12.その後の王宮
「では、西の街道はもう安全なのだな?」
「はい、その通りでございます」
王国騎士団、副団長ユーインは頭を下げながら国王陛下への報告を終わらせた。
場所は国王の執務室だ。椅子にゆったりと座り報告を受けるのは、穏やかな顔立ちが特徴的な国王陛下である。
今朝、突発的に起こったアーマーウルフの襲撃事件。簡単な報告自体は団長のアーチボルトを通してしてあるが、夕刻に詳細な報告をユーイン自らが行った。
その団長、アーチボルトも今はユーインの隣に控えていた。歳は五十代だが、年齢を感じさせない筋骨隆々の男であった。
「一日で街道も復旧したのだな、あの街道は交易路としても重要だった。よくやった」
「当然のことをしたまでです」
「いえ、陛下。褒めるに値しませんよ」
陛下の隣に立ち、首を突っ込んできたのは宰相のウェスレート侯爵であった。骨ばった細長い顔つきは不愉快そうに歪み、鋭い視線がユーインに向けている。
「街道の一部が破壊されたことで復旧に時間がかかってしまった。壊さないようにしていればそんな時間も費用もかかることはなかったのではありませんか? 冒険者などという無法者を使うからこのような結果を招いたのでは?」
「……アーマーウルフは硬い装甲のような体毛を持ちます。手加減をしていては迅速に倒すことは不可能でした。討伐の時間の速さも考えるとこれは適切な判断であったと申し上げます。さらに、率直に申し上げますと、我々騎士団だけで対処していては被害がさらに広がっていたことでしょう。今回協力してくださったのがS級とA級の冒険者の方々でしたから、この程度の被害で収まったのです」
「なるほど……王国騎士団は無能だとお認めになられますか」
「なぜそのような結論に至るのか、理解致しかねます」
「王国騎士団が有能であれば冒険者に頼らずとも、対処できたでしょう? 大切な資金を冒険者どもに使う暇があるなら、騎士団の内部を改めたほうが宜しいのではないか? 団長殿?」
「ユーインの判断は正しいし、冒険者を使う判断も間違っちゃいないと俺は思う。だから俺が通した。実際、冒険者は上手く使えば想像以上の働きをしてくれる。……上に立つ者として下々の者を扱うのは当たり前の話だろ?」
アーチボルト団長の言葉に、ウェスレート侯爵はフンッと鼻で笑った。
「あなたがそれを言いますか。伯爵家の庶子のくせに」
「それを言ったらユーインはオルブライト公爵家の嫡男だぞ?」
「むしろあのオルブライト公爵家の者だから言っているのですよ。彼の妹は王家に対して嘘を付き、挙句に真の聖女を暗殺しようとしていたではありませんか!」
ウェスレート侯爵は忌々しい物を見るように、ユーインを睨んだ。ユーインもまた今の言葉に、思わず剣に手が伸びてしまった。
団長が肩に手を置き止めたことで、正気に戻ったが。国王陛下の御前で、流石に抜剣するわけにはいかない。
「なぜ、オルブライト公爵家を取り潰しなさらないのですか、国王陛下!」
「それは……オルブライト公爵家には建国当初から世話になっている……聖女を守った騎士家の末裔として我が王家に代々仕えて……」
「しかし今の公爵家は二度に渡って王家を裏切ってきたのですよ! 此度の偽の聖女といい、十年前の護衛の失態も――」
「――口を慎め、ウェスレート!」
その時、執務室の扉が乱暴に開けられた。
混沌とした場に、叱責の声と共に入ってきたのは、王太子であるリナルドだった。
「廊下にまで貴様の煩い声が聞こえてきたぞ、ウェスレート」
「申し訳ありません、リナルド殿下。しかしながら……」
「偽聖女と暗殺計画については全てエステルの独断によるものだ。あの女に全ての責任があり、公爵家自体は関係ないと言っただろうが。それから十年前の事もすでに当時の騎士団長……オルブライト公爵夫人が責任を負って団長を辞任しただろう。これ以上、何をしろと?」
「そ、それだけのことをしておきながら、この程度の処罰ではやはり納得致しかねます!」
「先程父上が申した通り、オルブライト公爵家の過去の献身を受けての寛大なる処置だ」
リナルドが腕を組みながら睨むと、ウェスレート侯爵は押し黙った。
「他人の家にとやかく言う前に、貴様は自分の家の者をなんとかしろ!」
それがここに来た目的だと言うかのように、リナルドはウェスレート侯爵に詰め寄った。
「もしや、我が娘が何か粗相を?」
「どうしたもこうしたもない! 私は新しい婚約者にはメリナを迎えると何度言ったら分かるんだ! 貴様の娘は要らんから寄越すなと言ったではないか! おかげでメリナとの時間が邪魔されただろうが!」
「しかし殿下、あの娘は平民です。貴方に相応しい相手ではありません。なのでせめて第二夫人として我が娘を――」
「第二夫人も要らんと言ったではないか! 貴様の耳は飾りか!」
リナルドはウェスレート侯爵の胸ぐらを掴んだ。
「今度あの娘を私の視界に入れてみろ。その時は娘共々貴様らを絞首台に向かわせてやるからな……!」
「な!? な、なぜですか! この程度のことでなぜ!」
