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公爵令嬢の隠しごと 〜巷で噂のS級冒険者、実は私です〜  作者: 彩帆
第三章

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32.忍び寄る悪意

 エストたち一向は、テスタ領に入り、最初の街に辿り着いた。

 そこまでの道中はとくに何もなく、穏やかな旅路だった。……事あるごとにメリナが話しかけてくるからそれをかわすのに少し苦労したくらいか。


『常闇の森から魔物が出てきたなんて聞いたことがない。忙しいからあっち行ってくれ』


 住人に話を聞けば、同じような回答しか返ってこなかった。逃げ出した魔物なんて見たことがないという。

 しかし通り過ぎていった風景の中には、明らかに魔物の被害と思われるものが残されていた。畑が荒らされていたり、牧場の柵が大きく壊されていたりなどだ。


「やはり、テスタ領地内でも魔物被害が出ているようですね」


 街の宿屋の一室に集まり、今後の話し合いをしていた。ユーインとジーンという騎士の一人。エストとランディたち。そして何故かリナルドとメリナの姿もそこにあった。


「ですが、ギルドの掲示板でテスタ領地内での魔物討伐に関する依頼は見ていません」


「……私たち騎士団側もそのような報告を受けたことはありません。……テスタ領からその手の情報が外に出ないように止められていると考えられますね」


 エストの言葉に、ユーインは深刻そうに頷いた。

 魔物が暴れているのに騎士団に報告もなければ、討伐依頼も出されないとは異常だ。


「止めるって一体誰がそんなことしてんだよ?」


「それが出来るのは領主以外に誰がいる? 少し考えれば分かるだろう、馬鹿か?」


「誰が馬鹿だって!?」


「レイ、ダメだって!」


 リナルドに馬鹿と呼ばれて飛び出しそうになったレイモンをまたジャスミンが止めていた。……道中でも何度も見た光景だ。リナルドとレイモンは一緒にしない方がいいレベルで相性が悪い。


「では、リナス様は何故領主がそんなことをしているのか、わかりますか?」


 今リナルドはリナスという偽名を名乗っている。

 エストはその偽名で彼を呼びながら尋ねてみた。


「さぁな? だが大方テスタ領の騎士団が、常闇の森から魔物を逃してしまったから、それを解決させながら隠蔽していると考えるとあり得そうだろう?」


「……そうですね、あり得ない話ではない」


 自らの失態を隠すために情報を規制したならわりと筋が通る。王国騎士団のユーインたち調査隊が来ることを拒んだのも頷ける。

 しかしこれは、数多くの魔物が常闇の森を出ていった理由にはならない。


「領主の理由はどうあれ、やはり常闇の森の調査に向かわなければ――」


「ねぇーつまんない。いつまでこんな話してるの?」


 ユーインの言葉を遮ったのは、メリナだった。


「どうでもいいじゃない、そんなこと。私、お茶会がしたいわ」


「何なんだよお前! というかなんでここに居るんだよ! 関係ないだろ!」


「うるさい。私、子供には興味ないから出てってくれる?」


「なんだと!」


「メリィがそう言っている。君たちは出て行ってくれ」


「ふざけんな! なんでオレが出て行かなきゃならなんだよ!」


「気持ちは分かるけど落ち着いて、レイ!」


「はいはい、落ち着いて落ち着いて!」


 レイモンをジャスミン一人で抑えきれなくなったので、ジーンという騎士が手伝っていた。

 そのまま二人に無理矢理連れて行かれるように、レイモンたちは部屋から出て行った。


「やっと静かになった。ありがとう、リナス」


「君の願いなら何でも叶えるよ、メリィ」


(……まったく何を見せられているのでしょうか)


 目の前でイチャつき出した二人を見て、エストは心の中で嘆息した。道中でもこんな感じだったので今更なことだが。


 メリナの要望が通って結局お茶会となった。今後の話し合いが出来ないなら退出したかったが、メリナに残るように止められた。


(まぁ、これはこれで……いい機会です)


