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深い暗緑色の刈り上げた短い髪

腫れているような瞼はくっきりと二重に分かれているためただでさえ小さな瞳が瞼に埋もれてより小さく半円ほどしか見えない

骨太の身体は太っているわけではないのに横に広く

背はミーシャより頭半分ほど高いが質の良い下衣に隠された腰の高さがミーシャと変わらないのは気のせいか



「今日も可愛いね、ミーシャ」



野太い声を機嫌よく弾ませ割れている顎の上の分厚い唇を笑みで歪ませる相手を前にミーシャは自分の迂闊さを呪った


親友のエイミーの訪問予定があったからといって親が留守のなか浮かれて相手も確認せずに扉を開けてしまった

昨夜坊ちゃんの襲来を危惧したばかりだと言うのにライとの幸せに浸りすぎて危機を回避できなかった寸刻前の自分を叱りつけたくなったミーシャだったがライとの時間は天元突破型の幸せだったためそれなら仕方ないと早々に開き直った、事前連絡もなく突然訪問してきたみどりが悪い



「今日は髪をおろしてるんだね。ミーシャは結っていることが多いから新鮮だなぁ。可愛い」



全力で回避したかった邂逅にミーシャの表情が瞬時に死んでいくにもかかわらず招かれざる客人は太い骨を更に二回りも三回りも覆った短い指でスッとミーシャの薄茶色の髪に触れようとする

勿論ミーシャは残像を残すほどの速さで三歩下がった

リンッと遅れて奏でられた鈴の音がやけに響く



「こんにちは、ご用件はなんでしょう」

「勿論ミーシャに会いに来たんだよ」

「左様でしたか。それではご用件も済んだみたいなので失礼しますね」

「待って待って」



軽く頭を下げて扉に手をかけようとしたミーシャだったが笑みを含んだ野太い声に遮られあまつさえ扉を押さえつけられてしまった

早くお帰りいただきたいが扉を物質(ものじち)に取られてしまった以上迂闊に近づけないし扉が閉めれられない

閉められないとお帰りいただけないだけではなくもしかしたら侵入されてしまうかもしれない

そんなのは嫌だとミーシャは死んでいた表情に少しの不満を乗せ始めることにした


そんな害虫に対するようなミーシャの思考に気付く訳もないみどり髪の貢ぎ癖のある坊ちゃんは絶賛アプローチ中の相手のぞんざいな態度にもめげない

軟らかさの欠片も無さそうな堅い肩を竦めると「恥ずかしがり屋なんだから」とウインクをひとつ、したかもしれないが目が小さすぎてハッキリしなかったのでただの瞬きかもしれない


それでも坊ちゃんの的外れな言動にミーシャの身体は一瞬で鳥になった

鳥肌塗れのミーシャの様子にやっぱり気付かない客人は扉を押さえながらその手を自身の顳顬辺りまで上げるとそのまま扉に寄り掛かり上機嫌で要件を話し始めた



「束の間の休日にもかかわらずまたミーシャが頑張ったって聞いてね」

「はい?」

「僕とのデートを断り続けたと思ったら、コレなんてね。本当にミーシャはパンが好きなんだなぁ。折角の滅多にない休み期間くらいもっと気を抜けばいいのに。全く、しょうがない子だね」



例えパンが好きじゃなくてもあなたとはデートしない


なにいってんだこいつという顔をしながらそう言ってやろうとしたミーシャだったがもしまた瞬きされたら今度は羽が生えそうなので大きな溜息を吐くだけに止めた

大量の息と引き換えに得た諦めの境地でミーシャは話が通じない相手へと再度問いかける



「それで、ご用件は」

「本当に真面目だよね。そんなところもミーシャならとても魅力的にみえるけど」


「ご用件は」

「恥ずかしがっているの?照れる君も可愛いけど本当のことだよ?だから笑って受け止めてくれると嬉しいな」


「用件は」

「ツレないなぁ。けどそんなミーシャも魅力的だ」

「どうやら私とは話す言語が違うみたいですね。勉強不足ですみません。話が通じないとご用件も聞けないのでやっぱり今日はお帰りください」



そう言って先ほどよりも深々と頭を下げて身体全体で追い出しにかかったミーシャの顳顬はピクピクと痙攣し続けていた



(我慢、我慢だ私…!坊ちゃん帰ったら速攻でライにギュってしてもらおう…!)



