01「あう、まちで」⑧
「なんか意外と普通の人だったな……」
「幽霊と言えど元はただの人間だもの」
「一件落着、だよな」
「良かったわね聡明君、恐怖を克服できて」
「そういえばそうだな」
「人間は自分が知らない未知のものに恐怖や不安を抱く。私の言った通りでしょ」
幽霊であることには変わりはないが、落ち武者は結局のところ仮装した家族思いのサラリーマンだった。今となって考えてみれば、それに恐怖を抱いていた自分がバカバカしく思える。
「ところで星波、幽霊って普通の人にも見えるものなのか?」
霊感とかがないと見えないっていうのは、フィクションの設定なのだろうか。
「大抵の幽霊は見えないわよ。でも今回の落ち武者は違うわ、あの幽霊は怖がられて工事を中止にさせるのが目的だった。だから見られたいっていう念が強くて、誰にでも見られるようになった。ということよ」
「なるほどな。ということは見えない幽霊もいるってことか」
「そうよ、あなたのような一般人にはほとんどの幽霊は見えないわ。私は見えるけどね」
なぜだろう、中学二年生のときの俺を思い出してしまうのは。
「そういえば、あなたの家族にはなんて説明するのかしら」
「ああ、たしかに」
爛と親父にも落ち武者はもういなくなった、と伝えておかねば。
しかしどう説明する? 落ち武者はもういなくなったと説明するにはまず星波のことを説明しないと………しかしあの二人だ。俺が女子高生と二人で成仏させた、なんて言ったら真っ先に女子高生というワードに食いつくだろう。そしてその関係をしつこく聞かれる俺の姿が容易に想像できる。
「なあ星波……」
「なに、聡明君」
一応聞いておかねば。
「俺とお前って……どういう関係?」
「それってどういう意味で言ってるの」
星波はまったく表情を変えずに聞き返す。
「あ、いや別にそういうわけじゃ……」
「……手助けした側と、された側? かしら」
まあそうだろう、その通りだ。
変な期待をした俺が馬鹿だった。
「それにしても今回の件は全然手応えなかったわね」
「……それはお前だけだ」
俺は昨日初めて幽霊を見たんだ。日ごろ幽霊の成仏を手助けしている星波にとっては大した事件ではなかったかもしれないが、俺は過去を振り返ってもこれ以上に疲れたことはない。
「お疲れみたいね」
「一般市民である証拠だ」
今日の疲れは今までに感じたことのないほどの異常なものだった。今までの引きこもり生活による体力の低下のせいもあるだろうだろう。
しかし、それと同時に達成感もあった。
なぜなのだろう。昨日と今日で久々に外の空気を吸ったからだろうか。はたまた人生で初めて幽霊と会話し、成仏を見届けたからだろうか。それとも…………
「それじゃあね、聡明君」
星波はそう言い、公園の出口へ向かって歩き出す。
「え、ちょっと……星波」
「私の仕事は終わったわ。あの幽霊も成仏できたし、あなたも恐怖を克服できた。これでなにもかも終わりよ」
「それはそうなんだが……」
正直なところ俺は星波といて楽しかった。
今朝、ドアを開けるまではこんなことになるなんて思ってもいなかった。
少し前の俺だったら、翌日のことなんて容易に想像できた。退屈な日常を嫌い、引きこもって、だからといって何かを成し遂げようともせずに、ダラダラと時間を潰す。
退屈から逃れることが出来なかった。
しかし今日、俺の世界が変わった。ドアを開けると星波が待っていた。星波は刺激的で一緒にいて楽しい。星波は退屈さを吹き飛ばしてくれた。だけど星波からしてみたら、俺は今日限りの仕事の付き添い。今日初めて出会ったのに、用が済んだらその日のうちに別れる。友達でもなんでもないのだから。
ここで別れても、もしかしたら高校でも会えるかもしれない。会えばまた楽しいひと時を与えてくれるのかもしれない。
でも、
「星波!」
もっと星波のことを知りたい。星波の仕事のことを知りたい。幽霊のことを知りたい。退屈から抜け出したい。俺は変わりたい。
「俺を……」
強欲かもしれないが、それともう一つ。
「弟子にしてくれ!」
俺は星波ともう少しだけ一緒にいたい。
数秒間の静寂が公園を包む。
俺、もしかしてやらかした? 嫌われた? 自分でもわかる、今のは変だった。友達になってくれ、とか言うのが普通なのかもしれない。
「いいわよ」
これが星波の返事だった。
俺は自分自身と星波に驚く。
「ええ、面白いもの。聡明君は」