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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

隣の不思議な異国人マリーさん

 俺の名前は佐倉優さくらゆう、高校2年生で17歳。



 平凡な高校生で、勉強も運動も特に得意なわけじゃない。



 将棋同好会の幽霊部員で、クラスでもあまり目立たない。



 当然、彼女なんていない。



 いや、そもそもできたことすらない。



 中学生の頃は「高校生になれば自然と彼女ができるだろう」なんて、甘い期待をしてたけど、現実はそんなに甘くない。



 中学でモテなかった奴は、高校でもモテない。――これは真理だと思う。



 だから、高校2年の春、新しいクラス替えに何も期待していなかった。



「今年もどうせ、何も変わらない」



 桜が舞い散る朝、そんな諦めた気持ちを抱えながら学校に向かった。





---





 始業式は、ひたすら退屈だった。



 昨夜、遅くまでゲームしてたから眠い。校長先生の長い話が、俺を夢の世界に誘う。



 目が覚めたら始業式は終わっていて、その後、新しいクラスの教室に移動することになった。



 俺の席は教室の一番後ろ。窓際から一つ隣の席。



 窓際の席が良かったな、と運の悪さを嘆きながら隣の席をちらりと見る。



 そこで『彼女』を見た。



 長い金髪、透き通るような白い肌。日本人離れした美しい顔立ちに吸い込まれそうな碧眼。



 今まで見た中で、一番美しい少女だった。



 しかも、なぜか学校指定の制服を着ていない。



 彼女は真っ赤な着物を着ていた。



 黒地に金糸が刺繍された帯で締めた鮮やかな赤い生地が、どこか重厚な雰囲気を漂わせている。



 そして、よく見ると右手には鞘に収まった刀を持っていた。



(え、何者?)



