腰痛と先輩とババアと
「あっ、これはやったかもしれないです」
みつばは焦った、腰に手を当てながら。足元には本が詰まったダンボールがある。
「あれぇ、どうした?もしかして本格的に腰痛きた?」
心配している口調だが、顔は半笑いの同僚が横にいる。
「上原さん、心配するか嘲笑うかどっちかにしてくださいよ」
「ごめんごめん笑 じゃあ笑っとく笑笑」
上原さんは先輩だが、ムカついてしまった。こちとら緊急事態だというのに。
只今、返本作業というものをしている。返本作業とは、週刊誌や月刊誌で次号が発売されるから前号は業者に返したり、コミックや文庫を業者に返したりする。つまり書店に置けなくなった本を業者に返す作業だ。
これがまた大変なのだ。本をダンボールに詰めるのは簡単だが、問題は詰めたダンボールを持ち上げる時。大層重いそのダンボールは書店員を腰痛という地獄に突き落とす。
その犠牲者にこの私、佐野みつばもなってしまった。たった今。
この仕事を始めてから5年目になるが、今までは腰に違和感があるなぁというくらいだったのに…
「まぁまぁ私も持ってるからさ、腰痛」
「腰痛のつらさを知っているのにあんなに笑うなんて酷いじゃないですか!」
「だって『あっ、これはやったかもしれないです』の時の顔が、絶望のような悲しさのような色々混じりあった複雑な顔でめちゃブサイクだったんだもん笑」
「…酷すぎですよ泣」
私に笑いながら暴言を吐く女性は私の2つ上の先輩、上原美月さんだ。
絹のようなトゥルトゥルの肩甲骨辺りまである髪に、人が振り返りたくなるほどの顔、スラッとした長い脚。何が言いたいかというと、彼女は美人中の美人ということである。この仕事をしていなければ、会うことはまず無いであろう存在。
人の不幸を笑い、暴言をズバズバ言う彼女のことが、私は嫌いではない。むしろ好きだ。私を1番にフォローしてくれる頼もしい先輩であるからだ。
これは私が入って2ヶ月経つか経たないかくらいの頃。ちょいとばかし厄介なお客さんに当たってしまった。
「前髪長すぎじゃない?それに声も小さいし、動作一つ一つ遅すぎるし。言葉遣いもなってないんじゃなあい?教育がなってないんだわ。あぁあ、私の若い頃は教育がきちんとされていたから良かったのにぃ!」
私は黙って俯くことしか出来なかった。周りの店員もお客さんも遠巻きに見ているだけ。そんな時…
「お客様、大変申し上げにくいのですが…教育がなっていないのはあなたなのでは?」
声がする方に顔を向けると、そこには半笑いの美人が背筋を伸ばして立っていた。
「は、はぁ?お客に向かってその口の利き方は…」
「私はあなたの事をお客だと思えません。あえて呼ぶなら『人に迷惑ばかりかける時代遅れババア』ですかね。」
「ちょっ…」
「それにあなた、犯罪者になりかけてますよ〜業務妨害で」
厄介なお客さんが口を挟む前に畳み掛ける美人。すると段々周りも「そうだぞ!」と言い始め…
「も、もういいわよ!来ないわよこんな店!」
ドスドスッと音を立てながら少し横幅のある厄介ババアは出ていった。
「ああいうのは強気でいるのが1番よ!佐野はただ真面目に仕事をしていただけなんだから」
それから4年。めちゃブサイクと暴言を吐かれるようになった今でも彼女のことを尊敬していて、1番好きな先輩だ。
ちょっと昔のことを思い出して心が温まりながら、次の作業へ移った。腰を擦りながら…