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開け方、北極星と航る  作者: 澄乃しろ
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01「あう、まちで」③

今から落ち武者に会いに行くというのに、俺は清々しい気分だった。

 春の暖かいそよ風に新緑の香り、美しい桜の木、そしてなによりほとんど人を見かけない。それは俺にとって都合が良い。

 妹は俺と違って学校の成績もよく、クラスでも人気者。評判が良く近所でも有名だ。俺がそんな正反対の評価を受けている妹と一緒に歩いているところを誰かに見られる、それ以上の恥さらしはない。まるで下手人だ。

「誰にも会わないって最高な気分だな」

「まるで社会から裏切られたかのようなセリフだね」

「お前には分からないだろうよ、いやこの気持ちは分かってほしくないね」

「すぐ独り善がりする」

「もう他人には何も期待してないんだよ」

「……あたしのことは?」

 爛は俯き、そんな言葉をもらす。それはズルいだろう。

「あ、いやいやいや家族は別だぜもちろん」

 俺はあわててフォローする。さっきのは失言だったか。

「ふん、もう知らなーい。お兄ちゃんのばーか。せっかくのチャンスを与えてあげたのに」

「チャンス?」

 確かにチャンスと言えばチャンスなのだろう。

 進路を決める高校三年生になる前の春休み、引きこもっていた俺を外に連れ出し、それをきっかけに学校にも登校し始める。その流れのことを言っているのだろう。

「街角で食パンをくわえたヒロインと偶然ぶつかり、運命的なひとめぼれをする。そんなラブコメ的な機会を与えてあげたのに」

「……血は争えないな」

 男手一つで育ててきたからこうなるのは必然か。

「まあ会えるかどうかは日ごろの行い次第だけどね」

「それはつまり会えないということか」

「でもあたしはまだ希望を捨ててないよ。いつかお兄ちゃんの元にも素敵な人が現れるって、お兄ちゃんを性根の真っ直ぐな人間に戻してくれる。そんな未来を妹はひそかに期待しています」

 さっきの話はどうした。日ごろの行いが悪い俺の元には現れないんじゃんかったのか。

「卵が先か鶏かっていうパラドックスみたいだね」

「その問題はパラドックスって言うほど大そうなものではないだろ」

「お兄ちゃんが真面目になって徳を積み、美少女と出会うのか。美少女がお兄ちゃんを真面目になるよう調教してくれるのか」

「なるほど運を手繰り寄せるのか、ただ待つだけか」

 上手いことを言うな。個人的には後者を所望するが。

「あ、着いた」

 俺のこれからの生き方を大きく左右するかもしれないそのパラドックスはさておき、例の三丁目の公園に着いた。

「あれ? 落ち武者いないね」

 爛はかばんからフライパン取り出し、片手に持って公園を見渡す。しかしそこには誰もいない。

「いないならいないで良いじゃねーか」

「あたしの勇気が……」

 爛はそう言い少し落ち込む。普通は安堵するものではないのか?

「まあ、せっかく来たんだからちょっと遊ぶか」

「うん!」

 一瞬で元気を取り戻す爛、その表情はどこか幼かった。

 実はこの公園、小学生の頃は爛とよく来たものだ。あの頃は俺も爛もまだ小さかった。

 一体いつからこの公園に来なくなったのだろう。

「お兄ちゃん! ブランコ乗ろう!」

 はしゃぐ妹。本当に高校生なのだろうか。たしかに爛は背が小さいが家事だって俺がやらない分、しっかりやってくれる。

「素直なやつめ」

 俺の前だからなのか。いやおそらく爛は子供の心、素直な心を失っていないから高校生になっても公園の遊具で楽しめるのだろう。

 その時だった、突然俺の背中に冷気が走る。

「きゃああああ!」

 爛の叫び声が聞こえた。俺はあわてて爛のもとへ駆け寄る。

「あ、あそこ……」

 いた。爛の指差した先に。鎧を着て頭に矢が刺さったまま竹刀を持ち、こっちを見ている落ち武者が。

 今までどこにいたのだろうか、この公園に入る時も誰かほかに人がいるか確認したし、今さっきまで人気も足音もなかった。

 これはおかしい。

「爛! 逃げるぞ!」

 俺は爛の手を引き走り出す。

 落ち武者の姿を見た瞬間察した。あれは人間ではない。幽霊を見たという経験なんてなかったが、あれはこの世のものではない。

 本物の落ち武者だ。

「はあ、はあ……」

 公園の外に出て後ろを振り返る、だがそこに落ち武者の姿はなかった。

 どこに行った、なんて考えている暇はない。今はとにかくこの場から離れるのが最優先だ。

 俺と爛はとりあえず堤防の上まで逃げてきた。日ごろ運動していない俺は休憩したかった。そこで落ち武者を察知しやすい、視界が開けた堤防の上まで来たということだ。だがここは見つけやすいうえ、見つかりやすい。

「なんでここで休むの! 家に戻ろうよ!」

「すまない……俺の体力が限界だ」

 途中まで俺は爛の手を引っ張っていたのだが、いつの間にか俺が爛に手を引かれる形になっていた……穴があったら入りたい。

「まったく、しょうがないお兄ちゃんだこと」

 自分が情けない。

「でも早くしてよね! いつあれが来るか分からないんだから」

「それなら大丈夫かもしれないぞ」

 呼吸もだんだん落ち着いてきた。それにあの場から離れ、思考もクリアになってくる。

 俺はある仮説を立てた。

「あの落ち武者に襲われた子、無事逃げ切れたんだろ」

「うんそうだけど、あたしたちはまだ分からないよ」

「あれはおそらく人を襲うというより、公園に入った人を追い払うのが目的なんだ。だからその子達も俺達のことも必要に追いかけなかった」

 持っていたのも竹刀だったしな、と俺は付け加える。

「言われてみればそうかもね」

「だろ?だからゆっくり帰ろ……」

「でも」

 爛が俺の言葉を遮る。

「怖かったよ……」

 見れば爛は泣きそうな目をしていた。

「帰ろう、爛。我が家は世界一安全だ、それは俺の失われた青春が証明している。だから安心しろ」

 俺は爛の頭をなでる。

「うん……帰ろっか」

 爛もようやく落ち着いた様だ。

「よしっ、帰ったらおれが野菜炒め作ってやるからな」

 今日はもう外食なんてせずに家で食べよう、そう提案したのだが——

「え、あ、それは嬉しいんだけど…フライパン、置いてきちゃった」

「せっかく俺が久々に料理をしようと思ったんだが、それならしょうがない。お前にもカップラーメンのうまさを知ってもらうぞ」

 爛は栄養バランスとか健康とかの食にうるさいタイプだが、今日は仕方がないだろう。こんな欄に作ってもらうのも悪いし。

「お兄ちゃん、昨日の夕飯の残りがまだあるから、それ温めて食べよう」

「……かたじけない」

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