21.一人二役
「……なんで、そう言える」
ランディは今もエステルの手を離そうとしていた。
女と男の力の差。すぐに振り解けられると思われたが、ここに来るまでの道中何度やってもランディはその手を振り解けなかった。
それもそのはず。エステルは〈身体強化〉を使っていた。威力の調整は出来ないため常に十倍の握力や腕力を、その女性らしい細腕に与えている。
しかし、手や指の開き方で少しだけだが、コントロールは可能だ。
普通に握りしめていたら、ランディの手首は今や簡単に握り潰されていたことだろう。
エステルはまるでそっと触れるかのように、殆ど力を込めないでランディの手首を握っていた。
ランディから解かれないようにするには、たったそれだけの力で充分だった。
触れたランディの身から、呪いは感じられていない。
エステルは確かに《女神の寵愛》があるから呪いがあったところで、無効化するとはいえ。
(そもそも、ランディの呪いと呼ばれる力はもっと形の違うもの……【不運】というものでもなく……)
エステル以外の者がランディに触ったとしても、呪われることはない。
彼はただ恐れているのだ。その手がまた、他人を不幸にさせてしまうのではないかと。
(……ランディにそれを理解してもらうには……これはいい機会では?)
今の自分はエストではなく、エステルの格好をしている。つまり、彼にとってはエスト以外の人間に触れられているわけだ。……エストもエステルも自分自身で同一人物ではあるが。
だが、エスト以外の人間に普通に接したというのは重要なことだと思う。うまく行けばエストだけに拘ることもしないはずだ。
「……あなたに呪いなんてないからですよ」
鈴の音を転がしたような女性らしい声で、優しく話しかけながら、ランディの手を両手で包んだ。
逃げる様子がないことを確認して〈身体強化〉を切り、普通の力で震えるその手を握る。
「あなたはただ、自分を恐れているだけ。……私の目にはそのように見えます」
僅かに顔を上げ、フードの陰から微笑みかけた。
ランディの瞳は動揺しているように揺れていた。
「…………エスト?」
(――むぐぐっ!?)
……危なかった、今見せていた顔が公爵令嬢の顔で本当によかった。
静寂の令嬢の氷のような表情筋がなかったら、声を出していた。
(なんでエストって呼ばれたんですか!? どこにそっち要素ありましたか!!)
あれか。女にしては力強い所を見せてしまったからか?
だが、外套の下は平民が着るようなドレスだし、それはランディも見えているはずだ。
まさか、エストが女装しているとでも思われている?
「……いえ。人違いでは?」
「そう、か?」
ランディも首を傾げている。この様子だと確信があったわけではないようだ。よし、まだセーフ。
なら、明確に違う要素を出せば、勘違いで済むはずだ。
「ほら、私たち初対面でしょう?」
そう言ってフードを脱いで顔と髪色を見せる。
よし、これで完璧。
「……エステル。エステル・オルブライト?」
(…………あっ)
そういえば、ランディも兄のユーインに、エステルの顔写真を見せてもらっていたことを思い出した。
(……やらかしました!!)
エステルはすぐにフードを被り直すと、ランディから手を離してくるりと背を向け逃げ出した。
「あっ、ちょっ待て! ユーインが探しているんだぞ!」
「兄には私は無事だとお伝えください! もう探さないで欲しいとも、お伝えください!!」
「待てって――え、速っ!?」
ドレスの裾を持ち上げてエステルは〈身体強化〉を使い、脚力を上げてさっさと逃げた。
(……全力で逃げたからランディには追い付かれていないはず)
すでに裏通りを抜けて大通りまで戻ってきた。
ここまでくれば大丈夫なはず。ほっと息をついた時だった。
「きゃあああああ!!」
突然、耳を劈くような悲鳴が聞こえた。
その方角から数人の人々が逃げるように走ってきた。その後ろから迫り来る大きな影。
(――魔物!? どうしてここに!)




