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4. ミーティング

 ホワイトボードに議題を書いていると、一年生たちが来た。部員が集まったので、椅子を円形に並べて、ミーティングを開始した。

 千影は、外から聴こえてくる吹奏楽の音に負けないよう、凛とした声を出した。


「本日のミーティングでは、美術部の、学校への貢献内容を決めます。わたしたちの高校は常に『一丸となって学校を盛りあげていこう』という方針で――美術部も、この教えに従っています。貢献といっても、そう難しいものではありません。去年までの例をあげると、体育祭や文化祭の入場門の制作……」

 事前に考えていた内容を、つらつらと話す。

「……それから、運動部への応援などがあります。勝ち進んでいる大会への応援に行きます。できる範囲で応えていきたいので、体育祭と文化祭の入場門の制作は、やる方向で話を進めます。ここまで一方的に話したけれど、質問や意見があれば、言って」

 全員の様子をうかがった。

 一年生の女子ふたりは、肩を並べて資料を見ている。似た者同士の友達だからか、同じようなボブヘアー。

 そして女子から離れたところに一年生の男子。度の強い眼鏡をかけた子で、いつもおとなしい。

「一年生たちは、なにかない?」

 一年生男子がもごもごと「考えています」と言った。急かしすぎただろうか。

 中島は千影と目が合うと、低く手を挙げた。


「部長。先に俺からいい?」

「どうぞ」

「去年は十二人いたけれど、今年の部員数は六人だ。少人数になったから、体育祭と文化祭の入場門は、併用で使えるものを作ろう。……秋には自分たちの制作もあるんだから」

 千影も考えていたことだった。

 ただ部長の自分から言うのは、可能性をつぶすような気がして、やめておいた。

「そうね。検討してみようか」

 中島の案をホワイトボードに書き写す。

「あとは運動部の応援だけど、これ逆に、もっと派手でもいいんじゃないか」

「え?」

 マーカーを持つ手が止まった。一年生の女子ふたりが、千影と同じくらい驚いている。

「何年か前、野球部が甲子園に出場したときは、横断幕を用意したらしい。そういう美術部らしいやり方は、どうだろう」

「待って。案を出してくれるのは助かるんだけど、それって負担じゃない?」

 強く言ったので、中島がけげんそうな顔をした。機嫌を損ねたかもしれない。

「まだ意見を出しただけだ。つっかかるなよ」

「どこの部にも同じことをするとなると」

「……それは行けるところだけでいいだろ。暇なときとか、あとは、誰かが個人的に行きたい試合とか?」

「………。なにか、言いたいの?」

「別に」

 中島が黙る。


 気まずい空気が場を占めたところで、一年生の女子ふたりが、同時に手をあげた。

 片方を当てると「やっぱりあんたが言って」と、当てなかったほうを肘でつついている。

「言いづらかったら、ふたりで発言してくれてもいいよ」

 うながすと、彼女たちの顔がぱっと輝いた。

「えっと、生意気かもしれないんですけれど、全部やりたいです。横断幕も入場門も。門は、できれば二種類」

 緊張しているのか、言葉が省略されがちだ。

「……え。今あがった案、全部に取りかかりたいってこと?」

 ボブヘアーふたりが大きく頷く。

「いいけれど、自分たちの制作は大丈夫か?」

 中島が割って入った。

「それもちゃんとします。ただ、思いきって言っちゃうと、わたしたちは先輩たちほど、絵画のコンクールに気合いが入らないんです。……入賞するような作品なんて、無理だし」

「私もこの子も、イラストやポップを描くほうが得意です。できることをがんばりたいです」

「……うん。いいと思うよ」

 わずかな隙間から入る風が、千影の額にあたった。

 一年生男子が「僕も」と手をあげる。

「他部と共同すればいいと思います。そうすれば負担も減るし」

 なにより学校が望むような「一丸として取り組む」スタイルになる。小さな声でそう言った。


   ◇◇◇

 ミーティングを終えたあと、美術部はいつもどおりの放課後を過ごした。ばらばらの椅子に座り、思い思いの作品制作にかかる。

 千影はデッサンに使う鉛筆を削りながら、中島のほうを見た。

 今日も油絵具を使うようだが、いつもより道具が雑多としていない。テレピン油は蓋が閉まっているし、使っていない絵具は、木箱に収納されたままだ。まるでさっき片づけたみたいに。

