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11.似た者同士

 西の街道には倒された鎧狼と散乱する商人の荷物とそれを片付ける王国騎士団の姿が残された。

 副団長であるユーインは集められていく狼の死体を観察していた。


「……殆ど一撃で殺している」


 致命傷となっている傷痕は主に二つ。叩き潰されたような傷痕が残る死体と、焼き切られた傷痕が残る死体に分けられる。どちらも一撃で狼に致命傷を与えている。

 硬い体毛を持つアーマーウルフをたったの一撃で倒せるのは、騎士団の中においても数少ない。しかもこの短時間でこの数を倒すのは、さらに難しい。


(……それにしても、妙な傷痕です)


 二つの傷痕はどちらも少し気になった。死体に残る傷痕が多いのは叩き潰されたほうだ。こちらはまさしく力によって強引に叩き切られている実に乱暴な切り口だ。剣で斬るというのを最初から放棄しているようにさえ見える。こんな斬り方をしたら剣すら折れるやり方だ。剣を身の一部と考えている事が多い剣士がするようなものではない。


 対して焼き切られたほうは、硬い体毛を確かに焼き切り、切った傷痕も焼き焦がしている。それにしては妙に傷口が綺麗だ。一直線で寸分の狂いもない、恐ろしいほどに均等な傷口。硬い体毛の部分すら切り揃えられている。

 ……まるで焼き切る必要すら本当はいらなかったほどに実に鮮やかで、それでいて恐ろしさを感じる。なにせ硬い体毛すら紙を斬るかのようにすらりと斬ってしまっているのだから。叩き切ったほうより剣の性能を十分に引き出して斬っている……十分すぎるほどに。

 どちらの傷痕もそれぞれの意味で不可解だ。


「副団長、数は分かりました。全部で五十三匹でした。……いや、すごいですね、二人で……いえ傷痕からして殆ど一人で倒してますよ」


「……そのようですね」


 報告に来た騎士のジーンの言葉に頷く。

 前衛のあの二人が倒したと見える。射手の少女は二人のサポートか。逃がさないように足を射抜いた形跡がある。

 あの魔法使いの少年はきっと来る前に保護した被害者たちが話していた者だろう。

 ここから離れた場所に逃げていた被害者たちのところに逃げ遅れた人を連れてやってきたという。ついでにその場にいた他の怪我人も治してくれたそうだ。……話では少女だった気がするが。


「S級冒険者のエストとA級冒険者の【導きの星火(ヴァンガード・ライト)】ですか……」


 度々噂には聞いていた、今日のような現場で遠目に見ることはあった。しかし直接話をしたのは今日が初めてだ。

 仮面を被っていたから、彼があの【迅剣】のエストのほうだろう。

 狼を半数以上倒したのも彼だろう。もしかしたら彼一人でも全滅させることは容易かったのではないだろうか?

 話した限りずいぶんと落ち着いた若者だった。粗暴で礼儀知らずが多い冒険者の中で、彼は洗練された振る舞いを身に付けているように感じた。それも一朝一夕で身に付けたものではない。あんな乱暴な傷痕を残した青年には見えなかったくらいに。


「こんな立派な力を持っているのに、なんで騎士団に入らないんですかね」


「……騎士団に入ったら、彼らの強みが活かせなくなるでしょう」


「そうですかねー」


 ……或いは騎士団に入れない事情があるのかもしれない。冒険者というものは誰でもなれる。素性がよく知れない者でもなれるのだ。

 流石に犯罪を犯したものなどは別であるが、名乗る名は偽名でもいいし、顔を隠していてもいい。

 冒険者に必要なのは依頼をこなす実力だけだ。

 仮面を被っているところからして、彼もそういう類だろう。名前も偽名に違いない。


(彼は……)


 ユーインは無意識に左目の眼帯に触れていた。


「にしても……コイツら本来の生息地はもっと北ですよね」


 ジーンの言葉に眼帯から手を離して頷いた。アーマーウルフの生息地は西の街道ではない。ここから北にある常闇の森だったはずだ。


「魔物が縄張り争いに負けて本来の生息地から離れることはよくあります。今回もその類かもしれません。後で調査しておきましょう」


「了解しましたー」


 ジーンは返事をした後も、ユーインのほうを見ていた。報告は終わったはずでは?


「どうされましたか?」


「いや、副団長がやっといつもの様子に戻ってくれたなと思いまして。ほら妹さんが――」


「……エス、テル」


「あれ?」


 妹と聞いた瞬間、ユーインは下を向いて震え出した。と思えばガバッと顔を上げ、ジーンの両肩を掴んだ。


「ああ、我が妹のエステルは今大丈夫でしょうか! 修道院は北の山地にあると聞きます! 絶対寒いはずです、寒さで震えていないでしょうか!? まさか風邪を引いたりしてないでしょうね!!???」


「……うん、まだ全然大丈夫じゃなかった!」


 大丈夫なわけがない。妹のエステルと別れてまだ四日しか経っていない。

 やっぱり護送に無理矢理にでもついて行って、隙を見てエステルを連れ出せばよかったとユーインは後悔する。


「あの、妹さんはきっと大丈夫ですよ! なんたって副団長の妹さんですし!」


「私とエステルは違うんですよ! エステルは可憐で、嫋やかで、か弱いんです!」


 ユーインから見たエステルとは、まさに深窓の令嬢だった。

 ……確かに普通のご令嬢よりは剣の扱いも上手いとはいえ。しかし、手合わせではいつもユーインが勝っている。

 母はその辺の冒険者や騎士より強いと言うが、身内だから過剰評価していないだろうか?

 そもそも、あんな細い手足で剣を振るうことが出来ているだけでも十分だと思う。やはりエステルはか弱い妹で間違いない。

 そしてとても心優しい妹だ。いつも屋敷に帰ると騎士の勤めを労いながら、優しく出迎えてくれる。

 そんな妹がいきなり修道院などという場所に送られるだなんて……何かの間違いだ。


「そうです、エステルが他人を殺すような真似もしません……。リナルド殿下め、何を考えている。そもそも何故エステルがいながら他の女にうつつを抜かしているんですか! どう見たってエステルのほうが良いですよ!!」


 ただの婚約破棄だったなら、大手を振って喜んだというのに。元からリナルド殿下に妹は勿体無いと思っていたから。

 まさか婚約破棄の理由が、あんな大勢の前で妹を貶し、ありもしない罪をでっち上げた末のものとは思わなかった。

 さらにリナルド殿下はメリナとか言う男爵令嬢を新しい婚約者にしようとしている。

 やはりあの男は絶対に許せない。あの会場の場に居たら思わず斬り捨てていたかもしれない。


「そうですね! 俺もそう思いますよ……! わ、分かりましたからとにかく落ち着いてください!」


 殺気が溢れだしたユーインを、ジーンはなんとか落ち着くように宥めた。

 危ない……いくら妹のためとはいえ、感情的になり過ぎた。


「はぁ……エステル……」


「……副団長のこういうところ、妹さんは知っているんですか?」


「知るわけありません。あまり表に出しては妹に嫌われてしまいますから」


「……そうですねぇ。絶対言わないほうがいいですよ」


 ユーインは妹の前では普段通りの冷静沈着な姿しか見せていなかった。

 こんな姿を見せたら……絶対に引かれる。

 大切な妹に嫌われるのが、一番嫌だった。

そのか弱い妹さん、さっきまで狼の首斬り落としてましたけど……。

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