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EP01 少女の花占い-1

初めまして。死別による悲しみと立ち直りをテーマにした終末世界の作品を書いていきます。よろしくお願いします。

モチベ継続のため、ブクマ等頂けるととても喜びます。

 


「うん」


「うん」


「そうだね」



 街外れにある、生活感の失われた無人の廃屋。建物は崩れ切っており、跡形は殆ど残っていない。

 風化したコンクリートから、錆びた鉄が突き出している。扉があったであろう場所を繋ぐように、大きな庭が広がっていた。


 そこで、一人の少女が何やら話しているようだ。

 まるで秘境のような、お花畑の庭の上。辺りの土壌は完全に腐食しきっているが、不思議とこの場所だけは草花が生い茂っていた。


 そこには大量の白ユリが咲き乱れていた。必死に生き永らえようと根を張り続けるその姿から、生に執着する人間のような光景が垣間見えた。



「うん」


「実は私も、用意してきたんだ」



 少女は、一輪の白い花を片手に供えて、透き通った声でどこか心苦しそうに微笑んでいる。



「綺麗だよね。この花」



 少女は一輪の白ユリの花を前に掲げた。



「あなたにあげようと思って」



 そこに、大きな風が吹いた。拍子に、少女の髪がふわっと跳ね上がった。続くように、花の花弁も飛んでいく。


 ふと少女は我に返ったようだ。花弁のない花を唖然と見つめて、どこか落ち着かなさそうにズっと眉を落とした。


 つぼみだけになっても尚、花は風に揺られ続けている。少女の赤い髪もまた風に揺られ続けている。遠くの空で、風に乗って羽ばたく鳥の群れが見えた。


 立て続けに強い風が吹く。山奥に見える錆び付いた風車も、真似をするように動き始める。


 赤髪の少女は立ち上がり、生気のない表情で空を見上げた。

 目に映るのは青い快晴。雲ひとつないスカイブルーの空。爽快な気分になるはずの景色なのに、少女の心はどこかすっきりしないのだ。



 どうやらドクンドクンと、早鐘が鳴っているみたいだ。何故だろうと疑問に思う。どうすれば止められるのかと、必死に考えてみる。

 そうして最後に、こういうものなのだと受け入れた。

 少女の体温は、顔が赤くなるまでに上昇していた。


 一人で踵を返して、風の流れに逆らって歩き始めた。その場には、少女以外誰一人としていなかった。一体、誰と話していたのだろうか。


 長い一本の帰路を辿り、多くの人が幸福の象徴と呼ぶ場所に戻る。だが、少女にとっての安らぎの地は、今いるこの場所だけであった。




 ―




 第二都市「レイブン」。そこは、標高4000mを越える現世最大の都市「ロイス」に立つ大橋の向こうに続いていた。


 世界が黒に染められて256年後の今。人口の九割以上が失われ、残された人間だけで助け合う生活を求められた現在。

 未知の病原体に免疫のない多くの人類は、黒色に結晶化し、人を喰い殺す怪物へと変貌した。

 人々は結晶化した黒き者達を、むくろと呼んだ。


 骸という死神は、無数の有毒な霧を生み出した。そして、地球にある99%以上の大地を霧に包んでしまったそうだ。


 そんな世の中になっても尚、群れにそぐわない人間は存在するもの。


 死への感性が欠落した少女は、この世界に適応できず孤独に過ごしていた。




「今日はここまで! 予習、復習は忘れないように! 以上!」



 ドゴォォォン。

 窓の向こうで(さえず)る鳥も逃げ去る程の大声。同時に、爆発の様な開閉音が教室に響き渡った。チョークの粉も、踊るようにして舞い上がった。

 これは、いつも通りの脈絡のない授業が終わった合図だった。


 この音を聞くや否や、周囲の歳の違う十代の子供達が、去ったばかりの教員の愚痴をこぼし始める。彼らは立て続けに席を立ち、複数のグループに分裂し、あちこちで群がり始めた。