だからさっさと帰れと全身から醸し出しているミーシャの拒絶の雰囲気に坊ちゃんは堅そうな肩を竦め「やれやれ…」と小さくこぼした

やっと耳を傾けたみどり髪坊ちゃんは一つ一つのパーツの主張が激しい顔面に苦笑の表情を浮かべた



「突然来たことで驚かせて悪かったよ。不意打ちのせいで支度ができなかったからってそんなに恥ずかしがらないで。ミーシャならどんな姿でも素敵だよ」

「………」

「あぁ、やっぱり拗ねてるんだね?ごめんよ、ミーシャが新しいパンをまた作ったって聞いたから居ても立ってもいられなくなったんだ」



言葉を発すれば坊ちゃん語に自動的に訳されてしまうためだんまりを決め込んだミーシャだったが言葉を発さなくても何故か自動翻訳されてしまう

降り積もる鬱積を堪えて必要箇所を抜き出してみるとどうやら新作として出す予定のパンの話を聞いたらしい


新作を出す度に坊ちゃんの商会へ連絡するのが無償で貢いでくる彼へのせめてもの等価交渉だった

今回の【卵チーズパン】の連絡は昨夜父の友人の商会長ダリオが請け負ってくれた筈だが昨日の今日である

早速連絡してくれたのかソレを聞いてこの坊ちゃんはすぐにこちらへ出向いたということだ


無駄誤訳ばかりの言葉の中から辛うじて引っ張り出した微かな直訳の言葉を元にミーシャはそう結論づけた


だと言ってもだ

昨日の今日である

しかもまだ午前の早い時間に来るのはどうなのか


相変わらずこちらの都合を考えずに接近を試みる相手にミーシャは深く溜息を吐いた



「新作のパンは確かにありますがまだ販売が決まってるわけじゃないんです」

「あれ?そうなの?」

「出すつもりではいますが少し試したいこともあるのでまだ決まってないんです。なのでまだそちらにお渡しできません」

「それでも試作品はあるんだろう?ソレで構わないよ」

「はい?」

「ミーシャの考えたパンなら僕はどんなものでも構わないよ」



そう言って坊ちゃんは片瞼を瞬きした

折角言語が通り始めたかと思えばまた異語を話されてしまう

もう腕に羽が生え始める寸前のミーシャは引くつく口元を隠しもせずに声音を低くして返す



「そうはいきません。店に出すか決まっていないものをお渡しもできませんし、それにまだ店も再開していません。なので今、お渡しできる物は手元に無いんです」

「なんだ!そんなの気にしないでいいよ。今日は僕も時間があるんだ。ミーシャが作り終えるまで勿論待ってるよ」



勿論てなんだ僕もってなんだ

異言語の筈なのに不満ばかりを蓄積させる相手を前にミーシャの鬱積は更に積もっていく


今日はこれからエイミーが訪ねて来る予定がある

それが無かったとしても店が始まるまでのこの期間はべったりとライにひっついて同じ時間を隣りで過ごせる数少ない時間なのだ

そんな一瞬たりとも逃せない貴重な時間を何故受け入れるつもりのない言い寄ってくる相手の為に使わなければならないのか


眉間に皺を寄せ口元を引くつかせどう言ったものかと悩むミーシャの言葉を待たずに招かれざる坊ちゃんは太い眉尻を下げ野太い声の声量も微かに下げた



「そんなに緊張しないで。ミーシャの作った物は全て極上のものだよ。それに今日来たのは少し嫌な噂を耳に挟んでね。心配したんだ」

「噂?」

「ミーシャがデートしていたって。また変なのに付き纏われているんじゃないかと心配したんだよ」



心の底から案じているような表情と声音で話す坊ちゃんだったがその心配を向けられたミーシャの表情はどんどん冷めたものへと変わっていった


そんな噂を挟むくらいなら坊ちゃんに言い寄っている女性達の声のほうを挟んでほしいとミーシャは切実に思う


いっそそう言おうかいやだがしかしまた異言語に訳されて「妬いてるの?可愛いなぁ」などと言われたらもう羽だけでは済まなくなってしまう、ライに抱き付くために両腕を翼に変えることはできないそんなことをしたらあの素晴らしい身体の厚みや感触がわからなくなってしまうではないかそれはなんて非業なことか



鬱積が頭の天辺まで積み重なりだしたミーシャが現実逃避を試み始めると何を勘違いしたのかミーシャ以外から持て囃されているプレイボーイ坊ちゃんは沈痛そうな表情で再度ミーシャへと腕を伸ばした



「可哀想に…。やっぱりまた誰かに言い寄られているんだね。大丈夫だよ、僕が


「おい」



残像を残す速さでミーシャが再度下がろうとしたところで

幸福の福音を奏でる美声がその場に響いた









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