お互い様っていうのなら
とても世知辛い神様の世界。
世界は複数存在する。
それは、神にとっては常識だった。
世界ごとに様々な違いは勿論ある。
時にはその世界で暮らす者では解決できない問題も発生する。
そういう時、他の世界の神や住人たちが助けるのが、当たり前だった。
例えば魔法が使えない世界で起きたどうしようもない事象を解決するために、他の世界の魔法使いが神によって遣わされたり。
例えば、魔法に頼り切った世界で、その魔法が役に立たないような事態が起きたなら別の世界の戦士が助けに向かわされたり。
世界ごとに特徴が異なるが故に、何処の世界に誰を派遣するかはその時々だ。
けれどもそうやって、複数の世界の神々や住人たちは助け合って生きてきたのである。
ところが。
それが当たり前であるはずでも、神が代替わりしてしかもそれが怠け者であった場合は、マトモに仕事をしない事もある。
たまたま一人くらい神が仕事をしないだけなら、そう大きな被害は出ない。
あっちの神今手が離せないっぽいから他のところからヘルプ頼む、と応援要請すれば一応他が手を貸してくれるので。
けれども、神の寿命がやってきて、複数名が一斉に代替わりをしたその時。
よりにもよってほとんどの神が仕事をさぼるタイプだったのである。
結果、割を食ったのはマトモに仕事をする神。
他の世界の困りごとに手を貸して欲しいと駆り出されたのに、こちらの助けてコールは無視されるばかり。
一度や二度ならそういう事もあるかな、となるけれど。
散々こっちが手助けしたのに、こっちが困った時に一度も助けてくれないとなれば、いくら温厚な者であっても不満はあるし怒りもする。
そのせいでこっちだって手が回らなくなってきてるのに、そんな事情は知らんとばかりに他の神が助けを求めてきてそれを断れば酷い奴扱い。
それ故にその神――仮に、Gくんとしよう――はいい加減ブチ切れたのである。
今までさんざんお前らの事助けてきたってのに、こっちが自分の事で手一杯になって断っただけで仕事してないみたいな言い方は流石にキレる。そういう事は一度でもこっちを手助けしてから言え。
というか向こうが助けてばかりでこっちが助けてない時に言うならわかるが、今まで世話になっておいてその言い方はどうなんだ。
正直今までそれでもどうにかなっていたのは、Gくんが担当していた世界の人たちが働き者で優秀だったのと、Gくん自身もそれなりに有能だったからだ。
一人で一体何人分――神の単位は柱だが、まぁこの際それはおいておく――の仕事をしていたのか。
むしろ他の連中の助けに回っていたせいで、自分が担当している世界をちょっと疎かにしてしまったのが申し訳ない。
故にGくんは決めたのだ。
使えない奴はさっさと片付けてしまおうと。
今まではそれでも優柔不断に様子見してた奴が、いざ覚悟や腹を決めるととんでもない事になる。
その未来は間近に迫っていた。
神にも序列はある。
Gくんは同期にいいように扱われていたけれど、その上に勿論今までの事は報告してあった。
どいつもこいつも仕事しなくて自分もう大変なんですよね、あ、これ報告書です。
と、にこやかに差し出せばちょっと大げさに言ってるだけかなと思っていた上司の神は報告書に目を通してから天を仰いだ。マジで使えない連中揃いだったのだ。
むしろあまりに使えなさ過ぎて、どうして代替わりの際にこいつらが選ばれたのかと思う程。
調べた結果、他の神が忙しすぎてうっかり間違った事が原因だったらしい。
誰かの失敗の結果、Gくんがひぃひぃ言う羽目になったのである。
だがしかし、そのおかげでGOサインが出た。
今回の代で使える神様はGくんだけ、と判断されて、他の神は早急に入れ替える事が決定されたのである。本人不在のまま。
だがしかし、仮に仕事しない連中を呼び出して通告したところで、その時は心を入れ替えてこれからは頑張りますなんて言うかもしれないが、今までも仕事をしていなかったのだから、心を入れ替えたところで今までと同じ程度にしか仕事はしないだろう。というかしていないことを今からでもやれと言われてできるのであれば苦労はしない。
そうは言っても、処分するにも仕事をしなかっただけで殺すのは問題がある。
仕事をしない結果担当する世界が滅びました、とかであれば相応の処分も下せるのだが、困った事にGくんが優秀だった結果当分放置しても世界が滅ぶ事はなさそうだった。
お前優秀だったんだな、と上司の評価が上がったのはGくん的に良かったのかもしれない。
今回の代は使えないやつばっかだし連帯責任で纏めて処分しまーす、なんて結果があったかもしれないのだ。破滅回避ができたのは大きい。
というか、担当してる世界の担当をマトモにしてない時点で、Gくんが果たしていくつの世界を同時に回していたのかという話だ。
まだ先の話だけどボーナスは期待しておけ、という言葉が希望の一つだ。
ともあれ、他の同期は処分が決まった。
現状仕事をしないだけで処分はできないけれど、どうせまた自分の仕事をGくんに押し付けるのが目に見えてるし、その時に処分するように仕向けて構わないと許可が出た。
自分の手で引導を渡してこい、という許可が下りたので、今までのお礼を兼ねてきっちりお返しする事にしたのだ。
独断でやらかしていたら問題があったかもしれないが、上の許可という大義名分を得たGくんの心はとても軽くなった。
大体ちょっとしたことで助けを求めすぎなのだ。
そんなんそこの世界の人間でどうにかできる問題だろう、というものであっても気軽に他の世界に助けを求める。
なんだったら、ちょっと遠くの国で売ってる名産品代わりに買ってきて、みたいな依頼もあった。
そんなん同じ世界の奴で解決できるだろ異世界から人を呼んでまでさせるんじゃない。
こっちの世界になくて異世界にある動植物に興味がある、とかそういうのならまだしも。
神が怠惰なせいか、それぞれの世界の住人達もすっかり怠ける事が得意になってしまっていた。
どうしようもない。
まず最初に軽いジャブ的な感じで、改めて処分確定した神たちに自分の世界を助けてほしいと声をかけてみた。
結果はお断りだった。
今までさんざん助けてもらっておきながら、お互い助け合ってやっていこうね、というものであったはずなのに自分たちだけはその恩恵にあずかっておいて、しかし自分たちは助けない。
もらうだけもらって払わない、という状況でも、彼らはそれが当たり前みたいな認識だった。
よし、処分する事に関してこれで心が痛まない!
