後編
結局、好奇心の一人歩きっていうのが正体だったか。
だが気になる事もある。奴は『この世界が本来の発祥』と言っていた。
つまりこの世界発祥の怪談が異世界に伝わり、それがまた異世界からこちらに伝わって来た。
理論上は想定されていたがやはり異世界とこちらの世界観での転生サイクルというものが存在しており、文化等も影響し合っているらしい。
ここを突き詰めていけば王国の発展に貢献できるかもしれないな。
そして気になるのはやはり元の『牛の首』がどんな話だったか、だな。
分厚いパンに肉や野菜を挟んだ『サンドウィッチ』を頬張る。
これもまた、この世界と異世界の面白い類似点を示唆する料理のひとつ。
何でも異世界じゃ『サンドイッチ伯爵』なる嫌われ者の貴族が居て、そいつの名前が付けられたらしい。
一方で、俺達の世界じゃ『砂漠の魔女』として恐れられたミルラゴが研究の片手間に食べていた軽食が由来とされているらしい。
そんな感じで異世界とのつながりは調べれば調べる程……
「うぐっ!?げぇぇ……」
口内に違和感を感じ、食べていたものを吐き出す。
「うぇぇ、な、何だよこれ!?」
吐き出したもの、そしてサンドウィッチの中には大量の蛆が沸いていた。
俺は慌てて口を洗い息を整える。
「何だよ、これ!?クソッ、あの店はお気に入りだったのにこんなもの出しやがって!衛生課に摘発して貰わないと……」
ふと、囚人の言葉が蘇る。
『追ってはダメ』だ。
「ああクソ、囚人の下らん話に惑わされるなんて俺らしくない!!」
自分の研究室にあるお気に入りの椅子にドカッと腰掛けるがその瞬間、俺の視界が加速し全身に衝撃が奔った。
「え?嘘だろ?何でだよこれ?」
この間買ったばかりの新品だぞ!?
またも囚人の言葉が思い起こされる
何か『変な事』は起きていないか?
それは『始まり』なんだからな…………
そう言えば図書館でも椅子に躓いてこけてしまったな。
いやいや、そんなのただの偶然だ。
「落ち着けよ。くだらない事で動揺するなんて俺らしくないぞ。あの囚人の思うつぼじゃないか」
だがその時だった。
研究室の外にある廊下を横切る影がすりガラスにうつった。
その頭は、まるで『牛』の様な突起を持っていて……
慌てて廊下に飛び出るがそこには何もいなかった。
「何だよ……俺は、俺はビビッてないぞ!!どうせジェイクの悪ふざけか何かだろ!チクショウ、何が『牛の首』だ。こうなったら意地でもただのデマだって証明して………」
瞬間、真横で窓ガラスが急に炸裂して俺の顔面に突き刺さった。
「ぐぇぇぇっ!?」
何が起きている!?
さっきから変な事ばかり起きてるぞ!?
いや、偶然だ。
ただのぐうぜ……
そこで気づく。
研究室内に誰かが……否、『何か』が居る。
血が目に入ってよく見えないがやはり『牛の様なシルエット』だ。
『追ってはダメ』だ。
『牛の首』は『知ってはいけない』もの。
輸入された先の異世界ではただひとり歩きする怪談に過ぎないが本来発祥であるこの世界に戻って来た時、それは『本来の力を取り戻す』。
知ってはいけない。
追いかけてはいけない。
追いかけようとすると『禁忌』が逆に追いかけてくる。
噂が広まり収束が出来なくなればそれこそ『大勢が命を落とす』。
俺の意識はそこでぷつりと途絶え、次に気づいた時は医務室のベッドだった。
「エドガー、一体何があったんだ?血まみれになって倒れていたから驚いたぞ」
ジェイクが心配そうに俺を見ている。
「なぁ、ジェイク。あの噂、どれくらい広がっている?」
「ん?ああ、『牛の……』」
「その名前は口にするな!いいか、出来る限りその噂を打ち消すんだ!別の噂を流せ!そうやって人々の記憶から無くしていくんだ!そうだな、あの囚人に協力を仰ぐんだ。女王陛下にもかけあってくれ。いいか、これは『国家の危機』だぞ!!」
□
こうして、例の物語は『禁忌』として再び封印された。
上から重ねられたのは手紙の内容を10人の人に贈らなければ不幸になるという手紙。
一時的には大流行してしまうだろうが、世間がそちらに気を取られている間に例の物語を収束させる。
すでに興味を持ってしまった俺に関しては研究した魔法を使ってあの『5音』からなる単語を認識できない様に制限を掛けた。
噂を広めようとしているものを見つけたらそいつらにも同じものをかける。
最終的には国全体にかけることも視野に入れたいが流石にそれは許可が下りないだろう。
下手な好奇心は危険である。
もしかしたら気づかない内に『禁忌』の扉を開いてしまっているかもしれないのだから……
「はぁ、疲れた……」
とりあえず、俺は好奇心を別の所に持っていくとしよう。
そうだな。あの可愛い司書さんについてもうちょっとお近づきになってみるとかいいかもな。
俺は、王立図書館へと足を運ぶのだった。