三日月になった家族
「最高の旅行だったな。パパもママも大好き。私の家族は、あの満月みたいにまんまるだ」
リナは、ベッドに寝転がり、自室の窓から夜空に煌々と輝く満月を見ている。
数日前、パパとママが、サプライズ旅行と称して、リナとまだ幼稚園児のマオをディズニーリゾートに招待した。三泊四日でディズニーを満喫して、先程みんなで帰宅をしたばかり。
家族がまんまる。抽象的な独り言だ。要するに『家庭円満』と言いたかったのであろう。小学四年生ゆえに語彙に乏しいリナは、自分の家族をそんなふうに表現した。
半月ほど経ったある日。パパとママが、リナだけを二人の寝室に呼び、重大な話をした。
「リナ、落ちついて聞いて欲しい。実はパパとママは離婚をすることになった」
「ごめんね、リナ。ママは明日にはこの家を出て行くの」
だからか、だから突然あんな豪華な旅行を……。リナは、混乱する頭でしばらく考え、いくつかの素朴な疑問を両親に投げかけた。
「どうして?」
「ママは、ママである以前に、一人の女なの。いろいろあるのよ」
「マオは知っているの?」
「まだ話していない。頃合いを見てパパから話をするつもりだ」
泣き出すリナにママが言う。
「今夜がママとの最後の食事になるわ。リナ、食べたいものを言って。何が食べたい?」
「……ママの作ったタコ焼き」
リナは、嗚咽まじりでそう答えた。
家族四人で最後の夕食。ママがタコ焼きピックを巧みに使い、次々に絶品のタコ焼きを作り出していく。
そう、ママのたこ焼きは絶品だった。市販のタコ焼きの粉だけではこの味は出せない。きっと何か隠し味がある。でもママはいつも「秘密、秘密」と笑うばかりでその隠し味を教えてはくれなかった。
家族がタコ焼きを食べ終えてひと段落をすると、ママは、おもむろにリナにタコ焼きピックを持たせ、調理指導を始めた。
「え? 私が焼くの?」
「そうよ。さあ、焼きなさい」
そしてこの時、慣れない手付きでタコ焼きを作る娘を見詰めながら、ママが言った。
「白ワインよ」
「え?」
「隠し味に、白ワインを少々。忘れるな。次からは、あなたが作るのよ」
リナは真剣な面持ちでタコ焼きを作り続ける。
パパが泣き出した。
ママは険しい顔で指導を続けている。
何も知らない妹は、ただ笑っている。
窓の外には、おぼろげな三日月。
もう、まんまるではない。
ひどく欠けている。
でも、輝いていないわけではない。
ひどく欠けている。
でも、かろうじて輝いている。
挿絵は、たんばりんさんより頂きました。