Gくんの気持ちは固まった。
ここでまだそうだよね、今までいっぱい助けてもらったもんね、と思い直すような殊勝な心をもった相手がいたなら違ったけれど、そうじゃなかった。
もしそういった相手がいたら、上司にこいつはまだ見込みあるから、で助ける方向に動いたかもしれないがそれも消えた。
運命は自分の手で切り拓くもの。つまり今この瞬間、彼らは自分の手でその運命を切り拓くどころか閉じたのだ。そうと知らずに。
どうせお前らの処分が決まりましたと言ったところでGくんが手伝ってくれない事にそれを盾にして言う事聞かそうとか思ってるとしか思わないだろう。
そもそも前にも何度かお前こっちが手伝ってばっかなんだからお前も手伝えよとか言った事もあったけれど、その程度でぐちぐち言うなよ、で笑い飛ばされたのだ。こっちは割とガチで切れてるというのに、向こうは拗ねてる程度に思っているのだろう。温度差が酷い。
とりあえずこいつらとの和解の道は途絶えたので、Gくんは何事もなかったかのように淡々と日々の仕事をこなした。
そして、軽率にGくんの頼みを断った他の神は、やっぱり気軽にGくんに助けを求めた。
何故って自分が仕事をしたくないからである。
働きたくないけど結果は出さないといけなくて。
でも面倒だからだったら他にやってくれる奴に押し付ければいい。
そういう考えだった。
そして、Gくんは今までだって文句を言いつつも助けてくれたから。
なんだかんだで今回も同じようにきちんと自分の分の仕事を片付けてくれると信じて疑わなかったのだ。
Gくんの同期ともいえる神が皆そんな考えなので、そりゃあGくんもブチ切れようというもの。
他の世界の困りごとといっても、Gくんの世界の住人が必ずしも助けられるとは限らない。
他の世界の人の方が適性があるとか、こっちの案件だなとか、そういうのは普通にある。
そして今まではそっちの世界とこっちの世界が適性だな、となった時、仕事を押し付けられているGくんはそれらの世界での対処をしていた。
なので今回も勿論そうした。
まず最初に助けを求めてきたのは、常時春みたいな世界の管理をしている神だった。一年中ぽかぽかとした温暖な陽気で、お昼寝がとても捗りそうな世界である。
最近ちょっと気温が上がりすぎてる気がするから、少し気温を下げたいのだ、とその神は言った。
正直それくらいならその世界を担当している神の力で簡単に解決する。わざわざ他人に頼むものではない。
けれども、すっかり仕事をさぼる事に慣れてしまった神は自分で解決しようなんて思いもしなかった。ちょっとの力でも自分で使うのが面倒だったのである。
だからこそ、いつものようにGくんに丸投げしたのだ。
雨を降らせるとか、一時的に気温を下げる方法はいくつかある。
それをやれば簡単に解決するものだ。
神様パワーでちょちょいとやれば、ものの五分もかからないだろう。
いつもなら、Gくんが自分の力で気温を下げたかもしれない。
けれどもGくんは今日は他にも用事があって忙しいから他の世界から応援を送るよ、と言った。
まぁなんでもいいや解決するなら、と神は何も疑問に思わずわかったと了承した。
結果、常春の世界は滅んだ。
他の世界で暮らす魔法使いを呼んだのが原因だった。
その魔法使いは、別に世界を滅ぼそうと思っていたわけではない。
ただ、幼い頃よりその身にあまる膨大な魔力を持っていて、持て余していたのだ。
しかも得意な属性が氷。
一度思いっきり魔法をぶっ放せば魔力を消耗して安定するのだが、魔法使いが住んでる世界でそれをやっちゃうと周囲に被害が出てしまうので。
少しずつちまちまと魔法を使って一時しのぎな対処しかできなかったのだ。
けれどもGくんが魔法使いに、思いっきり魔法をぶちかましていい世界にちょっと召喚されてくれないか? と頼んだ事で。
魔法使いは一も二もなく頷いたのだ。
他所の世界なら魔法を全力でぶちかましても自分の住んでる近所に影響が出るはずもない。
更には、そう望まれたのだからそりゃもう全力でぶっぱしようというものである。
一度思い切り魔法をぶちかませば、魔法使いの身の内であふれんばかりに暴れまわる魔力も落ち着いて当面は安心である。一度沢山魔力を使った後なら、今までみたいに毎日ちまちま使うようにしておけばすぐに再発もしないだろうし。下手に溜まった結果が今なので、本当に渡りに船とばかりに助かったのだ。魔法使いは。
助からなかったのは魔法使いが派遣された世界である。
本当に、ちょっとだけ気温を下げてくれれば良かっただけなのに、実際は魔法使いがそりゃもう全力で魔法をぶちかましてくれたので。
世界は一瞬で氷に覆われた。
常春の世界が魔法発動の一秒後には氷河期である。
常春の世界で生きていた生命体はあっという間に滅びた。
だが魔法使いはその事実を何も疑問に思わなかった。だって神様直々のお願いだったのだ。
だから、てっきり冬眠させようとするのに必要な事だったのかもしれないな、とかそういう風に都合よく思い込んだのだ。まさか神様が世界を滅ぼすために力を貸してくれなんて言うはずがないと思っていたので。
