2.でかすぎる
開き直って子犬生活を続けスクスク成長している。多分。
見知った物が洞窟内に無いので自分のサイズが分からないが、むちむちの前足を見ると大型犬だろうなと思う。
犬を飼ったことなどないけど足が立派な犬は大きくなるとどこかで聞いた気がする。
(雑種、なんだろうけど)
山に住む野犬が血統書付きのわけがない。だが自分の兄弟達は皆真っ白なふかふか毛並みだ。
(雑種ってもっとごちゃ混ぜに生まれるんじゃないの)
その辺は断言できる程詳しくはないが、テレビで見た記憶ではブチ模様とか黒白茶色とかいろいろ……。
首を傾げて兄弟達を眺めているとモフ太郎(仮)がどうしたの?と言いたげに顔を覗き込んできてペロリと顔を舐める。反対側からもふっと頭突きされてコロンと転がった。
「クゥ、クゥン」
頭突きしてきたモフ次郎(仮)がびっくりした様子で地面に転がったタクミの顔にフンフンと鼻を近づける。転ばすつもりはなかったらしい。
(ふは。だいじょーぶだよ)
「キャウ」
モフ次郎の鼻をペロリと舐めて起き上がった。
人間だったら絶対にしないような舐めたり鼻を近づけたりの行動にも完全に慣れた。もうされるのもするのも違和感がない。
それが良いことなのか悪いことなのかは分からないが。
またモフ太郎に顔をペロペロされていると兄弟達が急に騒がしくなった。これは、と思い洞窟の入口に視線を向ける。
そこには最大の謎、母親(多分)がいた。帰ってきたのだ。
母親は口に咥えていた大きな鹿をドサリと地面に放り、あとは好きにしろと「ウォン」と子供達に声をかけて洞窟の奥に歩いていった。寝床に行ったのだろう。
途端にわっと鹿に群がる仔犬達。綺麗な毛皮が血で汚れるのも構わず夢中で食べ始めた。
(ほんとに……ほんとに野犬?野犬って鹿食うの?)
成体と思われる鹿を口に咥えて簡単に運んでくるあの母親は本当に犬なんだろうか。犬にしてはサイズがおかしい。
もし鹿が自分が思う大きさなんだとしたら、母親は体高2メートルぐらいになるんじゃ……。
(いやいや、いやいや。無いだろ)
首を振って考えるのをやめた。犬じゃなかったら何だというのか。狼だとしてもデカすぎる。多分鹿が凄く小さいんだ。自分が知らないだけでそういう種類もいるんだろう、と無理矢理自分に言い聞かせた。
そして母親も問題だが。
チラリともう酷いことになっている鹿を見た。肉を提供されるようになってからもう何度か見ている光景なのに未だに慣れない。モフ太郎もモフ次郎もタクミが尻込みしているのに付き合って傍にいてくれている。
理性が躊躇するがそれでも本能なのかなんなのか、血と肉の匂いに誘われてフラリと一歩踏み出しそのままぽてぽてと歩いていってガブリと噛み付いた。
(うぅ……うまいぃぃ)
吐き気を覚えてもいいはずの状況なのに込み上げてくるのは食欲だけだ。
タクミと同じタイミングで肉にかぶりついたモフ太郎とモフ次郎を横目で見ると獣。めっちゃ獣。
普段の癒しオーラなんか微塵も無い。きっと自分も彼ら(もしかしたら彼女ら)と同じく本能むき出しな感じなんだろうな、と思ってちょっと切なくなった。
(もう、俺は人じゃない)
そして人に戻ることは不可能だろうと思う。徐々に思考が獣寄りになってきている。そのうち血まみれで肉を貪り食うのにも躊躇しなくなるんだろう。
ボテ。ボテボタ。
変な音に意識を目の前に戻すと自分の足元に肉の塊と臓物。美味しそうだ。しかし何故。
両隣を見るとモフ太郎が口の周りを真っ赤にしてきょとんと首を傾げ、モフ次郎が鼻先で肉をこちらに押してくる。
(ちょ、おま、顔中血まみれじゃんかよ。おいこらそのまま俺舐めんな。汚れるだろ)
「キャウ、キャウゥ!」
文句を言うがモフ太郎は血まみれの口でタクミを舐めるのを止めないし、モフ次郎は余計に顔面を汚しながらグイグイ肉を押してくる。
(お前らほんっと)
こいつらと一緒なら獣生活も悪くないかもしれない。
そう思いながらまた兄弟達と一緒にお腹いっぱいになるまで肉を食べた。
もちろん食後の毛繕いも一緒に。
そんな生活を続けているとだいぶ足腰もしっかりしてきて簡単には転ばなくなった。兄弟達とちょっと乱暴なじゃれ合いをしても全然平気。
たまに加減を間違えた相手にガブリと噛まれて痛い思いもするが「キャウン!」と悲鳴を上げるとモフ次郎が突っ込んできて相手に頭突きをして助けてくれる。痛かった場所もモフ太郎がペロペロ舐めて慰めてくれて、甘やかされてるなと自覚しつつ全力で甘えている。
(俺弟ポジションなんかな)
タクミは人であった頃も三兄弟の末っ子だった。基本的に自分は甘ったれだと思っているし今の状況に何も違和感を感じない。
そんなことはありえないと思うし、性格もまるで違うのだから実際違うんだろうけど。なんだか前世の兄達も一緒に生まれ変わって傍にいてくれているようで凄く安心する。
だけど、犬にしろ狼にしろ野生の獣ならやがて独り立ちして自分の群れを作るのだろう。いつまで一緒にいられるんだろうかとそれだけが不安だった。
それなりに時間も過ぎたし体も大きくなったと思うが、まだ洞窟の外には出てはいけないらしい。
何度かチャレンジしたが洞窟の入口に近付くとどこからともなくあの巨大な母親がやってきてパクリと咥えられ洞窟内に戻されるのだ。
(マジで食われるのかと思った)
最初にやられた時の衝撃は忘れられない。
それでも2回目3回目とチャレンジした自分を褒め讃えたい。
(俺、頑張った)
なのに結果は同じ。母親が外に行っている時でも寝床にいる時でも変わらず入口に行くと突然現れる。センサーとか付いてんのかなと思うぐらい。
タクミ以外の兄弟達は特に外に興味はないらしい。
(もしかして一生ここで過ごす、とか)
兄弟達と一緒にいられるならそれもいいかもしれないと一瞬思ったが、全員母親と同じサイズになったら確実に溢れる。
いつかは外に出るんだろう。そしてもしかしたらその時に巣立ちなのかもしれない。急に今日からひとりで頑張ってと放り出されたらかなり困る。
(動物番組とか観とけば良かったなー)
ここがどこなのかも全く分からない。日本で大型の野生の犬とか狼なんて聞いたことが無いので多分海外だと思うが。
(日本で聞くのは熊ぐらいか?)
熊。いたらどうしよう。
母親なら勝てるかもしれないけど自分は絶対無理。それと虎とか猪とかもいるのかも。兎ぐらいならいてもいい。というかいてくれないと多分自分はご飯にありつけない。
(やっぱり、ハードモードじゃん)
将来のことをあれこれ考えると気分が沈むのでもうやめようと首を振る。
クフンと鼻から息を吐き出し両隣の相変わらずふかふかな毛並みに擦り寄った。両側からもふっと挟まれて安心する。
(ダメそうだったらどっちかの群れに入れてもらお)
お願いしたらいける気がする。
元来タクミは能天気で楽天家なのだ。断られたらまたその時考えようと決めて目を瞑った。
お願いする機会すら無い未来を知らずに。