01「あう、まちで」②
アラームの音で起きるのは久々だった。だがまだ眠気は残っている、そこで俺は思い切ってカーテンを開ける——目が焼けそうだった。
支度をするために一階へ降りる。
「おはよう」
「おはよう……ってお前は聡明か!?」
「そうだよ親父…なんか文句ある?」
「いやいやないない、ただちょっぴり珍しいだけ」
「そーかよ」
いつも(俺にとっては毎日が休日のようなものだが)平日は昼前に起き、誰もいないリビングで一人、妹が作ったご飯を食べるのだが、休日は違う。昼前に起き、朝食は別だが昼食と夕食は家族三人で食べる。だから早起きした今日は珍しいのだ。
「「「いただきます」」」
「いつぶりだろうか、三人で朝食を食べるなんて」
「ホントいつぶりだっけ?」
爛と親父はそんなことを言い俺を見つめる。
「昼と夜は一緒に食ってるだろうが」
「ふはは、それはそうだが仕事前の一日の始まりを聡明と迎えられるなんて、っていう意味だ」
「お父さん、今日はお兄ちゃんと散歩に行くんだ。一緒に行かない?」
「いいなーこんな天気のいい日に散歩なんて。だがあいにく社会人には春休みがなくてな、今日も仕事なんだ」
そうか社会人には春休みがないのだった。今日は一応平日だし、近所の大人達とも会わずに…いや待てよ、学生は休みなのだ。もし俺が妹と二人で散歩しているところを高校の知り合いにでも見られたら……俺の三年生編もひきこもるしかない。
もとより行く気はないのだが。
朝食を食べ終わり片付けをする。いつもご飯を作るのも、皿洗いをするのも爛なのだ。たまには手伝ってもいいだろう。
「爛、皿洗い手伝おうか」
「あ、いいよお兄ちゃん。それより外で準備体操でもしてて待っていてよ、久々の外出でしょ? 体を慣らしておかないと」
妹に気を使われた感じがした。だが二人で皿を洗うよりも爛一人でやった方が効率が良さそうなので、外に出る。
「今日はいい天気だな」
玄関でスーツ姿の親父がそう言う。
「春はいいよな……新しい何かが始まりそうな気がして」
「俺が三年生になって学校に通い始めるかは、今日の運しだいだけどな」
「ふはは! もしかしたら街中で偶然美少女に出会って、偶然優しくしてくれて、偶然同じ学校で、偶然三年生のクラスが同じになるかもしれないぞ」
「そんなラブコメ展開ありえないから」
「夢のない少年だなー」
もうその展開は諦めたのだ。ヒロインと運命的な出会いをして、俺を非日常へと無理やり引っ張り出す。そんなものありえない。現実では他人の人生に干渉してくるような人はいない。みんな他人に無関心なものだ。
「夢を見なくなって悪かったな」
俺はそう言い庭に出て、準備体操を始める。
「はりきってるなー」
「まあ久々の外出だし」
「そうか、じゃあ俺も」
親父はそう言い準備体操を始める。
「時間、大丈夫かよ」
「少しくらい遅刻したって大丈夫さ」
「……ほんとかよ」
今日は快晴だ。春の暖かさと日ごろの運動不足で少し汗ばむ。
「ふー気持ちがいいな」
準備体操が終わり、親父がそうつぶやく。
「じゃあ仕事に行くから、お前も行ってらっしゃい」
「ああ、いってらっしゃい」
「お前も出掛けるんだぞ」
「……いってきます」
いってらっしゃいといってきます。この言葉を使うのも久々だ。
「じゃあそろそろ行こっか」
「まだ八時なのか」
「そうよ、早起きしたら一日が長く感じるでしょ? だから朝に散歩をしようと思ったのよ」
「こりゃ人生変わるな」
いつもならこの時間は惰眠を貪っている時間だ。だが早起きした今日は違う、早起きしただけだこんなにも気分が変わるとは。
俺と爛は戸締りをし、散歩を始める。
「どっか行きたいところでもあるのか?」
「うーん特にないけど、お昼ごはんどうしよっか。せっかくの外出だし、外で食べない?」
「お前はいったい何時間散歩するつもりなんだ」
さっき家を出たのが八時だぞ?
「うーん、お兄ちゃんの体力が持つ限りかな」
「その言葉を聞いて体力が一気に削られた」
「あーでもやっぱり三丁目の公園に行きたいかも」
「それは、そのかばんに入ってるフライパンとなにか関係あるのか」
外で食べるというのは、外で料理をするという意味なのか?
「これはただの武器。実は……今あたしの学年で、ある怪談話が流行ってるの」
「怪談とか古臭いな」
「それでね、その怪談っていうのが三丁目の公園には落ち武者がいるっていうの」
「内容も古臭い……」
「しかも実際に被害にあったっていう子も何人かいて、その子の話によると公園に近づいたら突然、頭に矢が刺さっていて鎧を着たおじさんがどこからともなく現れて、その子達に竹刀で切りかかってきた……っていう話」
「その被害にあった子達は無事なのか?」
「幸いにも無事だったみたいなんだけど…その子達はその場から逃げようとしたんだって、そしたらその落ち武者の体がだんだん透けていって、最後にはスーって消えちゃったんだって」
「……気がおかしくなったんじゃないのか?」
「いや警察にも行ったらしいんだけど……落ち武者は見つからなかったんだって」
「いったいどうなってんだ」
「それでその子達怖がっちゃててね。それであたし、その落ち武者の謎を解いてやる!なんて言っちゃてさ……」
やはり爛は心優しい子だ、友達の不安を消すためにそんなこと言えるなんて。そしてすごい子だ、それを実行に移せるなんて。
俺は嘘でもそんなこと言えない。仮に言えたとしても口だけで終わってしまう。
「ごめんねお兄ちゃん、こんなことに巻き込んじゃって……でも」
「怖いんだろ」
「……うん」
そんなこと分かっている。ずっと一緒に生活してきたから分かる——妹がビビりだということに。
昨日の夜だって俺のことを心配してくれたっていうのもあるかもしれないが、おそらく本当は怪談話が怖くて眠れなかったのだろう。
「でもすごいよ。友達のために自分のビビりを克服しようとしているんだから」
「そうかな…」
「ああ、俺には到底できないことだ」
「……でもやっぱり少しだけ怖いかも」
「大丈夫だ。落ち武者が生身の人間だったとしても、幽霊だったとしても持っているのは竹刀一本だという話だったろ。それならフライパンの方が強いだろう。そう考えると、落ち武者に会うのも怖くないだろ」
「たしかに…でも一応、包丁も取ってくる!」
「それは捕まるからやめてくれ」