6.お留守番
体の重さが無くなった頃に別のおっさんが来た。いや、この人はおっさんと言ってはいけない気がする。
多分おっさんと同年代なんだろうけどシュッとしてるしいい匂いがする。背丈も肩幅もあるのにむさくない。
テーブルの上でトテトテ歩き周り左右正面からおっさ……お兄さんを観察する。黒に近いストレートの茶髪に長めの前髪から覗く切れ長の藍色の瞳。
(うん。かっこいい)
「キャウ」
お兄さんの正面にお座りして頷いた。
お兄さんは変な顔でロシュを見ていておっさんはデレデレしてなにか喋りながら頭を撫でてくる。多分「うちの子お利口」か「うちの子可愛い」のどちらか。
おっさんは金髪オールバックで赤っぽい茶色の瞳だ。デレデレしてなきゃモテそうだが、やっぱりどこか残念な雰囲気が滲み出てるからモテないかもしれない。
「〜〜〜、〜〜〜〜。〜〜〜〜?」
お兄さんが片手を握手の形に差し出してきた。犬に握手。
(んー……天然?)
とりあえずぽふっと頭突きしておいた。
おっさんとお兄さんの2人が親しげになにか話している。顔が全く似てないから多分兄弟とか親戚じゃないと思うが。
(友達?かな。よくわかんねーな)
首を傾げながら見ているとおっさんがまた頭を撫でてきた。
「ロシュ、〜〜〜〜〜〜〜?」
おっさんの顔を見上げると眉を下げて心配そうな顔。そしてそのままテーブルから抱き上げて床に並べられた桶に入った水や籠に入ったパン、果物を指さしてロシュに見せる。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
心配そうな顔、用意された食料。これは。
(留守番か!)
「キャウ!」
考えてみればこの数日おっさんはずっと家に居てちょっとした買い物ぐらいしか外に出ていない。仕事があるはずだ。
最初に会った時のことを考えるとモンスターの駆除とかそんな仕事だろうか。兵士では無さそう。
ゲームとか小説みたいに冒険者的な?どちらにしろ危険な仕事でロシュを連れていったら足手まといなのは分かる。
(俺ちゃんと留守番してる。おっさん怪我すんなよ)
「キャウ、キャウキュウ」
ビシッとお座りして伝えたらおっさんは益々心配そうな顔になった。
くどくどと心配顔でロシュに話しかけながら出掛ける用意をして何度も頭を撫でて、最終的にお兄さんに引きずられて家を出ていったおっさん。
「ロシュ、〜〜〜〜〜〜〜。〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
最後までなにか叫んでいた。
急に静かになった家の中でひとり。
(おっさんうるせーからなぁ)
たまにはひとりでゆっくりするのもいいものだと自分に言い聞かせて久しぶりに籠の寝床に丸くなった。寝床にはおっさんが母親の石を入れてくれているし兄弟の石も首の革紐に付いている。寂しくなんてない。
(いつ帰ってくんだろ)
3つの石に頬ずりをしたらカチリと硬い音が響いた。
―1日目―
パンを1つと果物を1つ食べた。果物はなんだかよく分からない紫色のでかいブドウみたいなやつ。噛むと中身はクリーム色でショリショリする。
(うっすいリンゴっぽい味)
―2日目―
パンを2つ食べた。パンがどんどん固くなってきているので先に食べようと思ったのと、果物は放置してた方が甘くなる気がするので明日に取っておく。
置いていった食料の量的に明日か明後日帰ってくるだろう。
(昼かな夜かな)
―3日目―
昼を過ぎてもおっさんが帰ってこなかったのでパン1つと果物1つを食べた。パンはカッチコチだったがロシュには特に問題無かった。普通に食べられる。
果物は梨が潰れたようなの。2日放置したのにこれも味が薄い。というかあまり甘くない。
(肉食いたいなー。おっさん明日かなぁ)
夜になってもおっさんは帰ってこなかった。
―4日目―
最後のパン1つを食べた。果物はまだある。
(おっさん遅いってー。帰ってきたら説教だ説教)
―5日目―
―6日目―
…………
…………
―10日目―
パンも果物もとうに無くなった。水も駄目になっているので夜中に外に出て噴水の水を飲んでいる。ご飯は台所で見つけた芋。それももう最後だ。
(もしかして……俺、捨てられた?)
生の芋をガジガジ噛みながら考えてみる。
(いやいや。家ごと捨てるとか意味わからん)
即座にその可能性を捨てた。
それにおっさんはちょっと心配になるぐらいにロシュのことが好きだ。いつもロシュを見てデレデレしている。
(でもさ、そしたら……)
死んだ、んだろうか。
(あのクソ強いおっさんが?)
だが、上には上がいると知っている。とんでもない化け物が出てきておっさんがあっさり食われる、なんてこともあるのかもしれない。
そこまで考えたところでゾワリと全身の毛が逆立った。
食べかけの芋をポロリと落として走り出す。台所脇の隙間から外に出て路地を走り大通りに出た。そのまま走り続けようとして止まる。
(どこに行けば……)
ここまでの道は知っている。おっさんと何度も来たし最近はこの場所の近くにある噴水にお世話になっていた。
でも、ここから街の外に行く道も、そもそもおっさんが街の外のどこに行ったのかも知らない。
「〜〜!〜〜〜〜!!」
子供がロシュを指さしてなにかを叫んだ。その声にビクリと震えて路地に戻り滅茶苦茶に走る。
今は夕方でまだ明るい。自分がこの世界でどういう存在なのか分からないので、昼間ひとりで街中をうろつくのはやめた方がいいと考えていたのに。
子供の声に反応した周囲の人々が振り返ってロシュを見ていた。彼らが追いかけてきて自分を捕えるんじゃないかという恐怖でロシュは息が切れるまで走り続けた。
(ここ……どこ)
まるで見覚えがない。人気が無い場所を選んで走っていたら廃墟のような場所に着いてしまった。建物はボロボロで今にも崩れそうだし道にもゴミが散乱して酷い臭いがする。
人はいる。いるけど道端に座り込んでいたり寝っ転がっていたりで周りに関心を持っていないようだ。
(スラム、か?)
そういうものがあるのは知っているが人であった頃も犬になってからも見たことは無かった。
恐る恐る進み崩れた建物の瓦礫の隙間に入って一息つく。
(おっさん。どこ行ったんだよ)
もし、本当に死んでしまっていたら。もう二度と帰ってこないなら自分はどうしたらいいんだろうか。
(カミサマはさぁ、俺に何させたいの。なんで俺、こんなんばっか……)
兄弟達の石をぎゅっと前足で抱えて眠りについた。