01 「あう、まちで」
毎日が退屈だった。
斑矢聡明、刺激が欲しかった。
俺は本当は電車で30分かかるが、ここよりかは都会で刺激があるはずの私立、島詫高校に行きたかった。だが結果は不合格。それでしょうがなく、地元の県立、灯来高校に入学した。
第一志望の高校ではなかったけれど中学よりかはマシになると期待していた。しかし所詮は田舎の県立高校、約二割の同級生が同じ中学だし、他の中学から来た生徒もほぼ全員が同じ市内。そうなるとどういう人が集まるのか、田舎くさい同じような考えの人ばかりが集まる。
これでは中学の延長ではないか。
それでも俺は待っていた。中学時代に味わえなかった刺激を与えてくれるような仲間に。
入学して一か月が経った。最初は同じ中学のやつらとしか話そうと思っていたが、全員部活に入り、各部活ごとで仲良くしていた。俺は一人で弁当を食べる日が続いた。
さらにそこから二か月が経った。いわゆる不良と呼ばれるような輩も現れ始めた。彼らは退屈そうには見えない、少なくとも俺よりは。だがあんなくだらないことやって充実だと錯覚している輩を、俺は心の中で見下していた。
八月になった。地元の小さな祭りがあった。俺は誘われなかったが。
冬休みに入った。中学のやつらとは話さなくなってしまった。みんなそれぞれの居場所が新しくできたようだ。
羨ましくなかったと言えば嘘になる。放課後毎日部活動に精を出し、楽しそうにするクラスメイトの姿を、俺はママチャリを押しながら横目で見ていた。だが俺は部活なんてやりたくない。中学も帰宅部だったし、やりたい部活もない。興味もないしやる気もない。
新しい春が来た。去年は新しい友達、まだ見ぬ刺激に少し希望を抱いていた。今ではそんなもの抱くだけ無駄だという事を分かっている。
この一年、何をしてきたのだろうと自問自答する。新たな友達ができなかった、それに中学のやつらともあまり話さなくなった。部活もやらなかったし、勉強も大してしなかった。
何もしてこなかったのだ。
俺は新学期早々、クラスメイトに見切りをつけた。その代わりアニメを見るようになった。今まで外に出なかった分、貯金があったため地元の本屋に行き、漫画とライトノベルを買うようになった。
それらを鑑賞している間は面白いというよりも、楽しいという気持ちになれた。
自分が体験できない刺激を主人公が体験してくれる、それに感情移入する。それだけが人生の唯一の楽しみだ。
それから週に一回、学校を休むようになった。それが三日に一回になり、しまいには完全に登校しなくなった。
別にいじめられていたからではない。ただ行きたくなかった。
父親と妹には迷惑をかけたと思っている。
三者面談の時、出席日数が足りない俺を留年させないよう、先生に掛け合った父親の姿は今でもはっきりと覚えている。
男手一つで二人の子供を育てるのは計り知れない苦労があるのだろう。
同じ高校で一つ下の妹、彼女は俺と正反対でクラスの人気者なのだが、あるクラスメイトが彼女に言った俺に関する一言。それに怒り、喧嘩をしたという話を父親から聞いた時には自分が情けなく思った。惨めだと思った。俺のせいで妹の評価が下がるのがつらかった。
リビングに置いてあった『不登校になった子供との接し方』という本を見つけて、心が締め付けられた。
そうやって俺の二年生編は幕を閉じた。
三年生に進級する前の春休み、俺はこのままでは駄目だという危機感を———持てなかった。結局なにもやる気が出ない。
俺はこのまま消化試合のような人生を送るのだろうか。俺はこれからもずっと何もせずに二人に迷惑をかけて生きていくのだろうか。
それは駄目だ。一人で勝手に自滅するのはいいけれど、二人に迷惑を掛けたくはない。
だがやはり体は動かない。このままでも生きていけるという甘えが脳を蝕んでいた。
考えて行動せずに終わり、それが俺だった。クズだ。最低最悪だ。もうだめだ。
俺は自室で一人、涙を流した。恥ずかしいものだ。すると、声が漏れてしまったのかドアが開き、妹の爛が俺の部屋に入ってくる。
「どうしたのお兄ちゃん?」
「……聞かないでくれ…そして部屋に入るときはノックをしてくれ…」
「あ、そうだったねごめん」
爛は俺の部屋の開けたドアをノックする。……もう意味はないのだが。
「それで、大丈夫? 泣いてるの?」
「泣いてない大丈夫だよ」
俺はベットの上でうつ伏せになり、掛布団で頭を覆い返事をする。
「大丈夫って答える人は大体大丈夫じゃないんだよ」
「俺は大丈夫だ。こんな何もしていないやつが、心に傷を負うわけがないだろう」
「いや大丈夫じゃない」
爛はきっぱりと言い切る。
「お兄ちゃん、きっと何か考え事をしてたんでしょう?」
「……そんなとこだ」
「じゃあ何もしてないってことではないじゃん」
「そうかもしれないけど、結局行動には移していない」
「……そう、でも考えるだけでもいいじゃん」
「……駄目なんだよ、それじゃあ現実は変わらない」
「そっか……」
会話が途切れる。爛は自室に戻ったのか。
「じゃあさ、お兄ちゃん最後に外に出てからどのくらい経つ?」
「ええと、1か月以上は経つな」
漫画とライトノベルを買いに、時々本屋に足を運ぶが一度に何十冊も買いだめをするため、ここしばらくは外に出ていない。
ちなみに買いだめをする理由は、外に出る頻度を減らせば同級生に出会う確率を減らせるからなのだが。
「お兄ちゃん、もしかして吸血鬼?」
「俺としては今の人生より吸血鬼の方が良かったよ」
「冗談で言ったのに、なんて悲観的な答え……」
「そんな悲観的か?良いじゃないか吸血鬼」
「よくないでしょ。お兄ちゃんが吸血鬼になったら、にんにく山盛りとんこつ背油ラーメンをもう二度と一緒に食べられなくなっちゃうんだよ」
「高二の女子には重すぎないかそれ」
そういえば欄が高校生になったばっかりの頃、一緒に家から少し遠いラーメン店に行った。だが流石にそんなハイカロリーなものを注文していた記憶はないぞ。
「……そうかにんにくが食べられなくなると、餃子も食べられなくなるのか」
「そうだよ、だから外に出て」
「ひきこもると吸血鬼になるシステムなんてこの世にはないぞ」
「たしかに」
物分かりの良い妹だ。いや、あたりまえであって欲しい常識だが。
「ふふっ、ねえお兄ちゃん?」
「どうしたそんな小悪魔みたいな笑い方して、……もしやお前、吸血鬼に——」
「元気になったね」
「……」
そりゃそうか。
「明日から春休みだから一緒に散歩でも行かない?」
「まあ、いいけど」
「じゃあ決まりね、また明日。おやすみ~」
やけに小さく可愛らしい吸血鬼は俺の自己嫌悪を吸い取り、自室に戻って行った。