 中島はたたんだエプロンを膝に置いて、描きかけの絵を見つめている。絵を描いていない今なら、話せるだろう。


「……上級生がミーティングで言い合いなんて、かっこわるい。次はもっと、事前に相談させてね」

「振ってくれたら、相談に乗ったよ」

「『適当にやって』のひとことだったじゃないの」

「だから、適当に決められないなら、振ってくれれば。副部長扱いなんていやだけど」

「自分勝手」

「そうだよ」

 中島が取りかかっているのは、前と同じような、水辺の絵。春休みに見た湖に感動したらしく、最近は湖畔ばかり描いている。

「けどまあ、萩原につっかかられるほど、悪人でもないよ」

「……うん」

 千影はミーティングで言ったことや、言われたことを思い出した。二本目の鉛筆を削りながら、中島に尋ねる。

「中島くん。……『個人的に行きたい試合』って、わたしに向けて言ったよね?」

「ん」

「あれ、どういう意味」

 千影は鉛筆を強く握った。

「わたしが……その。……知っているの?」

 言葉の半分は、吹奏楽の練習音にかき消された。

 中島が無言で手招きをする。千影は椅子ごと距離をつめた。


「今日会っていたサッカー部だろ。……萩原。ああいうのが趣味だったの?」

「………」

 至近距離で核心をつかれて、千影は言葉を失った。

「あいつ、いいやつだけど、筋トレの話になると暑苦しいよ」

「……なにそれ」

「乳首が下向きになるような、大胸筋(だいきょうきん)がほしいって語っていたよ。ほらあそこのマルス像みたいな」

「そこじゃない」

 千影は赤い顔のまま、小声で聞いた。

「どうしてわたしの好きなひとがわかったの。……誰にも言っていなかったのに」

 中島は自分の絵を見たままだ。

「萩原がミーティング日なのに遅かったから。ひょっとしたらと思って、詮索しただけ」

「……それだけ?」

「あと面倒くさいから言うけど、向こうも萩原に気があるよ」

「………。嘘」

「『なんかいいよね』だの『美術部っていつが暇?』だの。ここ最近、言ってきてる。証拠のメッセージ、見るか」

 中島が制服から取り出したスマートフォンには、SNSの画面が映っていた。

 サッカーフィールドのアイコンがあって、その上に「大智(たいち)」と表示されている。大智は、日下部の下の名前だ。

「見せなくていい。み、見たら悪いし」

「あっそ。じゃ、せいぜいがんばって」

 スマートフォンがしまわれる。

「他人の恋愛なんて興味ない。あとは自分でやって」

 言い切り、中島は作業用のエプロンをつけた。パレットに絵具を乗せる。

「萩原。夏の美術展に出す作品は、進んでいる?」

「……あんまり」

 千影は気を静め、中島の手元を見た。青の油絵具が、テレピン油で伸ばされていく。独特の刺激臭。

「迷ったから、基礎デッサンをしていたのよ。……そうね。反射光や明暗のコントラストを描くのが好きだから。美術展の絵も、光を描きたいな」


 画材の匂いを嗅ぐうちに、千影も絵が描きたくなった。スケッチブックをめくる。

 描いてきたデッサンを見直す。線を重ねて作った淡い影。光と影の境界線。影を消して描いた、ちいさな反射光……。それらを見るうちに、ふっと、日下部への気持ちも大切にしようと、千影は思った。絵心を大切にしているのだから。

 彼をもっと知りたい。よく見たい。自信がなくても、その気持ちに従おう。

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