魔法使いは知るはずがなかった。
Gくんは常春の世界を担当している神ではないという事を。
魔法使いが暮らしている世界の伝承で、神が複数いて世界も複数ある事は知っている。異世界を助けるためにその世界の神が助けを求める事もある、というのも伝承にあった。
そしてその伝承通りにGくんが助けを求めた。
魔法使いにとっては何もおかしなことではなかったのだ。
本来ならとうに冬がきてもおかしくないところが、今回はなぜか訪れなかった。
だから疑似的に冬の世界にして住人達を冬眠させるとか、そういう風に認識したのだ。
疑う事なんて何もなかった。
実際Gくんは助かりましたありがとう、と丁寧に魔法使いに礼を述べ、そうして魔法使いを元の世界に戻したのだ。魔法使いは自分も魔力をかなり消費できたし、向こうの世界も助かったみたいだし、いい事したなぁとほくほくしていた。まさか自分の魔法であの世界が滅んだとは思ってもいない。
常春の世界にそもそも氷河期に耐えうるだけの寒冷耐性を持つ生命体がいるはずもない。
どうにか一時的に難を逃れたとしても、そんなのは本当に一時しのぎであって遅かれ早かれ凍死するだろう。
Gくんや同期が管理している世界というのは、基本的に神一人に対して一つだ。
そしてその世界の住人が神を信仰する事で、神は力を得ている。
元から力はそれなりにあるけれど、信仰される事で更に力が増すのだ。
常春の世界の神は、労力を使う事なくGくんにすべてを任せ、そうしてお手軽に力を得ていた。そしてその力で怠惰の限りをむさぼっていた。働かずに食う飯が美味いとはまさにこの事。
けれど。
あまりにも一瞬で世界の生命体が死に絶えた事で。
信仰の力は急激に失われる。
緩やかに滅びを迎えつつある世界になってしまったのなら、まだどうにかできた。
けれどもあまりにも急激な力の減少は。
神にとってあまりに大きな負担となった。
例えるならば、温かいお風呂から氷が浮かぶような冷たい水風呂に何の準備もなしに飛び込んだようなものだ。それこそ、常春が一瞬で氷河期になったのと同じようにその差が神の身体へ負担をかけた。
常春の世界に住んでいた者のほとんどが死に絶えた事で、祈りの力も届かない。世界を滅ぼす程の一撃。
それは、結果的に神を滅ぼす事となったのである。
まずは一人、とGくんは倒れた神を冷ややかに見下ろしたのだった。
次にのこのこと世界を滅ぼされる結果となったのは、常春の世界を滅ぼした魔法使いがいた世界だった。
魔法使い自身は良い行いをしたと思っているようだが、実際はそうではない。けれどもそれをわざわざ教える必要はどこにもなかった。
魔法使いが住んでいた世界の神もまた、仕事をGくんに押し付けるという楽をすっかり覚えてしまったので、マトモに働いたりなんてしていなかった。
ただ、世界の不満はそれなりに祈りという形で神の耳に届く事もある。
最近魔法があまりきかない魔物が増えてきたらしく、その対処に困っているのだとか。
だから神は早速Gくんになんとかしてもらおうと思って言いつけた。
頼むどころか、そういうわけだから任せるわ、の丸投げである。
けれどもGくんからすれば、すっかり慣れたものだった。
魔法が効かないなら物理で殴ればいいじゃない! という話なのだが、魔法使いの住む世界は基本的に誰もが魔法を使う魔法使いの世界だった。住人のほとんどがフィジカルは非力。
この世界を担当する神もまたすっかりぐーたらになってしまったのもあって、魔法使いたちはそこまで自堕落になっていないけれどそれでもやる気とかそういった熱意はすっかりなくなっていたのである。
魔法で、自分の身体能力を上げる事はできる。
けれどもそれだって限度があるのだ。
身体の耐久度を無視して身体能力を上昇させれば、何かの拍子に内側から壊れる事もあり得る。
例えば風船があったとして、それが魔法使いの耐久度だとする。そこに身体能力を増幅させる魔法をかけたとして、その中に入る空気の量が限界なのだ。
風船に入るくらいの空気の量を超えてまだ増幅させようとすれば風船そのものが壊れてしまいかねない。
故に、魔法使いたちはぐーたら神の影響を受けて自分たちの好きな事だけしか魔法を覚えなかった。興味のない分野は本当にない扱い状態だ。身体を鍛えて器の許容量を大きくする、という事をしていれば身体能力を上昇させる魔法を使って自分たちで対処できた問題なのに、身体を鍛えるのは面倒だし疲れるからという理由で魔法使いたちはどいつもこいつも身体能力を上昇させる魔法を覚えようともしなかった。
結果として突然変異で魔法がききにくい魔物が生まれた時点で、マトモに対処ができなかったのだ。
身体を鍛える以外でも、肝心な学びというものが欠けている事はそれなりにあった。
常春の世界に召喚した魔法使いは、そもそも自分の身体の中の魔力があふれ出しそうな状態になっていて、それがつらかったのだ。
