01「あう、まちで」④
その日は意外にも普通に眠れた。てっきりあの落ち武者が怖くて部屋の電気も消せずに、夢の中で落ち武者に襲われる、なんてことはなかった。
「いてて」
昨日あんなに走ったせいか、ほとんど全身が筋肉痛だ。その疲れのおかげで昨晩はぐっすり眠れたという見方もあるが。
あんなに怖がっていたが、爛はよく眠れたのだろうか。
昨晩は爛が俺の部屋に入ってくるということはなかったが。
現在午前七時、水曜日。俺は今日も早起きだ。もう爛はとっくに起きているのだろうか、俺は少し心配だった。もし昨日の出来事がトラウマになって、爛が部屋から出られなくなっていたら——
「いない……」
俺が爛の部屋の覗いてみるとそこに爛の姿はなかった。
「おはよーお兄ちゃんー今日も早起きだねーもうすぐ朝ごはんできるよー」
階段の下から爛の声が聞こえる。なんだ元気そうじゃないか。
「おはよー、今行くよー」
そう言って俺は下に降り、顔を洗ってテーブルにつく。そこには親父の姿もあった。
「おはよう聡明、今日も早起きとはな」
昨日と変わらないような景色。だが例の話に触れたのは当事者ではない親父だった。
「……昨日は大変だったな」
「俺は体が筋肉痛がひどいだけだよ。それより爛の方が……」
俺はキッチンで朝ご飯を皿に盛りつける爛を見る。
「意外と元気そうだが」
「……確かに」
さっき俺を呼んだ時は顔が見えなかったが、こうして見てもやはり大丈夫そうだ。
「どうする息子よ」
親父が俺に耳打ちする。
「何をだよ」
「何をって、欄にも昨日の話題を振るかだよ」
「その話は欄にはしない方がいいんじゃないか」
昨日、帰ってきた親父に落ち武者の話をした。俺が言うとまったく信じてもらえなかったが、欄が真剣な眼差しで話すとすんなりと信じてくれた……というのは置いて。親父はその後、携帯で通報してくれた。
爛にその件の詳細を話させるのは酷だろうと思い、俺が代わりに携帯越しに警察に説明した。
「おまたせー」
爛がそう言いながら朝食を持ってくる。昨日も思ったが朝食を家族三人で食べるとなんだか落ち着く。
「「「ごちそうさまでした」」」
「じゃあ仕事行ってくる」
朝食後、親父はそう言い家を出る。
バタンと玄関のドアが閉まる。
「ねえお兄ちゃん……」
いつも通りの表情、いつも通りの声のトーンで爛に話しかけられる。
「どした?」
「昨日はよく眠れた?」
「え、ああうん」
「良かったーお兄ちゃん、怖くて眠れなかったのかと思ったよ」
「お前こそよく眠れたのか?」
「うん、意外にもぐっすり」
「それは良かった」
「昨日のことなんだけど…昨日こそちょっぴり怖かったけど、寝たら全部あたしのなかで整理されて今は心も頭もスッキリしてるよ」
見た感じも、爛の話を聞いてもどうやら本当に元気らしい。
「じゃああたし部活行ってくるね」
爛はそう言い、家を出る。
実は爛は俺と違って部活に加入しており、灯来高校の女子バスケ部の一員である。しかも俺と違って体力もあり、一年生にしてチームのエースである。
そんな女子バスケ部は大会が近い。昨日まではずっとバスケのことしか頭になさそうだったが、昨日の一件でそれどころではなくなった——のだと思っていたが、おそらく爛は昨日のことを考えてもどうしようもない、だから切り替えてまたバスケに集中しよう。と割り切ったのだろう。
「関心するな……」
俺は思わずつぶやく。そういえば親父もいつも通り仕事に行った。
よくいつも通りの生活できるものだ。
俺はそれだけ思い、自室に戻る。
二人とは違い昨日の落ち武者のことを考える。だがいくら考えたところで机上の空論。
未知のものは未知のまま。
そうやってしばらくボーっと考えていた時、インターホンが鳴った。
午前八時、丸一日が経った時だった。
俺はインターホンの音を聞いて一階に下りる。というよりさっきから何回鳴らすんだ。しかもよく聞くと何かの曲になってないか?こんなことをするのは爛か親父しかいない。
そんな安直な想像でドアスコープで外を確認せずにドアを開ける。そこには————
見知らぬ美少女が立っていた。