「婚約破棄」ってできるんですか? ~婚約破棄とは一体何か~
「婚約を破棄する!」
こんな文言から始まる昨今小説界隈で流行している「婚約破棄」。
そもそも婚約破棄ってどういうことなのか、ここで語ろうと思う。
1 「現代日本」における「婚約破棄」
最初に「婚約破棄」というフレーズが日本語的に正しいのか、という点から考えたいと思う。
そもそも「婚約」とは「契約」の一種である。「契約破棄」という単語を聞くことはそう多くないと思うが、これが日本語的に正しいのか、というところである。
「破棄」とは「契約を一方的に取り消す」(goo辞書)、という意味がある。
「契約破棄」というのは日本語的には間違っていないのだ。
ただ、ほとんどの契約は一方的に取り消す、なんてことはできない。そのため、「契約破棄」というのがあまり聞きなれないフレーズになってしまう。
例えば車の売買契約で考えてみよう。契約成立後、特に理由がないけどやっぱり契約はなし、といった一方的に取り消すといったことは日本の法律上できない。
代金を払わないとか、車を渡さないとか、そういった契約を履行しないことを理由に契約を取り消すことはできるが、そういう場合「破棄」という単語をあまり使わないように思う。相手に帰責性があるため、「一方的に契約を取り消す」という意味と少々ずれているからだ。
契約と破棄の関係についてはこのあたりにして、「婚約」=「将来婚姻をするという当事者の契約」は破棄ができるのかという点について話す。
「今日の」「日本の法律における」「婚約」は、理由は必要とせず片方の意表示だけでそれ以上の理由なく解消が可能なのだ。
なぜか。日本の裁判所で、婚約破棄について判決している裁判例がある。
東京地方裁判所平成15年7月17日判決(平成14年13050号)である。
「現代における婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立する(憲法24条)ものであるから、いわゆる「婚約」は、本来的に一方当事者のみの意思表示により解消され得る性質を有する。」
結婚をするという契約をしていた時に、片方が結婚しないと言い出したら結婚しろという強制はできない。なぜなら憲法24条で、婚姻は両性が合意した場合以外では成立しないとされているからだ。
だから、片方が拒否をすると、契約は達成不能になるから当然に解消してしまうということである。
結婚に関しては強制的にできない、だから一方が嫌だといったら婚約は終わってしまうのだ。
そのため、日本法上、「婚約」は「破棄」できるのである。だからこそ、日本語でしばしば「婚約破棄」ということがでてくる。
他の契約形態に比して、婚約と破棄という単語がなじみやすいのは、現代のこういった法的性質に基づくものだ。
ちなみに一段階進んで結婚となると、もはや当事者の一方的意思表示でどうにかはできない。
なので婚姻破棄、や結婚破棄、という単語は聞かないのである。
2 ローマカトリックにおける婚約
婚約破棄モノの小説は、だいたい中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界観で行われている。
中世ヨーロッパのころというと、西欧ではローマカトリックが結婚を取り仕切っている。東欧だと東方正教会だが、ひとまずカトリックのほうが明確婚約について定義している点があるので、カトリックにおける「婚約(Betrothal)」について話そう。
1215年に行われた第4ラテラン公会議において、結婚についての決議がある。
この中に、婚約について語られているといわれる部分がある。それが以下の文章だ。
「すなわち婚姻が結ばれたときは、その間に望む者やできる者が、適法な障害を申し立てるよう、適切な期間があらかじめ定められたうえで、教会において司祭を通じて公に示されるべきである」(東大クリオの会「クリオ」29号117頁 より)
結婚したら、
結婚のそのことを司祭が公示しなさい。
そして
何かしらの問題がないか、申し立てができる期間を作りなさい。
ということである。
この申し立てができる期間が「婚約(Betrothal)」ということである。この婚姻手続きが二段階だというのは、第4ラテラン公会議で正式に手順となったが、それ以前から慣習的に行われていたといわれている。
さて、これをみるとどうか。「婚約」を当事者だけで「破棄」なんて当然できるわけがない。教会で様々な手続きが必要になりそうなのは、容易に想像できるだろう。
なお、正教会や、中世以降発生するプロテスタントでも、手続きや儀式、期間は異なるが、基本的にこういった二段階を原則とすることが多いようである。
3 「婚約破棄」ってできるんですか?
「婚約破棄」というのは、特におかしな日本語ではない。
ただ、極めて近現代的な概念であるのはわかると思う。
中世的な世界観で
「婚約を破棄する!」
という時点で、発言者はよほど頭がおかしいか、じゃなきゃ異端あたりのヤバい奴なのである。
それでなければ転生した現代人か何かなのだろう。
そういう点を考えると、ざまぁされるにはおあつらえ向きの悪人キャストだと、この一言でわかりやすいかもしれない。
意味不明な不気味さ、化け物のような理解しがたさが、婚約破棄、の単語には含まれているように思える。
ちなみに婚約破棄の短編は結構好きです。