01「あう、まちで」⑦
俺は生唾を飲んだ。
「落ち武者さん、あなたの目的を話してちょうだい」
星波が再び落ち武者に話しかける。
「……僕は小学生の息子がいました」
落ち武者は語る。
「息子はこの公園が好きで、週末はいつもここに来ていました。それは平日の仕事のストレスを吹き飛ばす楽しい時間でした」
しかし、と落ち武者は続ける。
「ある日突然、息子は交通事故で他界しました。妻も五年前に亡くしており、僕は独り身になってしまいました。それから一年しても僕は毎週末、一人でこの公園に来ていました。息子との大切な思い出の場所なのですから。しかしつい最近のことです、この公園が工事でなくなるとの話を聞きました。理由は少子化。そんなことあってはならない!息子との思い出の場所がなくなるなんて! そう思ったのですが、一端のサラリーマンではどうすることも出来ません。それでも僕は工事を止めたかった。それで思いついたのです、この公園で心霊現象が起きれば人々は恐れ、工事は中止になると」
「「…………」」
え、今なんて?
「あなた、本物の落ち武者じゃないのね」
星波も俺と同じことを疑問に思ったらしい。
「はい。これは昔忘年会で使った時の出し物のコスプレです。鎧も偽物ですし、この頭に刺さってるように見える矢もこの通りとれます」
そう言って取り外す。頭に貫通する部分がなく、側頭部にくっつけるものだった。
「それで話の続きですが、私はこの格好で昼間公園に向かいました。そしたら突然、トラックに轢かれて……でも僕は成仏できずにこの世に残ってしまいました。それで僕は自分の使命のため、成仏するためにここに来た人達を怖がらせているのです」
男の話は終わった。
「分かったわ、私があなたの成仏を手伝ってあげる」
「まてよ星波、成仏させるってことは公園の工事を中止にするってことなんじゃないのか」
「ええ、その通りよ。理解が早いのね」
だが、いったいどうやって……
「言ったでしょ、私はこの町の警察にコネがあるのよ」
星波はそう言って携帯電話を取り出し、電話をし始める。
「あ、もしもし山中さん? 三丁目の公園の落ち武者の件なんだけど、土地が問題っぽいわ。公園の工事があるでしょう? それでここを工事すると何が起きるかわからないから、工事を中止にするよう何とかしてもらえる? お願いね。じゃ」
星波は通話を切る。
「今ので解決したのですか?」
落ち武者は声を震わせる。
「ええ、巫女みたいな私が直接止めようとするよりも国家権力を利用した方が確実でしょ」
「ありがとうございます……」
落ち武者の体が透けてきている。
「警察のコネを使って電話一本で工事を止められるのは驚きだけどな」
これも巫女…みたいな星波が、警察から信頼されているからこそ成せる業。
その警察に『土地に問題がある』と嘘を言って動かした。でも警察が星波に今回の件を頼ったのだから、その嘘は知られない。
「あ、そうだ落ち武者さん。あなたはもうすぐ成仏するでしょう…でもその前に公園の砂、持っていかない?」
星波はカバンからシャベルと瓶を取り出す。
こんなものまで持ち歩ち歩いていたとは。
「はい……持っていきます」
「甲子園の砂か」
「公園の砂ね」
星波の言葉遊びはさておき、いい案だと俺は素直に思った。
二人は瓶にブランコ前の砂をつめる。
「本当にありがとうございます……僕は家族のところに行きます。お元気で……」
落ち武者の体は段々と透けてゆき、やがて手に瓶を持ったまま静かに消えた。