けれど、安全に魔力を消耗させる道具や方法を編み出していれば。
自力で対処できたのだ。
例えば余った魔力を溜める道具を作れば。
魔力を他の人に受け渡したりできるような道具を作れば。
常春の世界に召喚した魔法使いは魔力の多さで困っていたけれど、その逆で魔力が少なすぎて困っている者だっていたはずなのだ。
だからこそ、そこら辺共同開発だろうとなんだろうと、対処法を作っておくべきだったのに。
そんな事もしなかったし思いつかなかったので。
異世界から誰かが助けに来てくれる、とこれまた伝承を信じるだけだった。
Gくんが別の世界から連れてきたのは、とある世界の機械人間だった。
彼の住む世界は自然が破壊され普通の人間では生きていけない環境になってしまい、それでも生きていくために人はその柔らかな肉体を捨てて鋼鉄のボディを得たのである。
魔法こそ使えないけれど、その肉体はちょっとやそっとのダメージではびくともせず、人類に出すのは不可能な威力の一撃を叩きこむ事も可能。
まさしく、この世界の救世主となるべきはずだった。
なんというべきか。
そのサイボーグが住んでいた世界は、既に自然が破壊され荒廃した世界であるが故に。
Gくんから見てもあとちょっと放置しとけば勝手に滅んでくれるだろうなと思えるものだった。
それでもそこの世界の神は、なんとかそれを回避しようとしてGくんに押し付けていたのだけれど。
自分でやるよりもGくんに任せた方が成果が出ていたから、というのもある。
けれども生殺与奪の権をGくんに与えてしまったが故に。
一見すると世界は少しずつ復興を果たしているように見えていたけれど、その実じわじわと滅びへの道を進んでいた。
あとちょっと。もう少し。
そんなギリギリの状況にGくんは持ち込んでいたのである。
そして、そんな世界から魔法使いたちの世界へ召喚されたサイボーグは、自分の住む世界が間もなく滅ぶと察していた。だからこそ、彼は。
どうせ死ぬなら、世界が終わるのならば、最後に好きな事を好きなだけ思い切りやろうと決めたのだ。
そのサイボーグは冷たい鋼鉄ボディとは裏腹に、いっそ暑苦しいまでに好戦的な性格だった。人を甚振るのが大好きだった。
今までは法律もあって、下手なことをして自分がスクラップになるのを避けるためにおとなしくしていたけれど、それでも世界がもうじき滅ぶとなれば我慢しておとなしくする必要なんてどこにもない。
彼は、笑いながら周囲の同族を殺しまわった。
機械の身体であろうとも、それを使いこなせるかどうかは人による。個体差と言ってしまえばそれまでだ。
けれども彼は、いつかこんな日がくるのだと信じていた部分もあった。
そして、その本当に来るかどうかもわからないいつかを目指していっそストイックなまでに己を鍛え上げた。
いつか、好きなだけ人が殺せるように。
そうしていつしか滅びを間近に迎えた世界で、彼を脅威とみなし彼を世界の敵と見た彼の世界の住人達と盛大な争いを経て。
もう壊す相手がいなくなったところで、Gくんから魔法使いたちの世界に彼は送られたのである。
まだ遊び足りなかったな、と思った彼は、それでもすべての生命を破壊しつくした事で燃え尽き症候群一歩手前に陥っていた。
けれども、Gくんが「もう一回遊べるドン!」をした事で、しかも機械とは異なる完全生身の人間たちを好きなように甚振って滅ぼしていいとの仰せだったので。
実際の依頼は魔法が効かない魔物を倒してほしいというものだったけれど、まぁそのさい不幸な事故があっても仕方ないとGくんは困ったように彼に告げていた。
そして彼はその言葉を自分に都合よく曲解したのだ。
勿論魔物は倒す。
強い敵を相手に自分の力を思うさま奮えるのは楽しいから。
けれど同時に。
その世界に住む住人達もその手で殺して回った。
機械の身体と異なって、生身の人間を引きちぎった時に溢れる鮮血は男にとってまるで物語の中に入り込んだかのような気分にさせてくれた。
だってもう彼の世界にいた人間たちは皆生身ですらなかったので。
遠い昔にあったとされる生身の身体から溢れる生命。赤き血潮。魔法使いたちが使う魔法も不可思議ではあったけれど、その身に宿った赤は男を熱狂させた。
そうしてありとあらゆる生命を蹂躙しつくして、魔法使いが住む世界の人間も魔物もそれ以外の動物も、多くが彼によって殺された。
神に祈る相手がいなくなっていった事でその世界の神の力は衰えて、そこでようやくおかしいぞとなった神はGくんに何があったのかを尋ねようとしたのだけれど。
弱り切った相手にトドメを刺すのは簡単である。
のこのことやってきた神を、Gくんはあっさりと仕留めたのだ。
魔法使いたちの世界を蹂躙しつくし滅ぼしたサイボーグもまた、役目を終えたとばかりに元の世界に帰された。
だがしかし既にその世界も滅ぶ寸前である。
最後にたくさん楽しめたな、と満足はしていたけれど、それでもこれでもう終わりなのか……という思いが胸をよぎる。まるで祭りの終わりのような感覚とともに、その先に待ち受けているものは何もないとわかっているからこそ。