「メリィ様はどうして今回の旅に着いてきたのですか?」


 お茶が運ばれてくる前に、少し気になっていたことをエストはメリナに聞いてみた。


「王宮がつまらなくなったから、リナスに外に連れてって言ったのよ。そしたら連れて来てくれたわ」


「なるほど。では元々テスタ領に目的があって来たわけではないのですね?」


「そうよ。外に出られるならどこでもよかったもの」


 ここ数日でだいぶタメ口で話すようになったメリナは上機嫌に話していた。


(この様子だと、嘘をついているわけではなさそうですね)


「……リナス様はずいぶんとお優しいのですね」


「メリィの頼みだからな」


 話題をリナルドに振ってみれば、彼は頬杖を突きながら、エストを少し睨んでいた。メリナと会話していることが気に食わないのだろう。


「いえ、それだけではありませんよ。今回の調査もリナス様が手を貸してくださっているとか」


「こいつらがウェスレートに……いや君に言ったところで分からないか。とにかくそいつに邪魔されていたようだからな。今回の追悼に行く護衛ついでに、少し手を貸してあの森に連れて行ってやることにしたまでだ」


(……分かりますよ。ウェスレート侯爵ですか……やっぱり圧力をかけていたのはあの人でしたか)


 リナルドの言葉に心の中で頷いた。考えはあっていたようだ。しかしながら、やはりリナルドがよく分からない。


(騎士団に手を貸すなら堂々と調査許可を出せばいいものを……こんな回りくどいことをせずに。しかも私たちまで呼び出して……)


「……我々冒険者にも手を貸してくださるとの話でしたが」


「ああ、君らはメリィの頼みで雇うことにしたからな。メリィが気に入っているものを大事にしないわけがないだろ?」


「まぁリナス! 嬉しいわ!」


 メリナの反応にリナルドは満足そうに笑う。

 ……本当に彼女の気に入っているものを大事にするなら、睨み付けたりはしないと思うが。


「ねぇ、エスト様聞いてくださる? 妃教育ってすごく厳しいのよ!」


 話題が戻りかけていたからか、メリナが口を開いた。


「私は基礎がなってないからって初歩の初歩かららしいんだけど、それでも難しいの!」


「そうなのですか。しかし未来の王妃となろう者なら必ず身に付けなければならないことかと」


「……そういうのなしで成れないの?」


「無理でしょう」


 エストもその教育を受けていたから気持ちは分かるが、初歩の初歩で躓いているようでは話にならない。


「……意外と難しいのね。王妃なんて何でも好きなことできるって思ってたのに」


(……それが出来ていれば、私は冒険者にならなかったかもしれませんね)


 自由がなかったから、それを求めて冒険者になった。月に一回あるかないかくらいの活動時間だったが、それでも冒険者をしている時が一番楽しく、自分らしく居られる時間だった。

 もし、リナルドとあのまま結婚していたら、冒険者活動は辞めざるを得なかっただろう。


(だから、わりと貴女には感謝しているんですけどね)


 自分の代わりにその婚約者の席に座ってくれたメリナに。

 世間的には無理矢理取られた形かもしれないが、進んでその席に座ってくれるようだったから、譲ったのだ。

 ただ、この様子だと思っていた物と違うという様子だが。


「メリィ……君の気分転換になるだろうと思って私は連れて来たんだ。帰ったらしっかり教育を受けてくれ」


「……はぁい」


 若干不貞腐れながらメリナが答えたところで、お茶が運ばれてきた。


「あらユーイン様、ありがとう」


「……いえ」


 お茶はユーインの手によって注がれていく。

 カップの中で暖かい湯気を登らせながら、紅色の水面が揺れていた。


「いい匂い、おいしそうだわ」


 機嫌が直ったメリナがカップに口を付けようとした時だった。


「それを飲むな!」


「――えっ!?」


 リナルドがメリナのカップを引ったくった。

 中身は勢いで床に溢れていった。


「ちょっとリナルド、何するのよ!」


「……毒だ」


 メリナが本名を口走っていた事実など気にする余裕もなく、リナルドはティーポットを手にした。


「やはり毒が混じっているな。遅効性の毒だ」


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