 彼女は、そんな周りの視線を全く気にせず、窓の外をぼんやりと眺めていた。



 その横顔は、まるで絵画みたいに美しいけど、近寄るなと言わんばかりのオーラを放っていた。



 クラスメイトたちも、ちらちらと彼女を見てはいるものの、誰も話しかけようとしない。



 そりゃそうだ。こんな異質な存在、どう接していいかわからない。



 俺も話しかけるべきか迷ったが、結局何も言えなかった。



 だって、何をどう話しかければいいかわからない。



「隣の席だからよろしくね」なんて、イケメンにしか許されない。



 俺には無理だ。



 仕方なく、俺はじっと座ってホームルームが始まるのを待つことにした。



 やがて担任の教師が教室に入ってきた。白髪交じりで小太りな中年男性。いかにも「仕事で教師やってます」って感じの人だ。



 事務的に自己紹介を済ませた後、生徒たちにも自己紹介を促す。



 新学期恒例のイベントだけど、俺は気が重い。



 クラスの前列から順番に自己紹介が始まる。



 ネタに走る奴もいれば、無難に済ませる奴もいる。



 俺は当然後者。



「佐倉優といいます。将棋同好会所属です。よろしくお願いします」



 短く簡潔に自己紹介。これで悪目立ちすることはないだろう。



 だけど、最後の『彼女』の自己紹介は、俺の予想を大きく超えるものだった。



「じゃあ、次は二条さん」



 担任が呼びかけると、教室が静まり返る。



 全員の視線が隣の席の彼女、二条マリーに向けられる。



 彼女はゆっくりと立ち上がった。



 その仕草には、どこか堂々とした威厳が漂っていて、教室の空気が一変するのがわかった。



 彼女は教室を見回し、一瞬だけ微笑んだ‥‥気がしたけど、その笑顔は冷たく鋭いものだった。



「私は二条マリー。女神よ」



 彼女が口を開いた瞬間、教室全体に低く澄んだ声が響いた。



 その声は、この場を完全に支配しているような威圧感があった。



「人間たちには興味がないの」



 冷たく突き放すような言葉。それだけで教室の空気がさらに冷え込む。



「探しものをしているから、邪魔だけはしないで」



 そして、彼女の手がゆっくりと腰の刀に触れるのを見てしまった。



「邪魔になるようなら‥‥斬り捨てるわよ」



 その瞬間、彼女は腰から刀を抜いた。



 教室が完全に凍りつく。



 金色に輝く刀身が教室の光を反射し、鋭い光が走る。



 誰かが息を呑む音が聞こえた。それ以外は沈黙。



 刀を抜いた彼女の姿は美しさすら感じさせたが、それ以上に恐ろしく、誰も近づけるわけがなかった。



「ふふっ……。」



 彼女はわずかに笑みを浮かべると、刀を静かに鞘に収めた。



 その動作が妙にゆっくりで、余計に緊張感が増す。



「それだけよ」



 彼女は再び座ると、何事もなかったかのように窓の外を見始めた。



 担任は困惑した顔でしばらく立ち尽くしていたが、やがてぎこちなくホームルームの終了を宣言。



(ウソだろ?)



 信じられない光景に、俺はただ呆然とするしかなかった。



 金色に輝く刀、彼女の堂々とした態度……。



 すべてが現実離れしていた。




 クラスメイトたちはざわざわと囁き合いながら、彼女を遠巻きに見ている。



 その視線に気づいているのかいないのか、彼女はまるで「この場にいない」かのような振る舞いだった。




「なあ……知ってるか?」



 教室内から小さな声が聞こえた。誰かがひそひそと囁いている。



「去年の3学期に転校してきた『首斬り姫』の噂……あれ、たぶん二条マリーのことだよな」



「確かに……気に入らない相手を刀で斬りかけたって話があったよな」




(首斬り姫?)




 その単語に、俺は記憶の底から引っ張り出されるように、ぼんやりとした噂を思い出した。



 去年、学校中で囁かれていた奇妙な噂――『首斬り姫』。



 美しい転校生が刀を持ち歩いていて、気に入らない相手を斬り捨てようとしたことがあるという話だ。



 俺はその話を、まるで都市伝説のように聞き流していた。



 だが、いま隣に座っている二条マリーが、その「噂の本人」だと知ったとき、背筋に冷たいものが走った。



(だから、誰も彼女に何も言えないのか……)




 制服を着ていないことも、刀を持ち歩いていることも、誰も咎めない理由がわかった。



 クラスメイトも、担任の先生すらも、彼女には一切干渉しようとしない。



 


 誰もが「彼女に関わるべきではない」と本能的に感じているのだろう。



 俺も――本来なら、そうすべきなのかもしれない。




「君子危うきに近寄らず」という言葉が、脳裏をかすめる。



 彼女の隣にいることさえ危険なのではないかと思う一方で、不思議と離れたいとは思えなかった。



 


 むしろ、俺は……彼女に近づきたいと思っていた。




 彼女が本気で「女神」だと信じ込んでいるのか、それともただの中二病なのか、俺にはわからない。


 


 けれど、どちらにせよ彼女は特別だ――少なくとも俺にとっては。




 


 隣の席から漂う、独特の冷たい空気。



 彼女の美しさと危険さが入り混じった存在感に、俺はどうしても心を惹かれてしまう。



 


 これは恐怖なのか、それとも……別の感情なのか?


 


 自分でもよくわからないまま、俺はただ彼女の美しい横顔を見つめていた。





---







 あの日以来、二条マリーは俺にとって謎そのものだった。



 教室で誰にも近寄らせない圧倒的な存在感。


 そして、腰に差した刀――彼女の異質さを象徴するその物体が、俺の中でどうしても気になっていた。



 そんな彼女と、まともに言葉を交わすきっかけが訪れたのは、ある授業中のことだった。



 俺たちが机に向かって授業を受けている最中、隣の席の彼女が何やら妙な動きをしているのに気づいた。



 ふと目を向けると、彼女は刀を鞘から抜き、その刀身をじっと見つめている。



 教室の光を受けて輝く金色の刀身――それを眺める彼女の表情は、なんだかうっとりしていた。



「……綺麗だ」



 無意識にそうつぶやいてしまった。



 その声が彼女に聞こえたのか、ゆっくりと顔を上げ、俺に視線を向けてきた。



 その碧眼がこちらを捉えた瞬間、心臓が一瞬止まりそうになった。



 だが、彼女はふっと微笑んだ。



「わかる? この子の良さが」



 彼女は少し嬉しそうに話し始めた。



全斬丸ぜんきりまるっていうのよ、いいでしょう?