彼は、元の世界に戻るなり適当な高さの崖の上から身を投げた。
地面に落下する前に意識を強制的にシャットダウンしてしまえば。
それですべてが終わりを迎えたのだ。
そんな感じでGくんはそれぞれの世界に刺客とも呼べる存在をさも救世主のように送り込み崩壊させていった。
今まで各々が好き勝手自堕落に生活していたけれど、こうして使えないものを処分していった結果随分とGくんにも余裕が出てきた。
今までは他の手伝いに駆り出されていたけれど、自分の世界に大分手をかけることができるようになってきて、なんだ別に他の世界の助けなんて必要ないなと思い始めるくらいにはGくんが担当している世界は賑わいを見せるようになっていたのだ。最初の頃は確かに他の世界の誰かが手助けをするべき事もあったかもしれない。けれども、結局のところは。
助けがなければ自分たちで、その世界の住人たちで困難に立ち向かうしかないのだ。
結果としてGくんが手をかける暇もない間、その世界は同じ世界の仲間たちと協力して世界の困難に立ち向かっていったのである。
その事実に気付いたGくんはといえば、つまりあいつらのせいで今まで無駄に苦労したって事じゃないか、なんて思いもしたけれど。
けれどもそれもじき終わる。
Gくんの世界を除いて、残る世界はあと二つとなった。
一つは、魔物もいない平和な世界。
もう一つは魔物も出る、剣と魔法が当たり前のように存在している世界。
魔物のいない平和な世界は、魔物という脅威こそいないけれどしかし人間同士の争いが絶えず、文明は発展しているもののそのせいで一度戦争が起こればかなりの被害が出てしまう。
この世界の神はロクに仕事をしないけれど、しても精々天候を調整するだけ、とかその程度だ。
今までGくんに散々丸投げして面倒な部分をやらせたために、今使うべき力はその程度で済んでいた。
それだって、世界に適切に、というわけでもない。神の気まぐれでそれっぽく神の力を使って仕事をしているという体裁を整えているだけに過ぎなかった。
平和な世界はかつて、異世界の存在を認識していたはずなのにしかし平和が続いた結果、異世界の助けなど必要としなくなり、そうして気付けば異世界というのは創作物の中だけの話となってしまっていた。
それでも、少し前に異世界に助けに行ってもらえないか、というGくんの呼びかけに応えてくれた者もいたのだけれど。
そこから少し時間が経過した事で、お話の中の異世界にも変化が生じたのか、Gくんの要請に対してこの世界の住人は、異世界? 冗談じゃねぇや! となってしまったのである。
確かに平和で、自分たちが剣を手に危険な魔物と戦うような事もなければ突然そんな事を言われても困るだろう。
けれどもこの世界の住人達は平和に暮らしているけれど、ある特性があった。
彼らは異世界にいくとその世界で絶大な力を得る事ができるのだ。
かつてはそれ故に、他の世界に救世主として多くが派遣されていった事もあった。
だがしかし、そんな過去の伝承も今では作り話の一つとしてしか思われていない。
昔の人の妄想ファンタジーすぎるでしょ、とまるで当時の中二病扱い。
ともあれ、神と同様にこの世界の住人も他の世界を助けるというつもりはないようだった。
もう一つの魔物が出る世界はというと。
こちらもこの世界の住人達だけではもう対処できないくらいに魔物があふれ、なんというか魔王と名乗る存在まで出てきてしまって大変な目に遭っていた。
かつては平和な世界から勇者召喚、なんて感じで助けを得られていたけれど、その平和な世界の住人達は既に助けるつもりがない。
だって呼んだら帰れるかわかんないじゃん? とGくんが召喚されてくれないだろうか、と事前にお伺いを立てた相手は言っていた。いやそれお話の中だとありがちだけど、呼ぶ以上は帰る手段もちゃんとあるよと言ってもまたまたーとマトモに聞いてもくれなかった。
向こうの世界に行ったらすごい力を得るから安全は確実だと言ってもだ。
何せ、その平和な世界の人間たちは異世界に行けばとても強くなる、というか、魔物に対する特攻が凄くなる。魔法がない世界で育っていても、異世界に行けば脅威の順応性と適応力でたちまち魔法さえ使えるようになる。
元の世界では喧嘩一つした事のないような相手でも、異世界に行けばどこぞの無双ゲームみたいな活躍が可能になるのである。
だがしかし、過去にあった伝承は全部作り話だと思っている今の時代のその世界の者たちは、いや魔物とかいる時点で絶対危険だから、と誰もが行く事を渋った。
そもそも魔法で守りの障壁を使えばノーダメージも可能なのだが。力の使い方だって勝手に各自で覚えてね、ではない。きちんと使い方をレクチャーくらいはGくんだってする。呼んであとはそのまま、なんて無責任な真似は少なくともGくんはするつもりがなかった。
魔物で大変な事になっている世界の住人にも、他の世界を助けてもらえないか、と一応声はかけてみた。
