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開け方、北極星と航る  作者: 澄乃しろ
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01「あう、まちで」⑤

「どうもこんにちは」

 見知らぬ美少女は無表情で俺にあいさつをする。

「あ、えっと、どうも」

 友達でもなければ親戚でもない、初対面の人。

 俺は突然の出来事にしどろもどろになる。

「あなたは斑矢聡明くん?」

「そうですが…」

「昨日、あなたが会った落ち武者の件で話がある」

 なんでそれを知っているんだ……昨日のことを知っているのは爛と親父と通報した警察だけのはず。ということは目の前の美少女は警察官なのか?

「あなたもしかして、警察の方ですか?」

「違うわ」

 即答された。

「どう見てもあなたと年も同じ高校生よ。それに警察手帳なんか見せてないでしょう」

 まったく、と言われた。

「じゃあどちら様でしょうか……」

「あまり素性は話したくないわ。でも強いて言うなら巫女みたいなものね」

 いや、怪しすぎるだろ。

「……そうですか」

「ええ、妹さんは?」

「あいつは今部活でいません」

 なんでこいつ俺に妹がいることを知っているんだ?

「そう。あなたと一緒に妹さんも巻き込まれたって警察に聞いたんだけど、いないならしょうがないわ」

「警察に聞いた……?」

 それが本当なら個人情報漏洩もいいとことだ。訴訟ものだぞ。

「あ、なんでもないわ。こっちの話」

「………」

 すごい気になる。

「家上がってもいいかしら」

 彼女のセリフか。

「いやあ…それはちょっと……」

 俺も警戒心はある。美少女といえど自称巫女を家に入れるのは流石に不安だ。だが、

「家、入るわね」

 彼女はそう言い、玄関に入り靴を脱ぎだす。だが、俺はそれを止められなかった。

 今までの引きこもり生活で初対面のコミュニケーション能力がいつの間にか落ち、こうやって押しが強い人の要求を拒否できなくなってしまっているらしい。

「リビングは左です……」

 もうこうなっては仕方がない。彼女も一応警察の協力者らしいし、流石にへたなことはしないだろう。しないでほしい。

「部屋広いわね」

 彼女はそう言う。そんなこと心底どうでもいいので、早く落ち武者の話をして早く帰ってほしい。

 いくら美少女とはいえ俺の中ではまだ警戒心は解けていない。

「お茶でも飲みましょうか」

 それ、客人のセリフではない気がするが、そもそも客人とも見なしてない。そんなことを思いつつも、断る理由も思いつかず俺はお茶を沸かす。

「……お菓子なんかもどうですか」

「いいわね、私おせんべい食べたい」

 機嫌でも取ろうと思っていたが、この人は遠慮というものを知らないのか。顔が良ければすべて許されるとでも思っているのか。

「……どうぞ」

 俺はお茶と要望通りせんべいを出す。

「じゃあ乾杯」

「え?」

 お茶で乾杯とはなんなんだ。しかも別に何かめでたいことがあったわけでもないというのに……

「乾杯の起源って知ってる?昔どっかの国発祥らしいのだけれど、グラスを互いにぶつけて飲み物を混ぜ、毒が入っていないか確認するために始まったらしいわ」

「はあ」

「つまりは信頼関係を確認するためのものよ」

 と淡々に語られた。

 この人から見たら俺は警戒されているのだろうか。疑うのは逆の立場の俺の方が筋が通っていると思うが。

 毒を入れたわけでもないので別に乾杯してもいいだろう。

「「乾杯」」

 コツ、と鈍い音がして互いの飲み物が混ざる。

「意外とおいしいじゃない」

「ども…」

 リビングで 知らない美女と 茶会かな

 そんなくだらない五七五を考えている場合ではない。俺は落ち武者の件、それに彼女の素性について話を振ろうかと思った。だが最初に口を開いたのは彼女の方だった。

「私、のぞみ星波希ほしなみのぞみ

 そういえば自己紹介をしていなかった、手短に済まそう。

「俺は……」

「斑矢聡明。年齢十七歳、学校は灯来高校。知ってるわ」

 そういえば彼女、星波は俺のことを知っているのだった。

「あとタメ語でいいわ、同い年でしょ」

 高校生で年も同じと言っていたが、果たして星波は本当に高校生なのだろうか。それに高校生にしてはやけに大人っぽいが、都会から来たのだろうか。

 それはさておき、そろそろ本題に入ろう。

「星波……巫女って言うけどいったい何をしているんだ」

 俺はただ彼女を〝星波〟と呼んだ。下の名前で呼ぶのも初対面では距離が近い気がしたし、〝さん〟付けするのもなんだか癪だし、だからといって〝ちゃん〟付けは幼稚な感じがした。