 どんなものでも斬れる素敵な刀なの。



 私はこの子と一緒に数々の戦場を渡り歩いてきたのよ。



 大きな狼も、大蛇も、神すらも斬ってきたわ。この子さえいれば、どんな敵だって倒せるの」



 彼女の言葉に圧倒されながら、俺はじっと聞いていた。



「この子を作るのも本当に大変だったの。



 なけなしの全財産をはたいて、何日も一心不乱に刀を打ち続けて、愛を込めて作り上げた子なのよ。



 愛してるわ、全斬丸」



 メチャクチャ早口で、刀への愛を熱く語る二条さん。



 好きなことの話になると早口になるオタクみたいだった。



 けれど、その話をしている彼女はとても楽しそうで、俺はその姿に見入ってしまう。



 刀を撫でながら語る彼女の表情には、どこか純粋なものがあった。



(こんな顔もするんだな)



 そのギャップに、俺の胸が少しだけ高鳴る。



「それでね。アースガルドは完全な身分社会で……」



 延々と続くよくわからない話。



 俺は相槌を打つことに徹した。



 『全肯定ボット作戦』――女性との会話は基本的に共感が重要、とネットで読んだことがある。



 俺は「そうだね」「うんうん」「俺もそう思う」などを駆使して、彼女に応じた。



 話の内容はほとんど理解できなかったけど、彼女が満足そうだったから、それで良し。



 彼女の意外な一面を知って、なんだか心の距離が縮んだ気がした。






---





 あの一件以来、彼女は心を開いてくれたのか、色々な話をしてくれるようになった。



「二条さんの探しものって何なの?」



「それがわからないのよ。



 アースガルドで生まれる前の記憶が無くて……何かを探しているような気がするのよ、すごく。



 妹が言うには、この学校に行けば見つかるらしいんだけど……。



 無駄足だったかしらね」



 こういった踏み込んだ質問にも、彼女は素直に答えてくれるようになった。



(生まれる前の記憶がないのは当たり前では?)



 などという疑問が浮かんだが、否定はしない方が良いと判断。



「そのうち見つかるよ」



「だといいけど……」



 彼女はあまり期待していないようだった。



 というか、いなくなってしまうのは困る。



 だから、引き止めようと試みた。



「二条さんがいなくなったら、寂しいよ」



「そ、そう? だったら、もう少しだけいてあげてもいいわよ」



 思いがけない言葉だったらしく、彼女は少し照れた様子。



 顔がほんのり赤くなっているように見えた。



 そういうところも、やっぱり可愛い。



 少しは彼女の特別な存在になれただろうか?



 彼女との交流は、今のところうまくいっている気がする。





---







 このままいけば、仲良くなってその先に……。



 なんて期待に胸を膨らませていたある日。



 事件が起きた。その日の午前中、授業の合間の休み時間だった。



 俺はトイレに行こうと席を立ち、廊下を歩いていた。


 そのとき、教室の方から悲鳴が聞こえた。



「誰か、助けて!」



 女性の切羽詰まった叫び声が響き渡る。


 嫌な予感が胸をよぎり、俺は急いで教室へ駆け戻る。



 扉を開けた瞬間、目の前に信じられない光景が広がっていた。



 二条さんが教室の中央に立ち、刀を振り上げている。


 その刀身は、教室の光を受けて鈍く金色に輝いている。



 その刀の向かう先――床にひざまずき、泣きじゃくりながら謝罪を繰り返す女生徒がいた。



「ごめんなさい! ごめんなさい!」



 女生徒の声は涙で詰まっていたが、マリーは微動だにせず、冷酷な目で彼女を見下ろしていた。



「ちょっと待った!」



 俺は反射的に叫び、女生徒とマリーの間に飛び込んだ。



「どいて! そいつを殺せないわ」



 マリーの目が鋭く光る。刀を振り下ろす寸前の姿勢のまま、俺に冷静な口調で警告してくる。



「何があったんだ?」



 俺が必死に問いかけると、彼女は無表情のまま淡々と答えた。



「こいつが私の肩にぶつかったから、無礼討ちにするところよ」



(どこのヤンキーだよ!)



