積み上げたもの、押しつぶされたもの(三十と一夜の短篇第78回)
「朝は元気にあいさつをしましょう」
頭痛のする朝も、両親が喧嘩をしていた朝もいつもどおり振舞って。
病めるときも健やかなるときも、変わらず元気に振舞う癖がつきました。
「友だちにはやさしくしましょう」
たまたま同じ年に生まれ、たまたま同じ学校に通い、たまたま同じクラスに割り振られたのなら、それは他人でなくて友だち。
馬が合わない話が合わないそんな相手を友だちと呼んで、すうすうする胸を無視できるようになりました。
「人と話すときは相手の目を見て話しましょう」
人の目を見つめるのが苦手な人の存在は無し。
相手の目の奥に見える苛立ちや侮蔑を見つめながら、僕は僕を見ないふり。
「誰とでも笑顔で接しましょう」
ムカつくやつも嫌いなやつも好きな相手もいっしょくた、感情なんてどこかへぽい。
薄ら笑いが貼り付いたおかげで、笑い方も泣き方も記憶の彼方です。
「好き嫌いをなくしましょう」
味覚は置いてけぼりに栄養を詰めこむだけ。
今や何を食べても味気なく、空腹さえ僕を見放していきました。
「感謝の気持ちを忘れずに」
ありがとうございます。
おかげで僕の個性は死にました。
そうしておいてから「あなたには個性がない」と言うのは卑怯ではありませんか。
「君にしかできないことがないのなら、君でなくてもいいんだよ」
他の子が終わるのを待ちましょう、と足を止めさせたのは誰だった。
「君は君らしく振舞うべきだ」
一番にそぎ落とされたものはもう、思い出せもしない。
言われるまま積み上げて、できあがったのは立派な立派な理想像。
けれど乱立する理想像のなか、埋もれた僕はただのガラクタ。
いいや僕はガラクタですらない。
僕はもうすでに、積み上げられたものに押しつぶされて跡形もない。
ぴらみっど型あらすじ!