 だから〝星波〟と呼ぶ。

「そうね〝聡明君〟巫女って聞くと神の使いみたいなイメージがあると思うの。それはそうなんだけど私は巫女だけど巫女じゃなくて、巫女もどき……みたいな?」

 星波はそう言い首をかしげる。いや一番理解できてないのは俺の方だから。

「……まあ肩書は重要ではないわ。重要なのは何をするのかでしょう。私の仕事は霊を成仏させる、それだけよ」

 なるほど。にわかには信じがたいが、昨日突然現れ突然消えた落ち武者を見た、今日の俺なら半ば信じられる。

 星波が何者であろうと、目的は大体分かった。

「それと、なぜ警察から俺のことを聞けたんだ」

 この質問をしたのは迂闊だったかもしれない。もしかしたら表に出してはいけない話で、それを知った俺は消される———俺はそんな想像をしたが、

「ああ私、警察のお得意様だから。警察が困った時にはよく頼られるのよね。警察には怪奇事件に対処する力がないからね」

 無賃金だけど、と付け加えすんなりと教えてくれた。

「そ、そうなのか…」

「なんでそんなに硬直してるの?私達の信頼関係はさっき確認したでしょ」

「いや別に」

 委託するにしても国家権力として個人情報は保護してもらいたいものだが。

「あなた、落ち武者が怖いの?」

「………」

 ……本当は薄々気づいていた。俺が落ち武者に対して畏怖の念を抱いていることに。

 昨日は爛を慰めるために俺は虚勢を張っていた。怖くないなんてありえない。

 星波が家出会う直前だってそうだ。俺は何もできずにただ落ち武者のことを考え、委縮していた。

 それに起きてすぐに爛の部屋に入ったのは、爛を気遣ってのことであると同時に本当は自分のため、誰かと一緒にいれば安心できるかもしれないと思ってのことなのかもしれない。

「人はなぜ怖がるのか、何に怖がるのか、あなたには分かる?」

 星波が突然そんな哲学的かつ心理的なことを語り始める。

「未知のもの。それに人々は恐れ、不安を抱く」

 星波は俺の答えを待たずに続ける。

「例えば私。あなたは私がこの家に訪れた時、あなたは警戒し委縮した。しかし、私が巫女であること。その仕事のためにこの家に訪れたこと。町の警察と協力関係にあること。それらの情報を聞いてあなたの緊張は和らいだんじゃないの?」

 特に私が女子高生であるという情報が一番効いていたけどね、と付け加える。

 たしかにそうだ。今の俺は星波に対して警戒心が和らいでいる。それは今聞いた通り、星波のおおまかな事情と正体を知ったからだ。

 そして今、振り出しに戻った。落ち武者のことだけを考えていた今朝に戻った。いやむしろ良い方向に向かっている。

だがここで疑問が湧いてくる。

「なあ星波、その論理は理解できた。だが何も知らないはずの妹と親父はあまり怖がってるように見えなかったが」

 星波いわく人は未知のものに恐怖する。しかし爛と親父はどうだ? 特に爛だ。爛は俺と同じく直接落ち武者を見た。そして怖がった、少なくともその時は俺よりも怖がっていた。だが今朝の調子を見ると、今だ未知の存在であろうものに怖がっている様子はない。ということは———

「平然を装っていたんじゃないかしら」

 やはりその答えが返ってくる。だが星波は「もしくは」と続ける。

「忙しい、っていうのもあるかもしれないわ」

 想像もしなかった答えだ。

「忙しいから何なんだよ」

「忙しいっていうのは、その自分のやることで頭がいっぱいなのよ。つまりそんな恐怖や不安に駆られる余裕がないっていうことなのよ」

 つまり自分のやるべきことで忙しい人は、自分ではどうすることも出来そうにない不安や恐怖で無駄に神経を削っている場合ということなのだろう。

「それでもあれは自分の忙しさよりも、優先して考えるべきだろう!」

 思わず俺は強く言ってしまう。

「急に声が大きくなるのね」

「すまん……」

「きっとあなたのお父さんと妹さんは割り切りが上手なのよ。自分ではどうすることも出来ないものは諦める。自分が今できること、何をするべきかを常に優先順位をつけている」

 そういうことか。今反論したのは自分が否定されたような気がしたからだ。特に何をしたいわけでもなく引きこもり、俺の頭の中が空っぽになっていることを逆説的に証明された気がして、気が立ったのか。

「そうなのか」

「ええ、多分ね」

 星波が茶をすすり、机に置く。

「そろそろ本題に入ろうかしら」

「そうだな」

 星波がここを訪ねた理由、それは落ち武者についての情報収集。

 不審な形の来訪で俺は警戒し、星波に早く帰ってほしいと思っていたが今は違う。

「俺も落ち武者の正体が知りたい」

 おそらくこれが最初で最後の機会だろう。

「いいわ、あなたも知っておかないと気が気でなさそうだから。一緒にこの怪事件を解決しましょう」

 これは恐怖を克服するための機会、俺はそう捉えた。

「聞かせてもらうわ、昨日のこと」

「あまり役に立つ情報ではない気がするが順を追って話す。昨日の朝、俺と妹は散歩のついでに学校で噂の落ち武者の正体を探るべく三丁目の公園に向かい、そこで落ち武者に出会った」

 順を追って話すと言ったが、ただこれだけのことだから俺の説明はすぐ終わった。

「へー、男子高校生が妹と散歩ねー」

 やめろ何も言わないでくれ。

「あ、ああ仲がいいんだ」

「まあそれはさておき、それだけ?昨日の話は」

「これだけだ。妹が公園のブランコに乗ったところ、突然やつが現れた」

「なるほど……断言はできないけど、おそらく幽霊ね。実際にその現場に足を運びましょう」

 やはりそうなるか。俺だって落ち武者の正体を知りたい。だがあんな幽霊と言われたものにもう一度会いたいとも思わない。だが、

「じゃあ行くか」

 これは試練だ。

「………その前に着替えたら?」

 俺はパジャマから着替えていないことに今気づかされた。

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