 俺は振り上げられた刀を見て、全身が震えるのを感じた。


 それでも、ここで退くわけにはいかなかった。



「俺の顔に免じて、許してくれない?」



「いやよ」



 マリーの声は冷たく響く。


 刀を握る彼女の手は微動だにせず、今にも振り下ろされそうだった。



「一生のお願いだから、やめてくれない?」



 俺は頭を下げてお願いした。



 小学生が使いそうな情に訴えるやり方だ。



「人間どもの一生なんて、瞬きの間しかないじゃない。そんな願いは聞けないわ。大体、人間どもは困った時だけ神を頼って、自分勝手じゃない! 叶えてやる義理なんてないわよ!」



 マリーの声は冷たく響く。刀を握る彼女の手は微動だにしない。



「どうしても斬るというのか?」



「女神に対する不敬は許されないわ」



 一歩も譲る気はないようだ。



 彼女の真剣な眼差しがそう語っていた。



「なら、俺を斬れ」



 俺が手を広げてかばうような姿勢を見せると、初めてマリーが躊躇を見せる。



 女生徒をケガさせてしまったら問題になる。



 でも、被害者が俺ならマリーを庇う事も出来るし、問題にならないようにすることも可能だ。



 マリーを守るために、俺はケガをする覚悟だった。



 何を馬鹿な事を、と冷静な俺が心の中で囁く。



 しかし、俺はもっとマリーと一緒にいたい!



 その気持ちがケガへの恐怖に打ち勝っていた。



「……あなた、本当に死ぬわよ?」



 マリーの声が少しだけ低くなる。その瞳にはわずかな迷いが宿っているように見えた。



「あなた、その子のことが好きなの?」



「いや、名前も知らない」



 悪いけど、本当に知らない。



 興味もない。



 土下座をして泣いている姿は可哀想だと思うけど。



「だったら!」



 邪魔しないでよ、と言いたげな表情で睨んでくる。



 黄金の輝く刀身が今にもこちらに向かってきそうだ。



「……なぜそこまでするの?」



 彼女の声が少しだけ弱くなった。


 その瞬間、俺は全てをかける覚悟で言葉を続けた。



「俺は……俺は君が好きだからだ!」



 教室中が静まり返った。


 自分でも驚くほど大きな声だった。



 それでも、俺は彼女の目を真っ直ぐに見つめ続けた。



 マリーは一瞬目を見開いた。


 その後、彼女の表情が変わる――冷酷さが消え、動揺が混じった柔らかさが見えた。



彼女は刀を静かに下ろし、鞘に納めた。そして、じっと俺を見つめながら、顔を赤らめて言う。



「あの……えっと……一日だけ、考えさせて」



少し挙動不審になりながらも、彼女は窓際の席に戻った。


教室の緊張が一気に解ける。


女生徒が泣きながら何度も「ありがとう」と俺に礼を言うのを、俺はただ茫然と聞いていた。




その日の帰り道、俺はひたすら自分の言葉を反芻していた。



(本当に言ってしまった……好きだなんて。二条さんに、あの場で……)