「私の機嫌を損ねたからに決まっているだろうが!」
リナルドはウェスレート侯爵を突き放した。
「リナルド〜?」
重苦しい空気が満ちた執務室に、緊張感のないふわふわとした声が聞こえてきた。
「メリナ、そこで待ってなさいと言っただろう?」
「だってリナルド様と離れたくなくて……」
小走りでリナルドの元にやってきたメリナを、リナルドは抱き寄せた。
「ねぇ、あのご令嬢はどうにかできそう?」
「ああ、もちろんだ。……ウェスレート侯爵、何をしている、さっさと娘を連れて帰れ!」
「なっ……へ、陛下!」
「……ああ、今日はもう良い。下がるといい」
「いえ、そういうことではなく……!?」
ウェスレート侯爵は助けを求めて国王陛下を見たが、息子の言葉を優先するようだ。
現国王陛下は穏やかな王ではあるが、周囲の意見に流されやすいのが欠点だ。
反対にその息子のリナルドは我が強く傲慢である。
「ウェスレート侯爵、私に二度も言わせるな」
「……承知いたしました」
苦虫を噛み潰したような表情をしながら、ウェスレート侯爵が執務室を後にして行った。
冷え冷えとした重苦しい空気が少し軽くなった気がした。
(……まさか、ウェスレート侯爵とリナルド殿下の間で対立が起きるとは……)
ユーインは最近王宮内で起こっている出来事に少し着いていけなかった。
エステルの婚約破棄で王宮内はずいぶんと騒がしかったが、この四日でまた目まぐるしく変わった。
婚約破棄に誰よりも喜んだのは、やはりウェスレート侯爵で間違いはなかった。
彼はエステルとリナルドが婚約中の時からでも、自分の娘をリナルドにあてがおうとしていたのだ。
流石に今のように露骨にやることはなかったし、何回も失敗したから諦めていた様子だった。
しかし、ここにきてエステルは婚約破棄された。
これ幸いと、早速自身の娘にすでに決まっていた婚約を破棄させて、再びリナルドに推し進めたのだが……今度はメリナがいるからと断られた。
ここで諦めればいいものを、メリナが平民なのを良いことに、今度は第二夫人として進めてきたのだ。
そしてその行動は……リナルドの不興を買った。
正直、あのリナルドならその提案を受け入れるのではないか? とさえ思っていただけに、この行動には驚いた。
王太子殿下との仲が悪化したことで、オルブライト公爵派から、ウェスレート侯爵派に乗り換えようとしていた貴族たちでさえ、驚いて二の足を踏んでいる事態だ。
リナルドは本当にメリナを心の底から愛しているとでも言うのだろうか? ユーインは思わずメリナの方を見ていた。
小柄で可愛いらしい彼女は確かに庇護欲を掻き立てられるかもしれないが、やはりエステルほどの美しさはない。
そんな彼女の桃色の瞳と目が合った。大きく丸々とした潤んだ瞳。その瞳をずっと見ていたい感覚に囚われて――
「ユーイン、あまり私の彼女を見るな」
「……え、あ、申し訳ありません」
リナルドがメリナを顔を隠すように抱きしめたことで視線が外れた。そこでやっとユーインはぼうっとしていた思考が呼び起こされた。……今のはなんだ?
「君はまだ婚約をしていなかったな。そんなに相手が欲しいならウェスレート侯爵の娘を貰ってくれないか?」
「ウェスレート侯爵がけして許さないと思われますが」
「はは、ただの冗談だ。……すまないな。ウェスレート侯爵が言ったことは気にするな。オルブライト公爵家には、今後とも変わらぬ忠誠を期待している」
ではお騒がせした。と言い残して、リナルドはメリナと共に執務室から出て行った。
(何が……何がすまないですか。謝るなら私ではなく、エステルに謝ってください……! 大切な家族を利用して罪人に仕立てて奪っておいて、変わらぬ忠誠を誓えと!?)
ユーインは拳を怒りで握り締めた。危うく出かかった声は、なんとか抑えたが、妹の為にも叫んで良かったかもしれない。
しかし今のリナルドを見るに、彼の機嫌を損ねる発言は悪手だ。最悪妹の身に危険が及ぶ可能性もある。
……それに一応、彼はオルブライト公爵家を擁護してくれた。
(偽聖女でありメリナを暗殺しようとしていた令嬢の生家に対する態度とは思えない……)
これは今に始まった話ではなく、リナルドは最初からそういう態度を貫いている。
ウェスレート侯爵のような反応が正しいはずなのに。これも寛大な心という奴だろうか。
だから、王宮内での風当たりは思った程ではない。……代わりに妹が悪く言われているから、やはり許せないが。
(いえ、それを抜きにしてもやはりおかしい……。だって我が家には十年前の失態がある……憎まれていてもおかしくないというのに……)
ユーインは思わず、左目の眼帯に触れた。あの日を思い出すと、もう痛むはずもない古傷が疼く。
『いけません! そちらに行っては! お願いです!!』
――あの日、必死に伸ばしたこの手は、何も掴めなかった。
ここまでで序章のようなものです。
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