 一人の少女は慌てふためく事もなく、平静とただ下を向いてノートにまとめた授業の内容を無言で復唱していた。


 自身がどこにも属さない独り身である事は、勿論自覚していた。しかし、それについては特に思い悩むことはなかった。

 親友なんて言い合える仲の良い人間はいないが、時々授業のノートを見せてほしいと頼まれることがある。周りの役に立てているのなら、少女はそれで充分だと思っていた。


 だから、不満はなかった。

 それに、そんな事をどうでも良いと振り払える程に、少女には思い悩む事があったのだ。


 今日も同じように、誰かが少女の元に駆け寄った。



「ごめん! ノート貸してくれない?」



 それは目の前にいる一人の好少年だった。少女は、この好青年に思いを寄せていた。


 とっさに顔を伏せて、引き腰になってしまう。目の前に彼がいるのに、恥ずかしくて顔を上げられない。俯いたまま、ノートを震わせながら手渡してしまった。彼は特に気にする事なく、「ありがとう」と手を交わして少女の元から離れていく。


 驚きと嬉しさで、可笑しくなりそうだった。顔は真っ赤になり、触れられた手の感触が無くなる気がしない。ずっとこの感情を味わっていたいと思った。


 でも、やがてチャイムが鳴って、授業が始まって、終わって、繰り返して、太陽が沈み始めた頃くらいに、この胸の高鳴りは消えることになる。



 下校時間になった夕方。学校から帰る直前に、他の女子生徒から教室に呼び出された。


 一見は緩やかに微笑んでいたが、目元が緩んでいなかったので、予感はしていた。その場しのぎの口実を述べたが、念を押されてしまい断念した。


 女の歩くスピードがとても速い。少女も駆け足で女に合わせる。

 教室に顔を出した途端、少女の不安は確信に変わる。目の前の女の顔は笑っていない。むしろ、憎たらしいものを見るような目つきで、睨み付けられている気がした。

 少女は咄嗟に目を逸らした。


「どうか、したの?」


 少女は恐怖に負けておどおどと聞いた。女の視線を感じたが、女の目を見る勇気がない。怖い。顔を逸らしたまま、返事を待ち続けた。


「あのさぁ」


 女の威圧的な口調が室内に響いた。と同時に、一冊のボロ切れになった何かが地面に叩きつけられた。少女は、反射的にそれに目を移してしまう。



「あ……」



 自分のノートだった。それも、彼に貸したはずの物。



「彼と関わるの、やめてくんない?」

「え」


「『あ』とか『え』じゃなくってさ。やめてくんないかな? 関わるの。私の彼だから」

「うん、ごめん」



 聞きたくない真実を聞いて、少女の頭はフリーズしてしまった。よく話しかけてくれる彼には、もうすでに相手がいるようだ。

 そしてその相手に、今ここで下剋上を差し出された。今まで勝手に理想のまま盲信していた自分がとても恥ずかしくなった。


「あとあんたさ。頼られてると思ってるでしょ?」


 なんの話だろうかと思い、俯いたまま首を傾げる。


「この際言っとくけど、良い加減気付きなよ。どうしてそんなナリで皆に頼られてるなんて思える訳? どう考えても使われてるだけだっての」


 捨て台詞と言わんばかりに女は鋭い言葉を少女に吐きつけた。少女の顔を見向きもせずに、女はそそくさと教室を踵を返し、少女を残したまま教室を出ていく。

 大きな開閉音とともに、少女と女と彼との空間が遮断された。


 少女は、何も言い返せなかった。しばらく、そのまま唖然と突っ立っていた。




 ―




 後日、彼から謝罪の言葉をかけられることになる。ノートをなくしてしまってごめんなさいと。

 少女は大丈夫だよと冷たく微笑んだ。どこか別の方向から視線を感じ取ったから。本当の事は何も言出せなかった。

 彼のせいじゃないと言いたかったけど、それを言い出す勇気がなかった。恐怖心に負けてしまう。怖気付いた自分が悔しかった。


 大きなため息をついて、少女は落ち着かない足取りで学校を出る。

 家までの短い道のりが、今までで一番長かった。



「ただいま」


「すごいわ!」

「やったな!」



 扉を開けると、両親の嬉しそうな声が聞こえてくる。帰宅した少女には目もくれず、もう一人の小さな子供を褒め続けている。褒められている対象も、嬉しそうに微笑んでいるのが声のトーンで分かる。


 ふと、それと少女の目が合ってしまう。



 おかえり!お姉ちゃん!