だがしかし自分たちの世界が大変な事になっているのに、他の世界なんぞ助けてられっか! というのが彼らの答えだった。
まぁ、確かに自分が大変な時に自分そっちのけで他を助けろ、と言われればそういう反応になるのはわかる。
わかるのだけれど、今までたくさんGくんがその世界の神のかわりに手助けをしてきた事もあって、その返答はGくんにとってはその世界の神と同じく駄目な返答であった。
せめてそんな状況でも微々たる事しかできないけれど、困った時は助け合いですよね、とか言う者が一人でもいればGくんだってもうちょっとソフトな対応ができた。
まったく、常々どの世界の神もその世界の住人もGくんの癪に障る事しかしない。
異世界に行くのがイヤだというのなら、ではそうしない。
わかったわかった。
自分が助けてもらうのは有りでも自分が誰かを助けるのは無し、というのならもうそれでいい。
未だに自分たちがきちんとしないといけないのにそれすらしない神も、その神が担当している世界の者たちももうGくんがなんとかしなければと思う時期はとうに過ぎた。
だからこそ。
Gくんは仕上げのように残り二つの世界を滅ぼしにかかったのだ。
といっても、やるべきことはそう難しい事ではない。
魔物が大量にあふれている世界の魔物を、平和な世界に送り付けただけだ。
勇者召喚に応じず自分たちがそちらの世界に行くのを拒むのであれば、困りごとのモトを送ればいい。これなら異世界に行って帰ってこれないかも、というお悩みは解決である。
だがしかし、平和な世界の住人達が能力を充分に発揮できるのは、あくまでも異世界に行った時だけだ。
自分たちの住む世界での彼らの身体能力は、送り付けられた一番弱い魔物ですら苦戦するほどだった。異世界で戦うのなら、指一本でピンと弾くだけで簡単に仕留められたはずなのに。
異世界だったなら、何をどうしたって苦戦しようがない相手。だがしかしそれが自分たちの世界に直接やって来たとなれば、大勢の人間がその弱いはずの魔物によって殺されたのである。
阿鼻叫喚だった。
世界各地に送り付けられた魔物を退治するために、自衛隊や軍隊が駆り出された。
けれども手も足も出ないのだ。
演習でもない実戦で毎日大量の重火器やミサイルが消費されていく。核兵器を使う国まで出てしまった。
一匹倒すために果たしてどれだけの軍事費を投入しなければならないのか。
それ以前に、この未知なる生命体は一体どうやって現れたのか。
この世界の生態系とは何一つ当てはまらない、それこそ本当に摩訶不思議な存在を詳しく調べなければと専門家も動いた。
けれども生け捕る事は難しく、研究は遅々として進まない。
魔物によって主要施設が破壊されたり工場といった生産の要が破壊されたりと、まぁ各地であちこち好き勝手蹂躙された結果、世界はあっという間に荒廃した。
もはやかつての平和だった面影などどこにもない。
軍や自衛隊、警察といった組織ですら役に立たぬと悟った民は自分の命は自分で守れとばかりに武器を奪いにかかったりして、仲間割れが発生した。
たとえ武器を奪えても、それを使って自分が助かる事ができるか、というのはまた別の話だ。
実際折角奪い取ったライフルを手にしても、それを使う直前で魔物に殺された者は一人や二人ではない。
魔物が視界に入った瞬間にはもう引き金を引いていなければ攻撃に入るタイミングとしては遅いのに、しかし戦闘訓練すら受けたことのない一般市民が当たり前のようにそんな真似ができるはずもなく。
折角武器を持っても、それは何の安心にもならなかった。
どんどん送られてくる魔物に、異世界が本当にあってそこから奴らは侵略している、という終末論や陰謀論めいた話が広まったのはある意味で当然の流れだったのかもしれない。
とはいえ、異世界の存在を今更のように認知しても、その世界をどうにかする方法などありはしない。
今まで異世界なんて創作物の中だけの存在だった世界には、異世界がどこにあるかを把握する手段も、この魔物たちを元の世界に送り返す方法も、自分たちが新たな新天地として異世界に逃げ出す手段も、何一つとしてありはしないのだから。
戦う手段を持たない者たちはこぞって家や、それ以外の頑丈そうな建物を占拠して引きこもった。
けれども魔物が暴れまわった結果ライフライン供給が早々に絶たれ、マトモな生活すらままならない。
残されていた食料や資源を奪い合い、魔物そっちのけで人間同士で争いあう。
そうなれば、滅亡なんて本当にあっという間の事で。
世界は驚くほど呆気なく衰退していった。
魔物たちは異世界で最初は元気いっぱい暴れていたが、この元は平和だった世界には魔素という魔物たちが行動をする際に使われるエネルギーが存在しなかった。
だからこそ、魔物は徐々に衰弱し、そうして最後は死に至る。
放置していれば魔物はこの世界では勝手に死ぬのだ。
けれど、そうなるまでに多くの犠牲が出たのは言うまでもない。
魔物が大量発生し、挙句魔王まで出現した世界はというと。
