第2話 父親視点
俺の娘が奇妙な格好で仕事部屋に入って来た。クルルンと一回転すると、「可愛い?」と聞いてきた。勿論、正直に言おう。「可愛いぞ」と。
「でも…パンツ履いてないから、スースーするんだよね」
「は、はしたないぞ!?」
妻から事情を聞き、神殿関係者に説明に従って、翌日、街を治めるダルトン子爵へ『ロールプレイングゲーム』について報告に行く。
あれよあれよと話は大きくなり、ダルトン子爵が大々的に発表すると、『ロールプレイングゲーム』該当者が出たことで、小さな街アビーはお祭り騒ぎになってしまった。
一人旅の準備のため買い物に出かけると『巫女装束』で目立つのか、人とすれ違う度になんやかんやと話しかけられ、日の当たらない目立たない女の子だったけど、まるで物語の主人公になったみたいだと、我が娘を誇らしく思った。
最初は手放しで喜んでいた娘だけれど、次第に事の重大性に気が付き、やがて重圧や噂話に耐えきれなくなったのか、「早く出発したい」と言い出しす。結局、出発期限を四日も残して街を発つことになった。
一番ショックを受けていたのは恐らく魔物のことだろう。
現実から目を背けていたが、当たり前だが街の外には多くの魔物が生息している。
「13歳の女の子が、生きて再び故郷の土を踏む可能性は、生まれたての子猫がクラルヴァイン大砂漠を横断して帰ってくるようなものだ」と誰かが言ったのを娘が聞いてしまったのだ。
「そんな怖い話で脅かさないで!!」娘は激怒して捨て台詞を言い走り去ってしまった。街中の人を総動員して娘を探してもらう事態になってしまう。やっと見つけた娘は、図書館の隅で泣きながら寝ていたのだ。
そして、出発の朝来た。
娘はいつも通りに起きてご飯を食べる。出発の準備が整うと、街の門まで俺と母親に手を繋がれながら歩き、皆が見ている前で別れの挨拶をする。
シーンと静まり返る中、緊張した娘は、恐らく図書館で必死に考えた台詞を口にした。
「お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう。見ての通り、愛情を沢山注がれ、立派に育ちました。私は育ててくれてお父さんとお母さんに恩返しは出来ないけど、その分、旅で出会った人たちに、恩返しをするつもりです。私は、何処でも、何時でも、笑って頑張ります。どうか、心配しないで安心して待っていてください」
言い終わった娘は真っ直ぐ俺達を見つめる。恥ずかしそうな、悲しそうな、嬉しそうな、何とも言えない表情で、俺達からの言葉を待っていた。
周囲からすすり泣く声や、拍手に、声援などが徐々に聞こえ始め、いよいよ出発の時が…本当に別れの時が来てしまったと…。
俺は泣きながら娘を抱き上げていた。もう何年も抱っこをしていなかったが、随分と重くっていた娘の成長を感じた。
「お、お父さん…苦しいぃ…」娘は涙を堪えながら言った。娘は決して泣かないと誓ったのだろう。しかし、もしかして…もう二度と…。いや、そんな事を考えるのは止めよう。
「楽しんでこいよ!」
「うん。生まれて初めて街の外に出るんだもん。楽しいことだって沢山あるはずだよ!」
これからもっと背が伸びて、恋をして、父親は嫌われ、いつか…結婚して…そんな純朴な娘の成長を間近で見られない…。
とても、とても悔しいが、送り出してくれる街中の人が見えなくなるまで手を振りながら足を進める娘に、いつまでも、いつまでも、「頑張れよ!!」と叫び続けた。