に操れるのはB以下の魔物。その辺りなら百体までは操れるらしい。しかも一度糸を付けておけば、距離が離れていても操れるようだ」
ここから常闇の森まで三時間程の距離だが、その距離に関係なく魔物を操れるとしたら相当に強い力だ。それも一体や二体ではなく百体も。
「人間の場合は目視できる範囲に限られるようだが、一般職の【恩寵】持ちなら、何人でも操られるようだ」
【恩寵】は大きく分けて二つの階級に分けられることがある。それが一般職と特殊職だ。下位職、上位職とも呼ばれることもある。
主に多くの人々が持つ【恩寵】を一般職と呼ぶ。
《剣士》《戦士》《騎士》《弓士》《魔法士》などから《治癒士》《補助士》《楽士》《会計士》《鑑定士》なども入る。《薬師》《庭師》《猟師》《画家》《農家》と言ったものも入るだろう。
対して特殊職は、ジャスミンたちが持っているような職だ。《魔法剣士》《追撃者》《魔法少女》。
エストが言われている《剣聖》もそうだろうし、ユーインの《聖騎士》や父親の《神官》もここだ。
話題に上がった《人形使い》や、件の《傀儡師》も特殊職と思われる。
【恩寵】を与える神の影響によっては一般職であっても少し特殊な力を持つ場合もあるが、概ねこのように分けられる。
「慰霊碑で操られた騎士もそうだ。やつは《剣士》の【恩寵】持ちだ」
王国騎士団に入団する者は素性の全てを探られる。その中の一つに【恩寵】を偽りなく申告することが義務付けられていた。
「今回、一般職を護衛に三人入れていた。あとの二人もやはり無意識に身体が動いた気配があったと報告があった。〈星域〉の効果で、その二人は事を成す前に止められたようだがな」
「ということは〈星域〉で止めていなければ……」
「そいつらも、メリナに向かって斬りかかっていたはずだ」
……先程、人間を操るには目視できる範囲でなければならないと言っていた。つまり、あの場にいたということか。
「慰霊碑の現場に居たなら、僕は見逃してしまったかもしれません」
「〈星域〉後はどちらにせよ、長居はしなかったはずだ。きっと転移の魔法スクロールか何かで逃げたのだろう」
リナルドの言う通り、転移の魔法スクロールなどで遠くに逃げられていたなら、あの場では探しようもなかったか。
「そして特殊職持ちの人間に関してだが、どうやらこちらは簡単に操ることは出来ないらしい」
「……ですが、ユーインさんは操られておりましたが?」
「簡単には、だ。まったく出来ないわけではないようだ」
リナルドはユーインに目線を向けた。ユーインはまだ気を失っているのか、ソファにもたれたままだ。
「特殊職持ちはだいぶ近づくことになるが……最低一人なら、操れるらしい」
「……もしかして、すぐ近くにいたのですか!?」
エストは慌てて周囲の気配を探ってみた。宿屋の周辺ではリナルドの護衛として着いてきた騎士たちが今も魔物と戦っているようだが……それらしき気配はない。
「ここからは逃げられているはずだ。……だが、街の混乱は続いている。チャンスがあるならまた狙ってくるはずだ」
思わず、生唾を飲む。十年前と今の首謀者とも呼ぶべき存在が、近くにいる。
それはずっとエストが欲していた、十年前の真相だ。
「私が君を今回呼んだのは、ある理由があってのことだ」
「理由……」
「実は《傀儡師》の効果をまったく受け付けない【恩寵】持ちもいる。一般職にも、特殊職にも当てはまらない、極めて珍しいものだ。それらは職とは呼べず、ただ神の権能を受け継いだ人々……いわゆる【祝福】とそして【寵愛】を持った者たちだ」
リナルドの翡翠の瞳が僅かに正面を向き、エストを半目で捉えた。
「今この場では、私とメリナがそうだ。そしてエスト、君もそうだろう?」
彼はまるで事実を確認するかのように、尋ねてきた。