こちらはGくんが何かしなくとも滅亡まで時間の問題であった。
一応そこそこの魔物は平和な世界に送り付けて数を減らしたけれど、あまりにも増えすぎてスタンピードが発生している状態だ。ちょっと減らした程度では焼け石に水。
平和だった世界から誰か一人でも勇者として召喚されていれば救われる可能性はあったのだけれど。
結局のところ、この世界の住人達だけでは魔物一体を倒す間に倍以上の魔物が襲い掛かってくるようになってしまって。
圧倒的な数の暴力の前に、人々は精一杯足掻いたけれどとうとう滅びの時を迎えてしまったのだ。
人類が滅んだあと、Gくんは残された魔物を平和だった世界にじゃんじゃん流出させた。
そうして魔物は暴れまわった後、衰弱して死んでいく。
向こうの世界で脅威とされていた魔王ですらも、魔素のない世界に送り込まれればひとたまりもなかった。
まさに死ぬ寸前の状態で、残されていた世界の神がGくんに一体どうしてこんな事をと詰め寄ったけれど。
「助け合うのがお互い様ってやつだろう?」
Gくんは清々しいまでの笑顔でもって言ってのけた。
神はこれのどこが助けになっているんだ、と声を大にして問い詰めたのだが、Gくんがその様子に怯んだりはするはずもない。どうせあと少しで勝手に死ぬのがわかっている神など、恐れる要素がどこにもないからだ。
「僕は今まで何度だって君たちの世界を助けてきた。けど、君たちはどうかな? 今まで一度でも僕や僕の世界を助けてくれたことはあったかな?」
笑みを浮かべた状態のGくんの言葉に、神は答える事ができなかった。
各々の世界で助け合って存続していく。それが当たり前であった。
助け合うのはお互い様。
今までもこれからもそうだった……はずだ。
けれども残されて死ぬ寸前の神は、思い返してもGくんの世界に関係した覚えがとんとなく。また、Gくんに助けを求められた時、それを快く受け入れた覚えもなかったことに気が付いて愕然とした。
「一度だって助けてくれなかったきみたちに、今更何を求めても無駄だと思ったからね。
けれども、お互い様っていうのなら。
せめて最後くらいは助けてもらおうと思って。
これは、上の決定だよ」
上は既に彼らを見限っている。
最後の力を振り絞って助けを求めても、救われない。
それを知って、神は唯一自分を助けてくれそうな相手へと縋るような目を向ける。
Gくんは、凪いだような笑みを浮かべたままだ。
「た、たす……」
「いいよ。きみが僕を助けてくれるのなら。あぁ、でも生憎今は困った事がないんだ。今までは散々きみたちのせいで困る事ばかりだったんだけどね。
困る原因がなくなったから、助けてもらう理由もないかな。
うぅん、それじゃあ、困った事ができたら助けを求めるから、その次にきみの困りごとを解決しよう。一方が施しばかりを受け取るものではないからね。順番順番」
声はどこまでも穏やかだった。
今は困っていないから、次に困る事があったら助けてくれればいいよ。そしたらその次にお礼に困った事があったら助けるね。
そう言われて。
神は今すぐ助けてほしくとも、Gくんにはそのつもりがない事を嫌でも悟るしかない。
報酬の前借りというわけでもないが、今すぐ助けを求めたとしても、今までの借りが多すぎた。
思い返す。
今までどれだけGくんに助けを求めただろうか。
気軽に、それこそ頼む必要など本当にあったかどうかもわからないような事まで頼んだ覚えはある。
ちょっとした事のついでに、ぱぱっとやってくれていいからさ。
そんな風に頼むだけ頼んで、けれどそれに対する礼も報酬も何も用意はしていなかった。
Gくんが困った時にせめて一度でもお返しをして助けていれば違ったかもしれないが、それすらしていない。
消滅寸前の今となっては、神の力を行使して何らかの礼をしようにもその力を使う事すら難しい。
他に……他に何か方法は……自分が助かるための何かはないか、と逡巡しているうちに、神の身体は肉体を維持する事すら難しくなったのか、どんどん消滅していく。
縋るように伸ばした腕は、Gくんに触れるよりも先になくなっていた。
「――ありがとう、最後の最後で助かったよ」
自分以外の同期がすべて消滅したのを確認して、Gくんはほっと胸を撫で下ろした。
今まで一度だって困った事を助けてくれなかった同期たちに恨みもあったし憎しみもあったし、くそ野郎死ねと思った事だって何度もあったけれど。
あいつらがくそ野郎ばかりだったことで、Gくんだけは助かったのだ。
あまりにも同期が仕事しなさ過ぎてイラついて報告書を上に持って行ったあの時、今代の神は本来ならば選ばれるはずのない者たちが選ばれてしまったという事が明らかになった。人事を司っていた神渾身の失敗である。
それをGくんは上司から聞かされた。
そして同時に悟りもしたのだ。
その失敗人事には、自分も含まれていた事を。
使えない奴をいつまでもそのまま放置するつもりもなかった上は、処分を決めた。
