漫画と推しと呼び方と
おほぉぉぉ!!!新刊キター!
おっと、取り乱してしまった。でも、好きな漫画の新刊は誰でも心がワクワクするでしょ!
私、佐野みつばは本が大好きである。小説も絵本もエッセイも読む。その中でも漫画が断トツで大好きだ!漫画愛を入社した時から店長に語っていたので、現在コミックの担当を任されている。
コミックの担当にしていただけたのはとても感謝している。しているのだが…
「おっ!佐野ちゃんの好きな漫画の新刊じゃん!今心ウキウキでしょ〜♪」
なぜ、こやつと同じ担当にしたのだ…
正確には同じ担当ではないのだが、私は少年コミック、高野さんは少女コミックと同じコミック担当なので、色々共有することもあり、「コミュニケーション」をしなければならない…
新刊が出たことに対しての嬉しさに浸りたいのに泣
「高野さん、少女コミックの新刊台も総入れ替えしなくちゃいけないんですよね?だったら話す暇ないんじゃないんですか?」
「そんな冷たいこと言わないでよ〜いいじゃん、隣同士で作業なんだから」
私は話をせずに推しの壮五くんを拝みたいのだ。
壮五くんとは少年漫画雑誌「ジョンツ」で連載をしている「ぎょん魂」の登場人物である。茶色っぽい髪に整った顔立ち、そして見た目だけでなく中身もイケメン!というパーフェクトヒューマン。
高野さんのような見た目だけ人間ではないのである。
と考えているうちに作業が終わりに近づいてきた。それは壮五くんとのしばしの別れを意味する。
「あぁ壮五くん泣」
「壮五くん…」
小声で呟いたつもりが隣の見た目だけ人間に聞こえていたらしい。
「それって『ぎょん魂』のキャラだよね?」
「は、はい」
「…好きなの?」
「へっ?」
「そのキャラのこと好きなの?」
なんだかムスッとしているのだが、なぜだ?よく分からない。
「…はい、好きですよ?」
そう答えるとさらにムスッぅっとした顔になった。やはり分からん。
私が原因で人が不愉快になってしまうのは気持ちが良くない。例えこやつでも。謝った方が良いのだろうか。
色々思考を巡らせて、このイケメンの対処法を考えている時、その当事者が口を開いた。
「…たら、お…もな…」
「えっ今なんて言いました?」
「だったら、俺の事も名前で呼んで!そんでタメ口で!」
…どこから「だったら」が出てくるのだ。頭の中で必要な部分を切り取って、聞きたいところだけ口に出ているのではないか?
「いや、別にこのままでも良いのでは?」
「嫌だ!呼んで!そうしないと今日1日ずーっと言い続けるよ!」
なんだその小学生みたいな反応は。仮にも私と同い年だろう?
「ね!お願い!」
本当に言わないと引き下がらないつもりのようだ…
「分かりました、分かりましたから!呼びます。呼ぶから。…こ」
「…」
「こ…こう…」
うわぁぁぁ!高校も大学も男子のことを苗字+くんで呼んでいた私にはハードルが高すぎる…
無理だ、無理だ
「無理だ!」
「えぇ!!!」
「名前は無理だ!で、でもタメ口は大丈夫だと思うます」
「初っ端混ざっちゃってるよ笑
うーん…しょうがない。今日はタメ口だけでも良い!許す!」
許されたようだ。良かった、やっと開放される…
「俺、佐野ちゃんが名前で呼べるようになるまでずっと待ってるから」
まるで小学生のような屈託のない笑顔でこう言った。いつもの貼り付けた笑顔ではなく。
その笑顔に人間味を感じて、この人も自分と同じ人間なのかとごく当たり前の事を考えた。乙女ゲームでいうと好感度メーターが上がったような感じがした。
謎の満足感を感じながら自分も元の作業に戻ることにした。「あれ?高野さんも私のこと苗字呼びじゃないか?」という疑問を胸にしまって…