15.相談の結果
ユーインには一旦席を外してもらい、パーティでこの依頼を受けるかどうかの相談をすることになった。
「これ……受けないほうがいいんじゃね? 絶対やばい案件だって」
真っ先に受けないと言ったのはレイモンであった。確かに今ユーインが語ったことは貴族か、もしくは王家まで関わっていそうなものだ。
「でも、ユーイン様、妹さんのことすごく心配してるみたい……それにエステル様は、あたしたちがいたガーデン孤児院の管理者だったじゃない。恩返しの為にも、これは受けるべきよ!」
「そりゃ、そうだけど……」
ガーデン孤児院とは王都にあるオルブライト公爵家が設立した孤児院だ。数年前まではその管理者は現オルブライト公爵である父親だったが、その管理をエステルが引き継いでいた。
(と言っても、指示だけ出して顔を出したのはあまりなく……どちらかというとエストとして顔を出している時が多いのですが)
冒険者として稼いだ金はほぼその孤児院に寄付していた。管理者自らが寄付金を稼いでくるだなんて、誰も思ってないだろう。
レイモンが先程慌てていたのは、その世話になったガーデン孤児院の管理者が誰であったかを思い出し、さらにその兄がユーインであることにやっと気付いたからだろう。無理もない、殆ど名ばかりで顔を出さなかったのだから。
元々、ジャスミンとレイモンをガーデン孤児院に連れて行ったのがエストだ。
二人は村が滅ぼされてからは孤児としてある街の貧困街にいたが、幼い子供を売り飛ばす奴隷商に攫われたのだ。
売り飛ばされそうになっていた所を、エストとランディが助けたのが、双子との出会いだった。今からもう五年も前の話だ。
二人は二年ほどガーデン孤児院で過ごし、冒険者となったことで孤児院を離れた。
短い間過ごした場所であったが、恩義を感じているのだろう。だからジャスミンは依頼を受けるべきだと主張し、反対していたレイモンも迷い始めていた。
「なぁ、エスト兄ちゃんはどう思う? エスト兄ちゃんは貴族からの依頼とか今まで全部蹴ってただろ?」
「そうですね……」
確かに、今まで貴族からの依頼は受けたことがない。それはもちろんエステルをよく知る貴族とは距離を置いておきたかったからだ。
何かの拍子で正体がバレる恐れがあったから、避けていたのだ。……だから今回もそうすべきだ。しかも今回は身内の兄なのだから。
「……僕は、受けるべきではないと思います」
言葉にした瞬間、罪悪感が胸に広がる。
隠しごとをして騙しているのもあるが、困り果てている兄を見捨てるように突き放すのだから。……その元凶は自分なのだが。
「やっぱ、そうだよな。受けないほうがいいよな」
「そんな、エストまでそういうの……」
同じ意見でホッとするレイモンと対照的に、ジャスミンは少し裏切られたようにエストを見ていた。
「――俺は受けるべきだと思う」
その時、今まで黙っていたランディが、口を開いた。エストを含めた三人は壁際に立つパーティリーダーを驚くように見た。
「え、ランディ兄ちゃんも貴族の依頼とか今まで受けたことなかったじゃん、なんで?」
「……なんとなくだ」
「な、なんとなくって……」
ランディもエストと同じく、貴族からの依頼は断っていたから、この意見にはエストも驚いた。
「まぁ、あいつがすげー必死そうだったから。嘘をついているようには見えなかったからな」
「流石、ランディ! あたしもそう思ってたのよ!」
ランディが同じ意見で、ジャスミンが嬉しそうに声を上げた。
しかし、これで二対二。完全に意見が割れてしまった。
「ど、どうする、エスト兄ちゃん……」
「……【導きの星火】のパーティリーダーはランディです。リーダーが受けるというならそれに従いましょう」
「……まぁ、そうだな」
諦めたようにエストが言えば、レイモンも仕方なく頷いた。しかしそれにしては素直に頷いたのはレイモンもやはり、恩返しをしたかったのかもしれない。……レイモンとジャスミンにも申し訳なく思う。
「悪いな、二人とも」
「いいえ、気にしないでください。……でも、本当に珍しいですね、あなたが貴族の依頼を受けるなんて」
「……放っておけなくてな。なんとなく」
そう苦笑しながら、ランディは目線を逸らした。
(でもまぁ……この依頼を受けたところで、私が探し出せることはない)
なんたってその張本人は今、この場にいるのだから。
(むしろ、捜索の邪魔をできると考えればいいのではないでしょうか?)
自分たちが依頼を受けてしまえば、他の冒険者が受けることはない。つまり、勝手に捜索されることもなければ、妨害も出来る立場だ。
(唯一の懸念はお兄様ですが……)
どうやらユーインは今回の捜索に一緒に着いてくる様子だ。騎士団の仕事で忙しいはずなのに、この分だと無理矢理休みを取ってきたのだろう。
もし、依頼を失敗にさせて、エステルを見つけ出せなかったと報告しても、簡単に諦めてくれるか怪しい。
(……やっぱり、エステルとして一度お兄様に会いましょう。もちろん、エストのことはバラさずに)
さすがにあの兄の姿は居た堪れない。なので、少しだけエステルとして会うことに決めた。
妹の無事な姿を見れば、安心して捜索をすることもしなくなるはずだ。
依頼に一緒に着いて来るなら好都合だ。この依頼の合間に秘密裏に、エステルとして兄に会おう。
どうして姿を消したのかは、いい理由が思い浮かばないが。
(いっそ駆け落ちしたとでも言いますか? いや、相手がいなかったらバレそうですか……)
修道院に入ってしまったから、公爵家との縁は切れており、戻れる見込みはないだろう。
だから、そういう言い訳をしてもいいとは思うが、上手くいく保証もない。とりあえず理由は後々考えておこう。無ければ、どうしても言えないと必死で訴えてごり押そう。
パーティの意見は決定したことで、改めてユーインに依頼を受けることを伝えた。
「ありがとうございます……! 本当にありがとうございます……!」
ユーインは泣きながら感謝するように、全員の手を握った。……まぁランディには全力で逃げられて、その手を取ることは出来なかったが。
(最近はマシになったほうだと思っていましたが……まだまだダメそうですね)
……ランディは人見知りというより、他人を近寄らせたくないのだ。
昔から慣れた相手以外にはあの態度をする。初見の人には極力近付かず、今までの依頼人に対してもそうであった。
エストがパーティに入る前は、ジャスミンとレイモンが主に依頼人の対応などをしていたそうだ。
そう思うと、やはり二人にランディを任せて正解だった。エストは今までたまにしかギルドに顔を出すことができなかったから。
なにせランディたちにパーティを組むように勧めたのはエストだった。ランディ自身は、パーティを組むつもりはなかったのだ。
最近やっとジャスミンやレイモンとは打ち解けた様子だが……それでも必要以上に近づいたりはしていなかった。