Gくんはたまたまあの時、報告書を持って行って自分一人だけが仕事をしているとなっていたから見逃されたに過ぎない。
もしもっと後で、他の場所で世界を担当する神を選んだ結果が失敗であったとなった時。
もしかしたらGくんも連帯責任で処分されていた可能性がある。
勿論その場合、それでも一人は真面目に働いているから、で見逃される可能性はあったけれど。
だがしかし、他の世界の救援に駆り出されて自分の世界を疎かにしていたのもまた事実。
それは、本来優先すべき順位を間違えている、という意味にもとられかねない。
しなくていい仕事を優先して優先すべき重要な事を後回しにする、と上に見られていたのなら。
いくらGくんが自分は真面目にやっていたと言ったところで、聞いてくれたかはわからない。
他の世界も大概だったが、疎かになってしまっていたGくんの世界も一時期それなりに危なかったので。
けれども、Gくんは自ら上に赴いた。
彼らのせいで自分の仕事も滞ると証明した。
故に、原因がなくなれば自分の仕事はきちんと回るのだと受け取られた。
使えない同期を処分する事で実際にGくんは自分の世界に手をかける時間が増えたので、どうにか持ち直した。
そういう意味ではGくんの証言通りの展開になったのだと言える。
本来選ばれるはずがなかった今代。
一掃して新たに選出される可能性は勿論あった。
そしてその一掃されるべき側には、そうなればGくんも含まれていたのだ。
好きで死にたいわけではない。
時として自ら死を選ぶ者はいるけれど、Gくんはそうではなかった。
処分されるかもしれない事態を、Gくんは何としてでも回避しなければと思ったのだ。
だからこそ必死になって仕事をこなしてきたのだから。
もし、仕事の押し付け先がGくんではなかったとしたら。
Gくんも薄々わかっているのだ。
もしそうだったなら、自分もきっと手を抜いて押し付けられる相手に面倒ごとを押し付けたであろうことを。
Gくんは本来真面目とは到底言えない存在だった。Gくんは自分の性質というものを理解していた。
自分だってあいつらと同じように働かなくていいなら働きたくなんてないし、誰かに仕事押し付けて毎日好き勝手自由に生活できるもんならそうしたい。
そういう思いは確かにあったので。
働かずに食う飯を堪能したいし、働かずに給料だけもらいたい。
そんな気持ちもあったのだ。
そんな思いが根底にあったからこそ、上に報告書をもっていった時に今回の神の代替わりが間違いであったと聞かされて。
納得したくらいだ。あぁ、そりゃそうか。そうじゃなければ自分が選ばれるはずもない、と。
けれど同時に。
同期の処分を任された事で。
まだ自分にはチャンスがあるとも理解した。
上手く立ち回れば、自分だけは処分を免れる。
それを理解したからこそ。
Gくんはまるで優等生みたいな顔をして他の神に助けを求めたのだ。
決して助けてくれない事を理解した上で。
そして思った通りにGくんを助ける事を断った連中のおかげで。
Gくんは勝手に自分だけ救われる事にしたのである。
ここで下手に今まで助けてもらったから次は自分たちの番だ、なんて言い出されてしまえば、Gくんの目論みは全て水の泡となるところであった。
上が処分を考えてる事をGくんが皆に伝えたと思われて、それこそ少しの間は様子見されたかもしれないが、最終的にはそうなれば纏めて処分されただろう。だって今回の代替わりは失敗だったのだから。
失敗だったけれど、その中で一つだけ上手くいった例の一つとしてGくんは生き残るチャンスを得た。
そこまで小細工をする必要はなかったけれど、それでも万が一の事もあったから。
Gくんは自分だけが救われるためだけに、そうなるように仕向けたのである。
そしてその結果は、どうにかGくんが望んだ通りとなった。
自分で処分しておいてなんだが、自分がああならなくて本当に良かったと思えた。
ありがとう、クズのままでいてくれて。
ありがとう、おかげできみたちを使って自分が救われる事になんの罪悪感も抱かなくて済んだ。
ありがとう、おかげで自分だけはまだ生き残る事ができた。
それじゃあ、きみたちの事は教訓として胸に刻んでおくよ。
今回は生き残る事ができたけど、次がどうなるかはわからないから。
そう心の中で思って、Gくんは同期だった連中の顔をさっさと忘れる事にする。
覚えておくべきは、奴らのクズさ加減だけだ。
彼らと同じ過ちをしでかさないように、それだけ気を付けておけばいい。
「さて、と。
それじゃ、今日もお仕事頑張るかぁ」
そんな風に呟いて。
消えてしまった同期たちの事なんて本当にさっさと忘れて、Gくんは何事もなかったかのように本来の仕事に戻るのだった。
まぁ、本当は働きたくなんてないんだけどね。
でも、死にたくはないから。
そんな本音はそっと心の奥底にしまい込んで。
GくんのGはゴッドのGではなくガッデムファッキン野郎のG、もしくはグランドクソ野郎のGです( ◜ᴗ¯)
次回短編予告
魅了魔法 婚約破棄 真実の愛
ときて何故か恋愛ジャンルにならない話。