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第二章 第一話

「あっ!」

 水緒が石に足を取られて(つまづ)いて転んだ。

「大丈夫か?」

 流は水緒の手を掴んで助け起こした。

「少し休もう」

 道端の岩に座るように水緒を(うなが)した。


「私のせいで全然進めないね」

「気にするな。急いでるわけじゃない」

 どうせ行く当てはないのだ。

 それに水緒と一緒にいるために保科を追い払ってあの家を出てきたのだ。

 水緒がいなければ意味はない。


 川沿いの道を進んできたら、いつの間にか大きな道に出た。

 更に進むともっと大きな道になった。

 それに伴い、すれ違う人も増えてきた。


「人がいっぱいいるね」

 水緒が流に身体を寄せてくる。

 流はずっと山の中で鬼から隠れて暮らしてきたし、それ以前に母親といた頃も他の者はいなかった。

 水緒も山奥の小さな村で育っている。

 二人ともこんなに沢山の人を見るのは初めてだった。


 水緒の足に合わせて休み休み進んでいると山道になった。

 日が暮れてきたこともあって人通りが少なくなってくる。


「今日はこの辺で……」

 休もう、と言おうとしたとき、殺気を感じて咄嗟に水緒を押し倒した。

 流の頭の上を何かが勢いよく通り過ぎた。

「このまま伏せてろ」

 水緒にそう囁くと素早く立ち上がった。

 目の前に鬼がいた。


「小僧、その娘を置いていけ」

「ふざけるな!」

 そう言うなり流は鬼に飛び掛かった。


 鬼はそれを()けると逆に流を殴り付ける。

 流が吹っ飛ばされて太い樹の幹に叩き付けられる。

 肋骨が(きし)む。

 鬼が流を無視して水緒に向かおうとした。

 急いで水緒と鬼の間に入る。


()ね」

 鬼が低い声で言った。

 流は何も言わずに爪を振りかぶる。

 それを振り下ろすより早く鬼が流を殴り付けた。

 流が地面に転がる。

 鬼が流の身体を蹴り上げる。


「くっ!」

「流ちゃん!」

「死ね!」

 鬼が流の首に爪を振り下ろした。


「流ちゃん!」

 流が鬼の爪を受けようと手を上げ掛けたとき、銀色の閃光が走り、鬼の首が飛んだ。

 驚いて見上ると刀を持った男が立っていた。

 人間だ。

 熊のように大きな男が普通の太刀よりも長めの刀を握って立っている。


 次は俺だ!


 流は急いで立ち上がると身構えた。


「あっ! あの! 違うんです! 流ちゃんは……きゃ!」

 慌てて流に駆け寄ろうとした水緒が倒れた。

「水緒!」

 流が駆け寄ろうとした時、刀を(さや)に収めた男が水緒の脇に屈み込んだ。

 男が水緒の足に手を伸ばす。


「水緒に触るな!」

 流は水緒と男の間に無理矢理割って入った。

「足を見ようとしただけだ」

 男が言った。

「しかし、こう暗くてはよく分からんな」

 そう言うと左腕で水緒を抱き上げた。

「え? あの?」

「おい!」

 流は男を見上げた。

 子供の流からしたら大抵の大人の男は自分より背が高いが、この男は特に大きい。

 保科より背も高いし身体もがっちりしている。


「人の姿に戻ったな」

 その言葉に手を見ると人間の手をしている。

「次の宿場がすぐそこだ。行くぞ」

 男はそう言うと水緒を抱えたまま歩き出した。

「……どういうつもりだ」

 流が男の後に()いて歩きながら言った。

 男の足が早いので流は小走りになる。


「お前、なんであの鬼を倒したのに、俺を殺そうとしないんだ」

「この娘、供部だろう」

「!」

 流と水緒が同時に男を見た。

「お前、人間じゃないのか!?」

 人間ではないのに自分に分からないなんて事があるのか?


「胸元に贄の印が付いている」

 水緒が慌てて着物の胸元をあわせた。

 恥ずかしそうな顔で俯いた。

 頬が赤く染まっている。


「お前は供部を守ろうとしていただろう。人間に危害を加えない者まで殺したりしない。無益(むえき)殺生(せっしょう)をする気はないのでな」

「良かった」

 水緒が安堵の笑みを浮かべた。

「…………」

 水緒はあっさり信じたみたいだが流は信用出来なかった。

 殺気はないが、そんなもの出さなくても殺すことは出来る。

 だから殺気はあまり当てにならない。

 流は男が水緒に何かしないか睨みながら歩いていた。


「お前達、名は何という。それがしは桐崎だ」

「水緒です」

「そっちの坊主が流か。どこへ向かっていた?」

「えっと……」

 水緒が流を見た。

「決めてない」

 流が答える。


「家は無いのか? 親は?」

「どっちもない」

「二人共か?」

 桐崎の問いに水緒が頷く。

「なら、それがしと来るといい」

 そう言って道を歩いて行く。


 桐崎が水緒を連れているので仕方なく流も後を()いていった。

 夜目(よめ)()く流はともかく、桐崎も提灯がないのに暗い山道を(つまづ)く様子もなく進んでいく。

 不意に道の先に灯りが見えてきた。

 夜、こんなに明るい場所は初めてだ。


 近付いて行くと建物が道の両側に連なるようになった。

 障子から明かりが漏れている。


「すごい、人も大きな家も沢山……」

 水緒が目を丸くしてきょろきょろしていた。

 流も周囲の光景に目を奪われがちになる。

 家と家が隙間なく()っている。

 こんな建て方をしているのは初めて見た。


「宿場は初めてか?」

「はい」

 水緒が頷いた。

「ここに入るぞ」

 桐崎はそう言うと建物の中に入っていった。

 流が後に続く。


「あら、桐崎様、この宿場は通り過ぎるのでは……」

 宿屋に入ると中から出てきた女が言った。

「いや、ちと事情が変わってな。女将(おかみ)、二、三日頼む」

「はい。お嬢さんは一人部屋の方がいいですか?」

 女将と呼ばれた女が桐崎に訊ねた。

「駄目だ」

 流が即答した。

「しかし子供とは言え、女子(おなご)が男と雑魚寝(ざこね)という訳にはいかんだろ」

 桐崎が困惑したように言った。

「私も流ちゃんと一緒の方が……」

 その言葉に、桐崎は仕方ない、と言うような表情で、

「だそうだから、三人一部屋にしてくれ」

 と言った。

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