恥ずかしさで何度も顔を覆った。


けれど、不思議と後悔はしていない。



彼女が刀を下ろしてくれた。


それが何より嬉しかった。




---





 翌朝の教室。


 クラスの雰囲気もいつもと違って、妙にそわそわしていた。


 俺は死刑台で判決を待つような気持ちで、二条さんを待つ。



 手に汗を握りながら待つ時間は、これまでにないくらい遅く流れている気がする。



 午前8時20分。あと10分でホームルームが始まる。



 普段なら、そろそろ彼女が教室に入ってくる時間だ。



 教室の扉が開くたびに、彼女の姿を期待してしまう。




 何度目かの落胆の後、とうとう彼女が現れた。



 いつも通りの着物姿で、腰には刀を差している。



 その表情には自信があふれていて、昨日のような挙動不審なところは全くなかった。



 彼女と目が合った瞬間、俺の胸は早鐘のように高鳴った。



 息をするのが苦しいくらいだ。



 彼女は迷うことなくこちらに向かってきた。俺はとうとう判決が下るのだと、緊張しながら彼女の答えを待つ。



「ねえ、あなた。名前は何だったかしら?」



 彼女は俺の目の前まで来て、顔をすごく近づけて尋ねてきた。



 近い。本当に息がかかりそうな距離だ。



 何かの花の香りがした。



 彼女との近い距離に心臓がバクバクしているのに、俺は落胆してしまった。



 名前すら覚えられていなかったのだ。



 告白の結果など考えるまでもない。



 肩の力が抜けた気がした。



(フラれるな、これ。)



 そう思った。



「……佐倉優だよ。」



 それだけ言うのが精一杯だった。



 彼女の顔をまともに見ることができず、目を逸らす。



 敗戦処理をしているような気分になる。



 もう結果は聞かなくてもわかっていた。



「そう……やっぱりそうなの。あなたが私の探しものだったのね。」



「ごめんなさい」と言われると思っていた。



 しかし、彼女の言葉は予想を大きく裏切った。



 その上、意味がよくわからない。



「何を言って……」



 俺は彼女の目を見て真意を問おうとしたが、



「優君は私のことが好きなのよね?」



 突然の言葉にドキリとした。



 改めて言われると、すごく恥ずかしい。



 だが、ここで否定することはできなかった。



「そうだよ」



 なんとか短く返事をした。



 彼女は嬉しそうに笑い、



「ふふふ、いいわよ。人間の一生なんてたかが100年くらいでしょう?  私は心の広い女神だもの。それくらいの短い時間なら、付き合ってあげるわよ。」



 スケールの大きな話をされた気がするが、告白の返事ということでいいのだろうか。



 なぜか彼女の言う『付き合う』が、普通の意味とどこか違う気がする。



 喜んでいいのだろうか?



「ああ、それと……」



 そう言うと、彼女は腰に差していた刀に手をかけた。そして次の瞬間――



「もし浮気をしたら――」



 彼女は刀を抜き、俺の机に向かって一閃した。



 音もなく俺の机がバラバラに分解された。



 それを見て、周りの生徒たちは悲鳴を上げて後ずさった。



「……こうなるわよ」



 刀を静かに鞘に収めると、マリーはにっこりと笑った。


 その笑顔は美しかったが、同時に背筋が凍るような冷たさを感じた。



 俺は言葉を失った。


 いや、そもそも何を言えばいいのかわからなかった。



 机の残骸を見下ろしながら、喉が乾いて声が出ない。



「私の必殺技のみじん斬り、すごいでしょう?」



 彼女が得意げな表情をする。




 まさか刀で机を斬ったということか?



 模造刀でそんなことが可能なのか。



 というか、本物の日本刀だって無理な気がする。



 木製の机とはいえ、金属の部品も使われているはずだ。



 斬鉄剣でもなければ、こんなことできるわけがない。



「命を懸けて私に愛の告白をしたのだから、それくらいの覚悟はしているわよね?」



 彼女は今まで見た中で一番の笑顔でそんなことを言った。




 ……もしかして、昨日俺は死ぬところだったのか?



 急に背筋に寒気が走る。



 彼女が本気だったなら、俺は本当に斬られていたのだ。



 目の前の机のようにバラバラに。



 だから、あの女生徒は泣いて謝っていたのか。



 俺だけが模造刀だと思い込んでいたってことか?



 俺だけが!



 そりゃあ肩がぶつかっただけで斬られるなら、誰も近づきたがらないわけだ。



 俺だって怖い。



 でも、目の前でニコニコしている二条さんを見ていると、それでも付き合いたいと思ってしまう。



 もうそれだけ彼女に惹かれているということだろう。



 


 こうして、俺と彼女のちょっと変わった付き合いが始まったのだった。

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