18.相部屋の相方
今夜泊まる部屋に入ってまず思ったのは、なぜベッドが一つしかないのかということだった。
なるほど、一人用の部屋しか空いてなかったわけか。
(相部屋でも、せめて二人部屋ならよかった……)
そう思いながら荷物を置いて外套を脱いだ時だ。
「エスト! エスト!」
「わっ、なんですかもう……」
相部屋の相方、ランディがまたいつものように肩を組んできた。
……人に対して近寄ろうともしない彼が、こういう行動をするのはエストに対してだけだった。だからいつも、避けようとは思わなかった。
「お前と相部屋になるて初めてだよな!」
「……そうですね。あなたと出会ってから六年くらい経ちますがそんなことはなかったですね」
「お前と相部屋になったらやってみたかったことが一つあるんだ」
「なんですか、それ」
「――枕投げだ」
少年のように、キラキラと金の瞳を輝かせながら彼は言う。
「レイモンとはやったことあるんだが、あいつ意外と上手いんだよな。当てるのも避けるのも。ちなみにジャスミンには勝てる気がしなかった。だって投げた枕が直角で曲がるんだぜ? あんなん避けられるわけないだろ!」
「あはは……そりゃ《追撃者》の攻撃から逃げられる訳ないじゃないですか」
ランディが楽しそうに語るものだから、エストはつられるように笑った。
「僕が知らない間に、二人とそんな遊びをしてたんですね」
「ああ。だからいつかエストともやってみたいなと思ってたんだよ。お前は枕投げは強いかどうか気になってな」
「……そうですね。ちょっとやってみたくありますが残念なことが一つありますよ」
「なんだ?」
「ベッドが一つしかないので、枕も一つしかありません」
ここは元々一人用部屋だから、枕も一つしかなかった。枕投げをするなら枕はせめて二つは欲しいところだ。
「ああ、くそ! ならレイモンたちの部屋から借りてくる!」
「やめておいた方がいいですよ。ジャスミンにまた怒られるんじゃありませんか?」
「……それも、そうだな」
なんとなく、三人が枕投げをした経緯が想像できる。最初にランディとレイモンが枕投げをして騒いでいたところに、その騒ぎを止めに来たジャスミンに怒られながら枕を投げつけられたのだろう。
『あのバカ二人を見るのって結構大変なのよ……だからエストがパーティに来てくれて本当に助かったわ!』
以前そんな風にジャスミンから二人の愚痴を聞かされたことがある。年相応の少年レイモンと、少年の心を持ち合わせた青年のランディ。二人の暴走を止めるのはなかなか大変だったらしい。
出て行こうと扉まで走ったランディは、肩を落としながら戻ってきた。
「せっかくなら一つしかないベッドを巡って枕投げで勝負しようと思っていたんだが」
「ああ、それならランディが使っていいですよ。僕は床で寝ますから」
「いやいや、譲ってもらうわけには……」
「じゃあ、ジャンケンで決めましょう」
「ジャンケンか! よし、それで決めよう!」
真剣な顔で手を構えるランディに、エストは苦笑しながら同じように手を出した。
「「ジャンケン――ポン!」」
……エストは〈感覚強化〉で動体視力を強化した。
瞬時に繰り出されるランディの手の動きと形を読み取り、チョキを出すと分かった。なのでエストはパーを出した。
「はい、僕の負けですね」
「……おい、今ズルしなかったか、エスト?」
「ズルして負ける人がどこに居るんですか?」
意外と勘がいいランディには少し怪しまれたが、勝ったランディがベッドを使うことになった。
釈然としていない様子ではあったがランディはシャワーを浴びに浴室へ向かっていく。
(……相部屋だからと緊張しましたが、気にし過ぎましたね)
ランディはエストのことを男としてしか見ていないのだから当然だろう。レイモンと同じく、男友達として接している。
(ま、それはそれとして、準備をしなければ。どうせ出て行くので、ベッドを譲ったわけですし)
ランディが居ないうちに今夜の準備を進めた。
必要なものだけを腰のポーチの魔法鞄に入れていく。
ポーチでありながら容量の大きい魔法鞄だが、それでも限度はある。
だから、中にいつも入っていたポーションや魔法のスクロールを取り出し、代わりに準備していたモノを入れ込む。
ポーションなどは着替えなどを詰め込んだトランクケース(こちらも魔法鞄だが大きいので、普段は宿屋に置いておく)に入れておいた。
さらに剣も置いていく。武器がないと心許ないので短剣だけ持っていく。
服もできるだけ軽装にしてからいつもの外套を羽織った。
「ランディ、僕ちょっと出かけますね」
何も言わずに出て行こうか迷って、結局浴室に向かってそう声をかけた。そのまま部屋を出て行こうとしたのだが……。
「エスト、待て!」
「ちょ、ランディ!?」
浴室の扉がすぐに開き、ランディが飛び出してきた。しかもびしょ濡れの裸のままで。