 視線の先にいるそれは、そんな無垢で残酷な言葉を健気に発した。褒められている子供は、少女の妹だ。

 それ以上でもそれ以下でもない、血の繋がりのないただの妹。


 視線と声につられて、妹の両親も少女に目を向ける。少女は、三人から視線を逸らした。



「なんだ、帰ってきてたのか」

「帰ってきたのなら、いいなさいよ」


「いや、さっき言って」


「なに?」


「いや……ごめんなさい」



 途中で声が掠れてしまう。まともに言葉が発せられなくなって、結局いつものように謝った。

 その場に居た堪れなくなって、三人のいる部屋とは真逆の自室へと駆け足で向かった。



 扉を閉めたところでどっと脱力して、膝から崩れ落ちた。そのはずみに、片手に下げていた重い鞄が、大きな音を立てて下に落ちた。カバンの中から、戦闘訓練で使った鉄製のナイフが流れ出てきた。


 ナイフに自分の情けの無い姿が映り込んでいる。赤色の髪は汚い朱色に変色し、伸び切った髪が散り散りに乱れていた。

 眼の下にある黒い隈は消えることなく、少女の心をさらに深い闇へと堕とし込んだ。


 悲しくも、あの女の言ったこんなナリだと自身でも納得した。



 少女は唇を大きく噛み締めた。ナイフに映る自分を見て、何かを抑えようと必死に噛み締めた。

 気付けば、少女の目が、雨粒で溢れかえっている。どうやら決壊したようだ。


 目からこぼれ落ちる涙を、必死に両腕で拭い取ろうとする。服がびしょ濡れになっても、構わない。それで義父母に怒られたって、関係ない。

 今は、どうでもいい。学校も、周りの人も、彼もその女も、仮の家族もなにもかも、どうでもいい。

 どうでも良くなった。

 どうでも良くなって欲しい。

 どうでも良くなればいいのに。


「何もかも全部、なくなって仕舞えばいいのに」


 少女は地面に突っ伏したまま、虚ろな表情でぽつりと呟いた。

 何時間続いたろう。泣き疲れた少女は、知らぬ間に泥のように眠ってしまった。夕食も課題も明日の支度も済まさずに。


 そうして朝になって、父親に物理的に叩き起こされるところから一日が始まり、いつも通りの毎日が始まった。少女には、自分の居場所がどこにもなかった。




 ―




 少女は今日も、安らぎの地にいた。

 人気が全くなく、無造作に瓦礫が散らばった廃屋。地面には、さびれた危険区域を示す看板が寂しそうに倒れていた。

 何年前のものだろうか。見るに耐えないほど、酷く錆び付いている。まるで今の自分を見ているようで、物凄く心が痛い。気を紛らせようと、いつものように花を探した。


 綺麗な花を見つけたら、一本だけ貰う。そして、綺麗な青空を見上げるのだ。そうしていると、少しだけ心が和らいでいく気がする。

 彼との会話を想像したかったけど、今日はそんな気分じゃない。何も言葉を発する気にもならない。



 やがて、雲行きが怪しくなってきた。青色の空が、だんだんと灰色に変色していくのが分かった。不穏な兆しだった。普段なら急いで帰る準備をするのだが、今日は不思議とその気にならなかった。もう良いやと思った。


 やがて色素が全て抜け落ち、灰色の霧に包まれていくのが分かった。日中なので、かろうじてぼやけた視界は確認できる。

 霧の中から気配がした。それは、真っ黒なフォルムで、苦しそうで悲しそうな、小さな呻き声を上げていた。



「こんにちは、私はここにいるよ」



 そいつには、視力が存在しない。ただ、聴力は非常に鋭く、音に敏感に反応するようだ。


 黒いそれは少女の方へよだれを垂らしながら朧げに歩いてくる。殺意に満ちて向かってくるそれに、少女は喜んで目を合わせる。


 アイコンタクトに喜んでくれたのか、それは歯を剥き出して、少女の肩に飛びかかった。



「ごめんね。ありがとう」



 少女は身を躱わし、軽やかなステップで背後に回り込む。何かが刺さる音がかすかに鳴った。人型のそれは小さな断末魔を立てて地面に倒れ込み、辺りには黒く変色した血が滴っていた。



 少女は、彼らには喜んで声を出すことができた。怖気付かずにはっきりと話せた。彼らには躊躇せず視線を向けられた。


 奴らは目が見えないから。少女の嫌いな視線を向けられないから。



「私って、死人としか友達になれないのかな」



 返り血を頬に浴びた真っ赤な少女が、寂しそうに微笑んだ。

 静かな霧に包まれながら、少女は朽ち果てたそれに向けて祈念のない黙祷を雑に交わすのだった。


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